軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

臀部の危機ですわ(三つになる)

次の日。

セレグラは、夜は早いけれど朝も早いのだ。朝の五時には薄く明るくなり始めていて、その時間に起床した私とリュカは出立の準備を始めた。

侍女たちはこんなに早い時間に宿を出ることを心配していたが、気を緩めなければ最悪の事態は免れるだろう。

彼女たちを宥めて早い朝食を摂り、厩に向かう。

馬番から馬を一頭借りて、鞍をつけてもらった。

「シャーロットは馬に乗れる?」

「……どうなのかしら。覚えていないわ」

「俺も、きみが馬に乗ったところは見たことがない。……けど、きみなら乗れる気がする」

という、リュカの根拠の無い自信は、驚くことに大当たりだった。

馬番の助けを借りて鞍にまたがり、リュカの前に座る。

すると、意外なことに体は慣れたように馬に座った。乗馬の困惑とか、不安とか、そう言った感情が一切なかったことに、私自身驚いた。これが、体が覚えている、と言うやつなのだろう。

感心していると、リュカがまた私の名を呼んだ。

「どう?」

「乗れるわ。私、乗馬できたのね」

公爵家の娘が乗馬する機会など本来ないはずなのだが──。

以前の私はどこで身につけたのだろうか。いまいち不思議だったが、今この時においてはその過程は特に重要ではなかった。

ひとまず、馬に乗れることに感謝である。

リュカが手綱を取り、私に言った。

「悪路だと思うから、しっかり掴まっていて。口は閉じていて。舌を噛んだら危ない」

「分かったわ」

「それと、以前のように不測の事態が起きるかもしれない。異能制御装身具は外しておいて」

「うん」

リュカの言葉に頷いたところで、彼がゆっくりと馬を襲歩させる。

そこでふと、そういえば結局、リュカの異能についてここまで聞けずじまいだったことに気がついた。

思い出すと、どうしても気になってしまうのがひとの性というものだ。

だけど、口は閉じるように言われたし……。

(下馬したら聞いてみましょう)

そう思うことで、気になるという感情を強制的に押しやった。

そこから、馬を走らせること三時間。

リュカの言ったとおり、悪路も悪路で、時折馬は、雪に足を取られているようだ。

リュカは上手い具合に雪に覆われている窪みなどを避けているようだが、避けるにしても限界がある。スピードは出せない。雪の深みに嵌ると馬足が落ちるし。

かなり神経を使う乗馬だ。

外は、一面銀世界。

商人の荷車がやってくるのでその道だけは除雪されているものの、既に雪が降り積もり始めている。

それに──リュカには口が裂けても言えないけれど。

(お尻が……!!お尻が、とっても痛いわーー!!)

二時間を超えたあたりで、おや?という感覚になり。

三時間過ぎた今、お尻が三つに割れそうな感覚に襲われている。

痛い。とにかく痛い。でもリュカには言えない。絶対に言えない。

私は臀部の痛みのためにも早く目的地に着いてくれと祈ることしかできなかった。

早く、早く、私のお尻が三つに割れる前に……!!

そして、それから少しして。ようやく目的地が見えてきた。

リュカが馬足を緩め、私に言った。

「見えてきた。あれが関所だよ」

「せ、関所……?」

関所でも詰所でも拘置所でももうこの際、何でもいい。

とにかく、下馬できるのならもう……!!

もはや私はそんな思いに取り憑かれていた。

まさか、リュカは私の(お尻の)痛みに気がついたわけではないだろうけど、私を気遣うように言った。

「もう少し我慢出来る?」

「…………えっ!?」

まさか、私の臀部を気遣ってくれてるとも思いにくい。いや、気づかないで欲しい。この場合。

私が驚きの声を出すと、その声の大きさに逆にリュカがびっくりしたように目を見開いた。

セカンド異能が発動しないよう、私は彼の頬を凝視している。こうすればこころの声が流れ込んでこないのだ。

ようやく気がついた。

「いや……だからさ、気持ち悪いんじゃないかと思って」

「気持ち……悪い」

「乗馬経験がないひとは酔うこともあるって前に聞いたことがあるんだ。前のきみはともかくとして、今のきみは初めて馬に乗るわけだし。シャーロットは酔ったんじゃなかったの?」

「よ……酔いました!酔ったわ、とても酔ったの!そう、だから早く降りたいなって……!」

リュカが誤解してくれているなら都合がいい。

私は力強く宣言した。

まさか、リュカはそんなに強く言われるとは思わなかったのか面食らった様子だった。

「そ、そう。そんなに酔ってたんだ。気付かなくてごめん。でももう……ほら、あれだよ。ここからは徒歩で行こうか」

……リュカ、神!(に見えますわ!!)

先に下馬して、私に手を伸ばすリュカの背後から後光が差しているように見える。

私はようやく臀部の痛みから解放されると半泣きになりながらその手を取った。