軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

弱っているところに優しい薬(毒)

それでも結果は芳しくなく……。

燻っている時に出会ったのが、ジュリアン・ザイガーだった。

その日は建国祝祭の夜会が開かれていた。

絢爛豪華な会場も、煌びやかなシャンデリアも、美味しそうな軽食も。色とりどりの華やかなドレスも。何を見ても、私の気は晴れなかった。

相変わらず、リュカは女性に囲まれている。

今も、何を考えているのか分からないうっすい表情を浮かべ、令嬢の相手をしていた。

私たちは、十八歳になった。

結婚適齢期に入ったのもあって、友人の令嬢のほとんどが婚約済みだ。

リュカにアプローチするのは、そのほとんどが私より二つか三つ年下の令嬢だ。

周囲が着々と結婚に向けて準備を進めている中、私は未だ、誰とも婚約を結んでいなかった。

クリストファー殿下とは、変わらずの友好関係を築いている。

だけどそれは、親愛の情で恋愛ではない。

貴族だもの。好きだの嫌いだの言っていられない。シェーンシュティットの家にとって、もっとも良い結果を運ぶのが、私の役目だ。

分かってはいても、では誰と?となると二の足を踏んでしまうのが現状だった。

幸い(と言っていいのか分からないけど)お父様やお母様は、私の意思を尊重すると言っていた。

『このひとがいい。このひとじゃなければだめ。……そんなふうに思えるひとができたら、言うのよ』

……このひととなら、あるいは。

そう思うことはあるけど、このひとじゃなければ、というのはイマイチわからない。

結果、私は十八になってなお、誰とも婚約をしていなかった。

セカンド異能は発現しないし、そもそもセカンド異能の存在自体が迷信なのかもしれない。

と、いい加減に私もそう思っていた時。

カラン、と氷の鳴る音がした。

ハッとしてそちらを見ると、そこにはひとりの青年が立っていた。

「どうしたの、きみ。こんな端っこに寄ってさ」

「……どなた?」

手に持っていた扇を広げ、困惑したように眉を下げてみせた。

正直、まずは名乗りなさいよ、とも思ったが、本性を偽っている以上、そんなことも言えなかった。

目の前の青年は、手にグラスをふたつ持っていた。ぱちぱちと気泡が弾けているのを見るに、スパークリングワインだろう。

「あなたみたいな可憐なご令嬢が壁の花なんて、あまりにも勿体ないと、そう思ったんです。余計なお世話でしたか」

「…………」

余計なお世話もいいところだったが、いい加減(否応なく視界に入る)リュカ&その取り巻きたちに鬱々していたのは事実だ。

気分転換にいいかもしれない、と私は彼からグラスを受け取った。

「あなたは?」

「僕は、ジュリアン・ザイガー。失礼、僕はまだ名前を名乗っていませんでしたね。あなたがあまりに儚く見えて、今にも消えてしまいそうだと思ったので……つい、焦ってしまいました。ご無礼をお許しください」

ジュリアン・ザイガーと名乗った男は、軽く腰を折って頭を下げた。

それをしらっとした思いで見つめる。

そして、気が付いた。

ザイガー、つまりザイガー子爵家の嫡男。

名乗らずに話しかけてきたところといい、そもそも顔見知りでもないのに声をかけてきたところといい、非礼の大盤振る舞い状態だけど──。

まあ、いいか、と思った。

何となく、今はそんな気分だったのだ。

恐らく私は、異能の特訓を重ねてもなお成果を得られない現状に、思った以上に打ちのめされていたのだ。

まつ毛を伏せると、ジュリアンがさらに言った。

「麗しいご令嬢、お名前をお聞かせください」

知らないの?と思った。

社交界にいるなら、五大公爵家の令息令嬢は覚えていて然るべきだ。

思わず眉を寄せたが、もしかしたら彼はあまりこういった催しには出ないのかもしれない。無礼にも、私に話しかけてくるくらいだし。

そう思うと、痛烈な皮肉なり何なりで口撃するのは哀れに思えて、私は内心ため息を吐いた。

「……シャーロット・シェーンシュティット」

「え?」

「私の、名前です」

「え……。あ!シェーン……シュティット。こ、これは失礼しました!とんだ無礼を……!!」

彼が大慌てで頭を下げるのを見て、私は思わずくすりと笑った。その慌てようが、あまりにもおかしくて。

そして、笑ったことでほんの少し。少しだけ、気分も浮上した。

「許しますわ。……今回限りです」

笑みを浮かべて彼に言う。

ジュリアンは、ほっとした様子を見せていた。

それが、私と、ジュリアン・ザイガーの出会い。

ジュリアンとは、それ以来、会場で顔を合わせれば挨拶を交わす仲になった。

ジュリアンは、私とリュカを比べない。

私とリュカは幼馴染で、お兄様とも親交がある。そういったわけで、私もリュカと親しいのだと思って話題に出すひとはたくさんいるのに、ジュリアンだけは彼の話をしなかった。

ある日、彼と話している時に近くのご婦人たちの会話が聞こえてきた。

「ツァーベル卿ですわ!ほんとう、とても立派になられて」

「神殿お抱えの異能騎士なんですって?素敵よね」

「シェーンシュティット公爵家のご令嬢もすごいけれど……でも、やっぱりツァーベル卿よね」

うっかり、口を滑らせてしまったのだろう。酒を飲みすぎたのか、華やかな会場の雰囲気に呑まれ、気が大きくなったのか。

うっとりとした様子でそう言ったご婦人は、慌てた友人に肩を突かれた。

「え?……あっ」

そして、私を見て、顔を青ざめさせたのだ。

まさか、当の本人が近くにいるとは思わなかったのだろう。

そんなに露骨に反応されると、こちらとしても気まずい。

私は、こちらを見たご婦人ににっこりと笑みを返す。多少、ぎこちなくなってしまったかもしれないが。

ご婦人は、私を見て目を丸くしていたが、慌てた様子ではくはくと口を開く。

「で、でもほら。シェーンシュティット公爵令嬢は 女性なのに(・・・・・) 公標ですし、可愛らしいし、才色兼備よね!婚約者だって選り取り見取りなのに、まだ決まっていないとか。きっと、素敵な恋をこころに秘めてるのですわ!」

……私をフォローしようとしてくれたのだと思うけど、さらに墓穴を掘っている。

この歳で婚約者がいないというのは、なにか本人に問題があるのでは、と思われてもおかしくない。

さらに憂鬱になった私に、ジュリアン様が静かに口を開いた。

「あなたは、あなただ。僕にとっては、それが全てだよ」

思わぬ言葉をかけられて、少し、驚いた。

顔を上げると、ジュリアンは不思議そうに私を見ていた。

「比べる必要が、あるのだろうか。……少なくとも、僕にとって。あなたは、特別な令嬢だよ」

「え……」

その言葉の意味を理解するより、早く。

ジュリアンの目元が赤く染まった。

それに、遅ればせながら私も理解する。

『あなたは、特別な令嬢だよ』

……もしかしたら私は、きっと誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。

大勢の中のひとり、ではなく。

私だけを、私自身を見てくれるひとを、求めていた。

シャーロット も(・) 、ではなく。

シャーロット が(・) 、と、言ってくれるひとを。