作品タイトル不明
150話 今日は逃げない
お土産として、クラウスに大量の芋を買ってやった。
我がワレンジャール領で有名な、体内の水分を全部奪うと言われるあの芋だ。俺は未だにあれが芋じゃなくスポンジか何かの類じゃないかと疑っている。
あれは一生に一度は食べるべきものだ。二度目は絶対におすすめしないけれど、世の中にはこんなに不味いものが有るんだぞという経験を学べるし、何よりお返しという意味もある。
クラウスの家ではご馳走という名の珍味を頂いたので、こちらも珍味というかぱさぱさというか……そういうのでお返しだ。きっとクラウスなら気に入ってくれると思う。金持ちは美味しい物を食べすぎているので、逆にこういうのが刺さると思っている。……しかも安かったし。
「素敵な旅行になりましたね。ご両親にも改めてあいさつできましたし、カトレア様とラン様の小さい頃の肖像画なんかも素敵でしたね」
「あれはやりすぎだよ」
父さんが描かせたんだよね。いずれ高値で売れるから家宝にしていて、俺ですら存在を知らなかった。二人はノエルのこと……というかローズマル家のことをかなり気に入っているのでノエルに喜んで家宝を見せたという訳だ。
家宝って代々伝わるものかと思っていたのだが、まさかの当代が作成したものであった……。いずれは俺に相続されるのだろうか? たぶん、そんなことはないだろうな。
そのうちローズマル家にも旅行も兼ねてあいさつに行きたいと思っていたのだが、帰り際にノエルが我が家の屋根をぼんやりと覗いていた。少し虚ろな視線は、いつものノエルらしくない。
「どうしたの?」
変な物でも見える? と揶揄おうとしていたところで、口が止まった。どうやら、本当に変なものが見えているらしいから。なんと、俺の目にも見えてしまっていた。
「小さな狼が見えます……。それと、綺麗な人……」
どこか姉さんたちに似た雰囲気の美人さんが屋根の上で狼を撫でていた。晴れた日に日差しを心地よさそうに浴びている。
「2人にも見えるのね」
背後からの声に振り向くと、そこには母上殿がいた。我が家で影の薄い順でいうと、俺と並びそうな母上。姉さんたちが派手過ぎる故に仕方ない部分はあるのだが、やっぱり薄いよね。
「母上、あれは一体?」
「精霊の花嫁として消えたご先祖様」
「精霊の花嫁!?」
そのワードに俺とノエルが目を見開く。
「といっても、私には見えないんだけれどね」
「そうなの?」
「ええ、あなたのお父様にも見えないはずよ」
そう言って、ワレンジャール家の歴史を説明してくれる母上。
精霊の花嫁として消えた女性は、もう100年も前のご先祖様の話らしい。我がワレンジャール家にはそういった逸話は無いのだと思っていたけど、立派なのがあったんだね。
しかも先祖様も美人とは、小物の家系にしては珍しいことだ。
「あなたのおばあ様が言っていたの。ワレンジャール家に嫁いだ日から見えるようになったのだと。私はずっと信じていなかった。だって……私には見えないのだもの」
今まで俺にだって見えなかった。ノエルが見えたときに、何かの影響で俺にも見えだしたのだろう。
「ノエルちゃんはお母さまと同じく才能があったのね。私はずっと疑っていたけれど、やっぱり見える人には見えるのね」
見えない割には、母上はこの話をよく覚えているんだなと、そういう印象を抱いた。
言葉にしない疑問が視線から伝わったのだろう、その説明もしてくれた。
「お母さまは不思議な人だったから特に気にしていなかったの。でも、カトレアとランが生まれたら、そりゃ精霊の花嫁の話も信じたくもなるわよね。あの子たち、赤ちゃんの時から不思議なことばかり起こすのだから」
天才二人が生まれた瞬間から見ているのはこの世界で母上ただ一人。これは貴重な話な気がしてきたぞ。
「姉さん達にも屋根の上の精霊様が見えていたのでしょうか?」
「きっと見えていたと思うわ。けれど、あの二人はそれ以上のものも見えていたからか、そんなことを私には話さなかったけどね」
姉さんたちは基本的に口数が少ない。二人だけに伝わる独特の感覚でコミュニケーションをとることが多く、言葉なしでもいつでも息ぴったりなのだ。
「あなたも知っていると思うけれど、二人は良く姿を消していたでしょう?」
「流石に覚えていませんね。自分の頭でしっかりと考えられるようになった頃には、姉上たちは伯爵領の有名人になっていましたので」
もっと一緒にいたかったのに、私塾に通い始めて人生のレッドカーペットを歩き始めていたんだよね。流石は姉さんたちである。
「二人が一度だけ言ったことがあるわ。屋敷の近くに精霊様の住む世界へと入る入り口があるらしい。ご先祖様はきっとそこを通られたのね」
「なるほどね」
なんと、なんと。
王立魔法学園の地下深くに封じられている精霊世界への入り口である『界境』は我が家の近くにもあるらしい。流石は田舎。田舎には何もないと思われがちだが、そんな神秘なものがあったとは。
「ねえ、ハチ?」
「どうしました?」
「あなたにも、その精霊の扉は開かれたの?」
「まさか」
実家近くにそんな凄いものがあったというのに、今まで一度だって感じたことは無かった。学園地下に無理やり忍び込んでようやく入れたような場所だ。俺には縁のないものですよ。
「俺は母上に似たようです」
「ふふっ。そうね。ノエルちゃんとの婚約、改めておめでとう」
「ありがとうございます、母上。では、俺たちはそろそろ行きますよ。姉さんたちが戻ったら、ハチが領地を持ったことをお伝えください。最高の接待をしなければ」
「わかったわ。あの二人なら、私から教えるまでもなく知っていそうだけれど」
それもそうか。違いない。
「ハチ」
そろそろ出発しようかというとき、母上に呼び止められた。
「あなたは二人の弟よ。きっとやるべきことがあるはず。……頑張るのよ。疲れたら、またいつでも帰って来なさい」
「はい、母上! では、行って参ります」
婚約のあいさつに戻ったついでに、我が家の秘密を聞けることになろうとは。とはいっても、ほとんど俺には関係ないんだけどね。姉さんたちは幼少の頃から違っていたのか。なるほど、小物の俺とは根元から違っていたようだ。
とはいえ、腐ってはいられない。戻りの馬車の中で、ノエルが寝ている間に五理の修業に入った。
魔力の理は生まれ持った才能とは別に、いつだって鍛えることが可能。スキルも合わせるとその活用方法は無限にも近いだろう。
小物が頑張ったところで! と腐りそうになる時もあるのだが、姉さんたちに置いて行かれるのは寂しいことだ。俺も絶えず強くなって、二人に再会したときに胸を張っていたいものである。
我が領地へ戻る道中、めちゃくちゃウキウキしながら今か今かと心が躍った。自分の領地があるってこんなにも素敵なことだったのか。
これからノエルと一生のんびり暮らしていく場所だ。土地も人も大事にしよう。そうしたら、きっと同じだけのものを返して貰えるはずだから。
と思っていたのに……風に押されて谷間を超えた先には、炎上中の我が領地があった。
えええええええ。なにこれぇ。
クラウスが守ってくれているはずの領地は、ネットの炎上とは違い、本物の炎があちこちで勢い良く燃え上がっている。
煙やら熱を肌に感じながら、大きな不安を抱えて街の中心まで走らせる。
人の力とは思えない程強大な力で大地が抉られており、ここで起きた惨劇の凄まじさをひしひしと感じられる。
大丈夫か? クラウス!
街の人たちは避難に成功しているらしい。領地のダメージはあるものの、人の被害は今のところ見ていない。
「ノエルを連れて安全な場所へ。俺は調査を続ける」
御者に命じて、行かせる。
「ハチ様、お供します!」
首を振って拒否をした。何が起きているかわからない以上、ノエルは連れて行けない。
「ダメだ。俺はクラウスを探す。クラウスと合流して何が起きたか聞いてみる。ノエルは伯爵領へ急ぎ避難してくれ」
「ハチ様……! どうか、ご無事で」
「ああ、大丈夫だ。ここにはクラウスもその優秀すぎる部下たちもいるからね」
「はい、無事を信じております」
馬の尻を叩き、走らせてる。
ノエルが無事去ったのを確認し、いよいよ領地の奥へと踏み入れる。
海へと近づくにつれて、惨状はますます酷くなる。
先ほど、まるで神か魔獣が抉ったような大地の傷跡がそこら中に見え始めた。しかも、隣に剣で切ったような傷も大地に残っている。何があった? そして、なんてことだろう。まさか伯爵領の近くでこんな愚かなことをする人間がいようとは。
嫌な予感がしたが、心を落ち着かせる。
幸い、領民たちの被害はほとんど出ていない。
それならいくらでもやり直せる。
となると、後はクラウスだけだ。
頼む。……頼む、クラウス。どうか、逃げていてくれ。
確かに伯爵領の一部ではある領地だが、ほとんどお前には関係のない土地。俺の留守を守ると張り切っていたが、そんなリスクは負ってくれるな。
クラウスが逃げ出して、無事なことを心より願ったのだが、俺は大広間でよくないものを見てしまった。
息を切らして、口から血を流す竜がそこにはいた。顔や体に火傷の痕があり、今にも気を失い様な虚ろな目をしている。なのに、絶対に引かないという絶対の意志も感じられた。
その見覚えのある溶岩のように赤い鱗に、血の気が引く。
「……クラウス!」
間違いない。あれはクラウスの竜化のスキルを使った後の姿だった。
俺の声を聞いた途端、竜の口元がほころんだ気がする。
鎧がバラバラと剥がれ落ち、小さくなる体が人の形に戻って行く。
顔を腫らし、髪の毛は焦げ、身体は満身創痍。骨も折れて、片足が変な方向に曲がってしまっている。
「……ハチ、へへっ、僕は守ったぞ。君が帰るまで、領地を守り抜いたぞ」
横に倒れていくクラウスに駆け寄り、その身を抱えた。
高貴な服が、いつも高級な香り漂わせているその体から、焦げ臭い匂いしかしない。
お前、なんでこんな無茶を。
「クラウス、なんで逃げなかった! 馬鹿野郎、お前は逃げる男だろ!」
「ハチ……様をつけろ」
「ご、ごめん」
目を閉じたクラウスは、本当に死んじゃいそうなくらい弱っていた。
何と戦ったらこんなことになるんだ? クラウスはプライド先行型の男だが、決して実力のない男じゃない。むしろ世間一般的に見ると化け物と呼べる実力の持ち主だろう。
「ハチ、僕は変わっただろう?」
「はい?」
何を言い出すかと思いきや、そんなことを。
自分を危機に陥らせたことを俺に怒ってもいいのに。以前のクラウスなら、そうしていたに違いない。いや、その前に逃げていたか。
「僕は逃げなかったぞ。親友の領地が襲撃されたんだ。親友である僕が命がけで戦うのは当たり前だろ? なあ、ハチ。教えてくれ。僕は、ようやく、変われたのだろうか?」
「馬鹿野郎」
クラウス、お前は本当にバカだ。
なんで、こんな無茶を。ワッ。久々に、泣いちゃった。
「クラウス、お前は変わらなくていいんだよ。お前はクズで馬鹿で、愚かな大物。それで良かったのに……」
こんなにいいやつになってしまったらお前……。
「お前が俺の本当の友達になってしまったら、こんな姿、辛すぎるだろ!」
「ふふっ。ハチが僕のために泣いてくれる日が来ようとはね。なら、今日の襲撃も悪くないというものだ」
クラウスはそれを言い残し、目を瞑ってしまった。
急いで呼吸と脈を確かめると、両方ともちゃんとある。呼吸が弱い点を除けば、クラウスは助かったといっていいだろう。
その時、背後から人の足音がした。
振り返ると、刀を持った浪人風の爺さんがいる。
不思議と、ジンに似た雰囲気を感じた。一目でわかる、圧倒的な強者感。
大地を抉った傷は誰のものかわからない。クラウスかな? 竜化したクラウスが暴れたものだという可能性が高い。しかし、剣で切りつけたような大地の傷は、この男がつけたに違いない。
信じられない剣技だ。相手のスキルは不明。感じられる魔力量は、クラウスを遥かに凌ぐ。ということは、当然俺の上でもある。
普段なら、逃げていた。領地なんてくれてやれ! 命の方が大事だからだ。
けれど、今日だけは逃げない。
クラウス、お前も逃げなかったもんな。
「おい」
「……そいつは生き残ったのか?」
「黙れ」
拳を握り、体内の魔力を総動員してフルスロットルで身体強化をすると、辺りに竜巻のような強い風が生じ始めた。魔力の暴走。まさか、俺にこんな芸当が出来ようとは。
「お前、死を覚悟しろ。俺の友達をこんなことにした償いを受けて貰う」
「……話を聞いて貰える雰囲気じゃあ無さそうだな。仕方ない。来い、化け物染みた強さを感じる青年」
俺は迷わず、一直線に浪人へと踏み込んだ。