軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

149話 神因子

クラウス視点

ハチの領地に入って2週間。

この地はやはり気候が良い。バカンスで入った訳じゃないのに、自然と気分が緩む心地よさがある。ハチにこの土地を与えたのは正解だったに違いない。ノエル嬢も気に入ってくれると良いのだが……。彼女は僕に厳しいところがあるからね、少しくらい機嫌を戻してくれると良いが。

二人はワレンジャール領を訪問し、そろそろ帰路についている頃だろうか? ふふっ、僕が部屋を綺麗にしてやったと知ったらさぞ喜んでくれるだろうな。

「クラウス様、リュカと名乗る人物が面会したいと申しております……」

ぼんやりとハチたちのことを考えていると、バルコニーに部下がそのような報告を持って来た。

「は? リュカ?」

その名に聞き覚えなど無い。

何用があってこの僕に?

事前のアポも無しにやってきた無礼者の相手をしてやる道理などない気もしたが、少し首を傾げる。

なぜ、僕がハチに与えた領地に滞在していることを知っているのか、と。

ハチがノエル嬢と故郷に戻っている間、領地の守備を申し出た。ハチは初めこそ遠慮していたのだが、僕の再三の申し出にとうとう頷いた訳だ。

なんたって、僕はハチにとんでもない借りがある。友人にして恩人なのだ。

思えば、ハチとは幼少の頃からの知り合いだ。同じ王立魔法学園にも通い、多くの時間を共にした。

正直、まだ実感が湧かない部分はあるものの、僕はハチに支えられて来た気がするんだ。最近、そんなことを良く考えるようになった。

妻のポルカに相談したら「それが成長だよ」と言われた。……うーむ、その言葉も正直全部を理解している訳じゃない。

けれど、ハチのことを考えると不思議と気分が良くなる。やはりあの男は僕の友人なのだ。きっとこの気持ちが答えなのだと思う。式はわからずとも答えだけあっている数学の感じ。

先週の決断も、ハチに救われた。なぜだろう。僕は危うく、このヘンダー伯爵領をロワに乗っ取られるところだった。

父上が発展させ、盾持ちを初め、多くの恵みあるこの土地をあんな邪悪な男に手渡すことになっていた。

それを阻止してくれたのがハチだ。

ハチが目を覚まさせてくれなければ、僕はあんな当たり前な決断すら間違うところであった。

……なんという、愚かさ。なんという未熟さ。

僕は自分のことを天才だと思っていたのだが、実は結構抜けたところもあるのかもしれない。まあ、完璧な人間は人を寄せ付けないので、少し抜けているくらいがむしろ僕の魅力を高めている説も十分にある。

またハチのことを考え込んでしまっていたが、わざわざハチの領地に来て僕を訪ねた来客に少しばかり興味が湧いてきた。会うだけ会ってやっても良いだろう。

「よろしい、通せ」

部下たちはあまり良い顔色を見せなかった。この地を守備しに来た俺を守るための近衛兵たちだ。普段は盾持ちとして働き、領内でも名の知れた猛者たちばかり。

僕のことを考えて警戒しているのだろうけど、僕自身だって戦えるし、彼らがいれば不安になる必要性なんてない。

この地を襲撃しようだなんていう愚か者もいるはずがないし。

少し待ってからやって来たのは、随分と図々しい態度の女だった。

「領地を貰った上に、こんなご丁寧に招き入れてくれて感謝するよ」

「……お前か」

ハチが戻った日、屋敷で劇をやった一座の座長だった。

煙管を美味しそうに口に咥える姿がよく印象に残っている。領地の件はその後部下に手続きを任せていたし、何よりあそこは魔獣災害で長年死んだ土地として放っておかれていた。

もしも、あそこに人が住めるようになり税でも取れたら、むしろこちらが得というもの。そこまでの打算はなかったのだが、ハチとの再会の嬉しさに水を差すこいつを追い払うのには一役買ってくれたものだ。

「何の用だ? それに、なぜ僕がこの地にいると知っている?」

「私ら旅の一座は情報に長けていてね。屋敷の者に一座秘伝のサービスと少しばかりの金銭を握らせてやると、ほーらこの通り、次期伯爵領主様の居場所もわかるというものさ」

「……愚か者どもが」

まさか部下にそんな口の軽い人物がいるとは思わなかった。特定して罰を与えようと思ったのだが、リュカの次の言葉でその気持ちも失せた。

「そう怒りなさんなよ。何よりあんたが危ないからと伝えて情報を引き出したんだ。そしてあたしも、同じ理由でここに来てやったんだから」

「僕が危ない?」

思わず鼻で笑ってしまった。

この伯爵領内で僕が危険に晒される? しかも伯爵領が近いこの土地で。

「あり得ないな」

断定。

かつての神の襲撃を思い出す。

あれはクルスカの変事であり、伯爵領から離れていた。何より僕が無力でどうにもならない事ばかりだった。だが、今は違う。

「 神気(しんき) って、知っているかい?」

「神と関わりの多い人物が持ち合わせている特別な感覚、というやつだったかな?」

「よくご存じで」

学園の資料で読んだことがある。僕には備わっていないし、必要とも思わないが、世の中には近くに神がいると感覚で分かってしまう者がいるらしい。幼少の頃から接している場合、もしくは神と強いつながりがあるものに生じやすいと資料には記してあった。

「あたしの神気が告げるんだよ。……神ではないと思うけど、何か神と無関係とは思えないものが……この地に近づいている」

「なんだ、それは? いい加減な情報だな」

「それは申し訳ないけど、まあ避難するかどうかはあんたの自由だ」

「ありがたい配慮だが、僕が逃げる道理はない」

連れて来た盾持ちたちと僕の力があれば、下手な神なら撃退できる自信がある。

それくらいには、僕のここ数年の成長は目覚ましい。むしろ腕が鳴るというものだ。

「まさか、この礼にまた何か寄こせとでも言うのか?」

ふと、それを警戒してしまった。

ハチの飯と宿の面倒を見ただけで領地を要求してきた女だ。そんな要求があっても不思議じゃないと思った。

「まさか。貰った領地で十分満足してるよ。ただ、ここの領主のハチのことは気に入ってんだ。自分の領地を守ってくれた友人が死んだとあっては、ハチが悲しむだろう? 情報を持っていて知らせなければ、ハチに顔向けでないからね」

ハチのため?

……またハチだ。

二人の付き合いは長く無いはず。

なのに、なぜだろう。僕が会う人、会う人、みんなハチのために戦う。いつだってそうだった。

……まったく、不思議な男だ。

まあ、僕もその男の魅力にハマってしまっているのだけどね。

「ハチのためというなら、なおのこと退けないな。僕はあの男に大きな借りがある。むしろ危機が迫っているなら好機ですらある。ようやくハチに、恩返しできるのだからね」

「そうかい。意外と良い男じゃないか、クラウス・ヘンダー」

「僕のことを呼び捨てにしたこと、一度だけ許してやろう」

褒められて悪い気分ではないからね。

「じゃああんたの無事を願って、あたしはそろそろ行くよ」

「ああ、危機が去ったらまた来るがいい。情報の礼に、酒を御馳走してやろう」

情報料にそのくらいはご馳走してやるさ。何せ、僕は羽振りの良い男だからね。

「クラウス様、領地の入り口の谷間より火の手が上がりました! 急ぎ事態を確認して参りますが、ただ事ではないかと……。取り急ぎの報告で御座います」

リュカが去ったタイミングで、ちょうど来た。

こんなにも早いとはね。

さて、鬼が出るか蛇が出るか、まあなんだっていいさ。僕は逃げるつもりは毛頭ないのだから。

――。

第二王子ロワ視点

「かつて、私の配下にいたときに協力して貰ったものが完成に近づいている。生命の神エルフィアの血から培養し作り上げた『神因子』」

瓶に入った赤い液体をゆらゆらと振って、ロワが部下たちに説明していく。皆の視線が注意深くその液体に注がれた。

過去を振り返るように喋るのは、既にエルフィアが手元を離れて数年たつからだ。

大事な自身の戦力であるエルフィアは、今や王位を争う宿敵である兄の手に渡ってしまっている。けれど、全ての遺産を取られた訳でもなかった。

「長年の研究を経てようやく試作品が出来たのだが、なにせ神の力を借りようって代物だ。そのリスクは説明するまでもなく計り知れないものだろう」

動物実験は済ませてあるのだが、母方の領地で行われたその実験は凄惨な事態を引き起こしている。

死者が多数出て、施設も半壊。それでも、母方の領地だったというのが幸いし、なんとか情報漏洩は防がれた。リュミエールに聞かれていれば、それだけで王位継承戦が終わるほどの事件。

「さて、『神因子』を使って私がやろうとしていることはわかるかね?」

視線を上げて、部下たちを見る。

先ほどまで熱心に注目していたその視線を逸らすのは、答えが分からないからではない、ことは明白。皆、この薬そのものが怖いのだ。そしてロワ王子の計画に巻きまれることも。

「伯爵領、いいえ、ハチ・ワレンジャールに与えられた領地を襲撃することです」

殊勝な部下の一人が答える。

その通りだが、満点をやれる回答ではない。

「これはあくまでハチとクラウスへの罰だ。ただの道草であり、僕の最終目標ではありえない」

ハチも、そしてクラウスも僕にとってはただの小物に過ぎない。踏みつぶして、大地の栄養に帰してやるだけの存在。

見据える先は、遥か先にある。

「ちょうど良いのだ、この土地だ。山に囲まれ、閉鎖的な小さな領地。新米領主は不在で、情報漏洩もおきづらい。『神因子』を人で試す、絶好の機会なのだ」

「……薬の試験運用が目的だったのですね」

それもまた完璧な回答ではない。

「エルフィアを失い、神の最高傑作も壊された。レ家の協力は能無し長男のせいで無に帰し、いよいよ私にはもうこれしかないのだ。しかし、これだけで良い……」

虚ろでありながら、相反する様に、強い決意を秘めた視線。

ロワだけが持ちうる特殊な雰囲気。

「私はこの『神因子』の完成とともに、リュミエールとの戦いを宣言することにする。これは前哨戦。さあ、私の部下たちよ。我こそはという者はおらぬか?」

やはり誰も立候補などしない。

しかし、ロワがスキルを使用するまでもない。彼は情報を巧みに操り、人の心を掌握するプロなのだから。

「君は5人兄弟の長男だったね。私の下で働いているのは、家族への仕送りだったかな?」

「はっはい……王子に覚えて貰って光栄です!」

普段他人に興味を持たないロワに、家族のことまで知られていたことを自覚して部下の男は高揚した気分で返事した。

「君は今の地位に満足か?」

「いえ……いずれは出世してロワ王子の片腕になりたいと思っております」

「いずれか……」

その毒牙が部下の首過ぎに届く。

「では、今私の片腕になってみないか?」

「まさか……」

話の分からない男ではないらしい。

「そうだ、『神因子』を飲んで、その身に神の魔力を宿せ。立ちふさがるクラウスを叩き潰し、私に自身の価値を証明して見せよ」

「……しっしかし!」

「心配するな。薬を信じられないのだろう? 繰り返し臨床試験は行っているし、何より私のために働いた部下を悪いようにはしない。君にもしものことがあれば……」

「もしも……」

そっと歩み寄り、顔を近づけて微笑む。

「君の兄弟と母親は一生涯私が面倒を見よう。未来の王が面倒を見るというのだ。彼らがどれだけ良い思いが出来るか、想像に難くないだろう?」

「あっああ……」

チェックメイト。

ロワ王子にここまで歩み寄られて、断れる程彼の心は強くない。実際、ロワは部下への手当てがしっかりしていることもあり、話に信憑性がある。

5分とかからず、彼は王子の提案を飲んだ。同時に、神因子もごくりとその体内へと飲み込んでいく。

「さて、役者は揃った。見せてみろ、お前の力を」

神因子を飲んだ部下の体内から膨大な魔力量が溢れ出す。赤くなった皮膚、興奮して理性を失いつつある状況を鑑みて、急ぎ出陣させる。

ロワの前から消えた部下は、すぐさま作戦本部の天幕より出て、山間の谷に暴走する魔力をぶつけ、木々を燃え上がらせる。

「ロワ王子……あれは……制御が効いているのかどうか」

「別に良い。好きに暴れさせよ」

どうせ領地ごと焼き払う予定なのだから。

「ロワ王子! 領地内に龍人が出現。おそらくはクラウス・ヘンダーかと思われますが、情報にあったよりもかなり姿が大きい模様です!」

「スキルが生長したのだろう。それも想定内だ」

見届けようではないか。クラウスの最後を。そして、我が野望の第一歩を。

「随分と危ない戦いになると思われますが、ジンのやつがずっと見当たりません。あの浪人め、なんのために大金を払って雇ったと思っているのだ」

「放って置け。此度の戦いにあいつの力は必要ないだろうからな」

……ジンめ、神因子が使い物になるのなら、次の戦闘経験はあの浪人で積ませてみても面白い。元神殺しの力、見せてみよ。