軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98.メガネ君、謝罪したくなる

いつの間にか陽が昇っていた。

まだ早朝と言っていい時刻である。

太陽は低い位置にあるものの、山に朝陽が差し込み、漆黒の魔物を浮き彫りにする。

黒皇狼(オブシディアンウルフ) の姿が、鮮明に見える。

うーん……強そうだし大きいし、やっぱりかっこいいな。黒い狼とかかっこいいな。こんなこと考えている場合じゃないんだけどな。誰が死んでもおかしくない危険極まりない状況なんだけどな。でもやっぱりかっこいいな。

騎士たちは、多少開けた山道を戦場に選んだようだ。

少し逸れれば森はすぐ近くだが、見通しの悪い森の中で戦うよりは、全てが視認できる足場もしっかりした場所の方がいいと判断したのだろう。

まったく意図していないだろうが、俺にとっても好都合である。

騎士たちとロダが広場の中央、最前線で対応しているので、俺は周囲の森の中から隠れて狙撃ができる。

まあこの弓矢では毛皮さえ貫けないだろうけど。

どう見ても白亜鳥より固そうだし。

傷顔のおっさんの大剣でも、薄く斬っているくらいしか刃が通っていないようだし。

だが、ダメージは期待できないが、当てるだけなら関係ない。

黒皇狼の動きは素早い。

しかも四足だから、前は当然として、後ろや横に一歩ずれるという動きにも安定感がある。即座に次の行動に行けるような、そんな安定感が。

騎士たちが足にダメージを蓄積させているのは、素早い動きを封じるための布石だろう。今は効果がなくとも徐々に聞いてくると思う。

――まあ、狩人としては、速いだけの獲物に当てられないようでは話にならないからね。しかも相手は俺に気づいていないし、あんなに的も大きいのだから。

逃げている獲物ならまだしも、動いてはいるもののこの場に留まっているのだ。

あれに当てられないようでは、絶対に師匠に怒られる。

リッセに待機を命じた場所から離れ、木の上でじっと待つ。

ただ待つだけではない。

黒皇狼の動きを目で追い速度に慣れ。

騎士たちの連携を観察し、攻撃や防御の癖やパターンを割り出し。

隙間隙間を突いてちょっかいを出すロダは……あれは読めないので早々に諦めた。

ロダは、騎士たちと黒皇狼の動向と状況に合わせて動いているので、動きに規則らしいものがない。

……というか、俺のやりたいことをやっているみたいだ。

注意を逸らしたり、自分に向けさせたり。

見事に黒皇狼を翻弄している。

ま、俺との大きな違いは、ロダにはまだまだ余裕があるってことかな。俺が最前線に出たら瞬殺だからね。

…………

俺が狙うべきところは、女性騎士二人のどちらかに黒皇狼が迫った場合だな。

どうも動きの役割を見ていると、あの色白と日焼けの女性騎士が、黒皇狼の攻撃を受ける役割を果たしているようだ。

両方とも盾を持っているのも、俺の推測を裏付けている。

黒皇狼が突進したり、噛みつこうとしたり、前足の爪を振り下ろしたりするのを、二人は盾で受けたり避けたりしている。

そして、それが行われた時、男二人が攻撃を仕掛けている。

基本的にはこのパターンで攻撃が成立しているようだ。

色白の方は、もっぱら避けている。「素養・風柳」を駆使してひらりひらりと華麗に回避している。

避け方に余裕があるので、あっちはまだまだ大丈夫だろう。

問題は、日焼けの方だ。

色白の持つ小さな革の盾と違い、日焼けが持つのは金属性の少し大きな盾である。明らかに防御力を重視して選んだ物だろう。

そしてそんな盾を持つがゆえに、彼女は正面から攻撃を受けることが多い。

あの受け方は、身体に掛かる負担が大きい。

衝撃や振動といったダメージが蓄積し、いずれ崩れるだろう。

なんなら盾がダメになるってことも充分ありえる。

黒皇狼の攻撃は激しいし、何より速いだけに攻撃の回数も多いから。

あの役割は、あまり長くは続けられないだろう――たとえ「生命吸収」で身体能力が上がっていたり、逐次ダメージが回復するとしてもだ。

俺の出番なんてない方が一番いいんだが……

祈りにも似た願望だったが、俺の出番は案外早かった。

「――くっ!?」

何度も受け止めてきた黒皇狼の突進に、日焼けの身体が浮いた。

黒皇狼も学習する。

体当たりが効かないなら、効果のある体当たりをすればいい。それは角度の調整や、突進の勢いを付けたり、同じに見えて異なる攻撃を繰り出す。

同時に、日焼けの身体に蓄積したダメージが、自身の踏ん張る力より勝ってしまった。

その結果、身体が浮き、弾き飛ばされるようにして後方に転がった。

だがそれも、彼女にとってはある種想定内の出来事なのだろう。

日焼けは、明らかに吹き飛ばされて大きく体勢を崩したにも関わらず、素早く立ち上がった。剣も盾も落とすことなく。

練度の高い動きを見せつけるような早業である。

だが――

「ガアアアアアア!!!!」

怒気をはらんだ唸り声を上げて、黒皇狼は止まらなかった。吹き飛ばした勢いそのまま、倒れて体勢を整えるというごく短い瞬間に割り込んでいた。

直撃する。

それも、黒皇狼はその咢を開いている。

噛みつく。

ひどく原始的で誰しも想像ができるそれは、しかし黒皇狼の攻撃としては最大級の脅威だろう。

あの手の獣は、噛みついたら死ぬまで離さない

まあ、噛みつかれた瞬間、人間なら死ぬと思うけど。

運よく死なずに済んでも、その直後には、口の中に押し込まれて奥歯で租借され、一瞬でミンチだ。

大きいというだけで魔物の有利は明白。

だから魔物は強いのだ。

だが、だから人は色々工夫するわけだけど。

黒皇狼が日焼けに迫る一瞬に、おっさんと若い男が攻撃を仕掛けた。足を狙って剣を振るう。

だが、黒皇狼はそれを無視した。

四方八方からちょっかいを出され翻弄されるのを憶えたのか、確実に一人ずつ仕留めようと、やり方を切り替えたのだろう。

――いずれやると思っていた。

――そして、やるなら日焼けを狙うだろうと、思っていた。

俺の準備はできている。

日焼けが弾き飛ばされた瞬間、俺はすでに弓を構えている。

木の上からの射撃。

もし大柄なおっさんが割り込んでも、邪魔にならない木の枝の上……斜め上からの攻撃。

遮るものがない直線を行く矢は、完全に不意打ちとなった黒皇狼の横っ面に、吸い込まれるように当たった。

見ろよあのボイン!!!! 超でっっっけえっっっ!!!!

「…っ!?」

「…っ!?」

「…っ!?」

「…っ!?」

「…っ!?」

「…っ!?」

……っ!?

えっ!?

見ろよあのボインボイン…ボイ…ン………

超でっっっけえっ……けえっ……けえっ……

俺の想像をはるかに超えた爆音で、とんでもない音声が山彦となって遠くの空に響いた。

――「 爆ぜる爆音の罠(サウンドボム) 」。

物質に付加する魔法の一種で、物質が何かに触れたら指定した音がする。ただそれだけの「素養」である。

矢に「音」を付加し、大きな音で一瞬黒皇狼を驚かせて隙を作る――この場合は黒皇狼の攻撃を潰す、誰かを庇うための援護射撃だった。

俺ができることは、これくらいしかないと思ったから。

あの「ボイン超でっけえ」の声は、王都にいた時誰かがどこかで叫んでいた、俺が生涯で一番大きな声かもしれないと認識したものだ。

だから指定して使用した。

「大きな音」じゃないと黒皇狼も驚かないだろうから。

そして、最大音量で付加した。

こんなに大きな音が出るなんて思わなかった。

それに、実用性だけ重視して「音の大きさ」を最優先して、「音の内容」を軽視したことも、大きな問題だったと言わざるをえないと自分でも思うのです。たとえわざとじゃないにしてもこれはないだろと自分でも思わなくもないと思うのです。

ちなみに、発言の由来や意図はさっぱりわからない。声からして同年代くらいの、声変わりする前の少年だとは思うが。それ以上はわからないし、わかりたくもない。都会ってなんなんだ、と思っただけだったが。

…………

突然耳元で爆音をかまされた黒皇狼はともかく、この場の全員が動揺して動きが止まってしまった。たぶん発言の内容で。

高い対応力で柔軟に動けるロダでさえ、険しくも怪訝な顔をしていた。

…………

うん、でも、アレだよね。

黒皇狼はびっくりして攻撃を中断、日焼けから距離を取って辺りを見回しているし、俺の援護射撃は完全に大成功だよね。日焼けのピンチを完全に救ったよね。文句なんて出ようはずもない見事としか言いようがない大成功射撃だよね。

…………

……ごめんね。

危険で真面目な戦闘中に、ふざけた変なことして。

あとで謝るべきかもしれない。

というか、謝りたい。

…………絶対に許してくれない気もするけど。