軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

97.メガネ君、黒皇狼と遭遇する

速い。

追いかけるだけで精一杯の俺とリッセに、前を走るロダは声を張り上げた。

「――少し急ぐぞ! 遅れるなよ!」

返事さえできず……呼吸を乱せば一瞬でロダを見失いそうな速度で、現場に向かっている。

俺たちは全速力だが、きっとロダはまだ余裕があるんだろうな。

狼煙の場所は、山の中腹くらいか。

ここからは結構距離があるが、この速さならすぐに到着するだろう。

道案内として同行していた冒険者たちは置いてきた形になったが。予定通りそれぞれ所定の位置に退避しているはずだ。

彼らは 黒皇狼(オブシディアンウルフ) 討伐後に、黒皇狼の身体を運ぶ役目も担っている。来る時に使用した馬車三台もそうである。

……まあ「荷物持ち」の俺とリッセも、帰りは同じ作業が待っていると思うが。

先んじて「メガネ」に「 爆ぜる爆音の罠(サウンドボム) 」をセットしておく。

攻撃向きなのは「闇狩り」だが、やはり今の俺にできる最善は、攻撃にはないと思うから。

道なき坂道を駆け上がり、どんどん距離を開けられてロダの背中が遠くに見え始めた。

そんな時、ようやく現場に到着した。

――いた……あれか!

それを認識した瞬間、素早く近くの木に身を隠して様子を見る。

果たしてそれをなんと表現すればいいのか。

……いや、まあ、とにかく大きな黒い狼、というのが、正直なところなのだが。

そう、艶やかな黒い毛皮を持つ、大きな狼だ。

人間を丸呑みしそうなほどに、見上げるように大きい狼。

そこらの魔物とは一線を画す藍色の瞳は、知性と獰猛さと、そしてどこか気高さを感じさせる。

なんというか、一目でわかる。

こいつは強い、と。

そして、普通の魔物とは全く違う、と。

噂で伝え聞いていた容姿と変わらない……どころか、肉眼で見た限りでは、それ以上の存在に見えた。

相対する人間がちっぽけに思えるような、そんな存在に見えた。

これが英雄のかませ犬?

冗談だろ。

どう見ても、英雄さえ噛み砕く、誇り高き一匹狼だ。

すでに騎士たち四人は、戦闘を始めていた。

ああ、連中もすごいな。

隣国から追ってきて主導権を主張するだけのことはある。……「黒鳥」はまだ合流していないようだが。すぐに来るだろう。

見た瞬間わかったが、俺は黒皇狼には勝てない……というか、たぶん狙われたら瞬殺される。あれはそれくらい強いと思う。

狼の動き、狼のやりそうなことなんて全て頭に入っている俺でも、黒皇狼にはついていける気がしない。

見た感じ、あの巨体でかなり素早いから。

白亜鳥より大きいくせに白亜鳥より速いとか、もう悪夢でしかない。

だが、そんな黒皇狼を相手に、四人の騎士は対応できている。

それだけでもすごいのに、なんなら黒皇狼に手傷を負わせている。

傷顔のおっさんを筆頭に、まだ若い男の騎士と女性二人は、個々の力もそうだが、何より練度の高い連携を駆使して黒皇狼を翻弄している。

巨大な剣を、時に豪快に振り、時に防御に使う、器用な傷顔のおっさん。

シンプルなロングソードを両手で振るう、若い男。

色白と日焼けの女性二人は、盾と剣で柔軟に対応している。

それぞれが気を散らせたり、黒皇狼が攻撃に転じる動きを阻害したりして、うまく立ち回っている。

何度か刃も入ったようで、黒皇狼の大きな足や、牙を剥いている口回りには鮮血が滲んでいる。致命傷ではないが確実にダメージは入っているようだ。

これは確かに、余計な人が加わったら、連携が崩れて足手まといになるだろう。

あと、おっさんは「剣特化」、若い男は「疾刃」、色白の女性は「風柳」という「素養」を持っているようだ。日焼け女性の「生命吸収」は登録済みだけど。

うん、とりあえず、剣は使わない俺には用がない「素養」だね。「風柳」も今すぐはちょっと使いこなせないだろう。確か身のこなしがうまくなる系のやつだから。

「――ロダ!」

俺と同じように考えたのだろうロダは、あえて戦闘には加わらずに静観の構えを見せていたが。

彼の姿に気づいた、傷顔のおっさんが叫んだ。

「手伝え! 逃がさずここで仕留める!」

お、ご指名。

ロダは「俺も控えだ」とか言っていたはずだが……まあ、現場の判断だ。

このままでも騎士たちは勝ちそうな気がするけど、素早く確実に仕留めるなら、戦力の投入はあって然るべきだろう。おっさんの言う通り逃げる可能性もあるからね。

それに、ロダなら即席でも連携の邪魔にならず立ち回れるはず。それだけの実力があるから今ここにいるのだ。おっさんもそれはわかっているのだろう。

「エイル、リッセを頼むぞ。リッセはエイルの指示を聞け。勝手に前に出るなよ」

ロダはすらりとロングソードを抜き、後ろにいる俺たちに言った。

「それからエイル。どうせ黙って見ている気はないんだろ? 全部君の自己判断に任せるから自由にやれ。ただし死んでも責任持たないからな」

本当にすごいな。

この人はどこまで人を見抜くんだ。

「じゃ、行ってくるぜ――人間を嘗めるなよ犬っころがぁぁ!!」

ああっ、最後まで不吉なことをっ……まるで相打ち覚悟で立ち向かうもあっけなく返り討ちにされてあっさり死ぬような奴みたいな感じの雰囲気でっ……!

ロダが不吉なことを言いながら戦闘に合流し、俺も弓の準備をする。

「え、やるの?」

すっかり忘れていたが、リッセは俺のすぐ隣にいた。一緒に隠れていたらしい。

……いかんな。

これまでに見たことがないような圧倒的な存在感のある魔物……黒皇狼を見た瞬間から、周囲の状況さえ忘れるほど、俺も動揺していたようだ。

知らず緊張で固くなっていた肩を回し、ほぐす。

多少の緊張は必要。

だが必要以上の緊張は運動を阻害する。

落ち着け。

いつも通りだ。

自分にできることを、やるだけだから。

「リッセはここで待機だよ」

「行くの? あんなの相手にするの無理でしょ?」

うん。無理だと思う。

同程度の運動能力を持つ俺たちだからこそ、お互いのこともわかるのだ。

あれは無理。

普通の魔物とは桁違いだ。

俺とリッセじゃ戦力にならない。参加しても無駄死にするだけ。

だが、できることがないのかと問われれば、否だ。

限りなく少ないけどね。

「リッセはちゃんと見ていて。こんな機会、滅多にないから。絶対に貴重な体験になるから」

「本当に行くの? あれはさすがに……」

…………

「ね、さすがに行かない方があふんっ!? 何だよ急に!」

「痛いっ」

情けない顔して泣き言を言う心が折れたリッセの腹を殴ったら、例の避けられないやつで顔を殴られた。何これ。お返しが倍くらいの威力になってるんだけど。

「…………」

「…………」

「……行ってくるね。君は待機だから」

「うっさい早く行け」

まあ、あれだ。

不安を煽るようなしけた顔で送り出されるよりは、こっちの方がまだマシだからね。

――よし、行くか。