軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

148話 陰謀男

「ハチ様、なんだかとても嬉しそうな……何かに満足した表情ですね」

旅の道中、馬車に乗って窓の外を眺めていた俺に、ノエルがそんなことを言ってくれた。

流石はノエル。俺の様子から心の内を正確に読み解くとはね。

不思議だな。こんな未来なんて期待すらしていなかったのに、いざそのことが起きると、領地を貰ったとき以上に暖かいものを感じていた。

「なんだか自分でも説明がつかないんだ。その内、ちゃんと気持ちの整理がついたら話すから、その時はゆっくり話を聞いて欲しい。……今はまだ話せないというか、恥ずかしい」

「ええ、時間はいくらでもありますから。楽しみにしておきますね」

「ありがとう」

ノエルにはいつも感謝することばかりだ。

この不思議な深く満たされた気持ち。俺はまだ認めきれていないのだが、これはクラウスとの関係が良好になったことに由来する。

あいつとは腐れ縁で、幼少期の頃より知り合ってからずっと関係が深く続いていた。元々俺たちの盟主なので、いずれ縁は出来ていただろうけど、そんな見かけ上の関係よりもずっと深く知り合ってしまった。

性格が悪くて、情けなくて、でも久々に会ったらちょっとだけ成長してて、ほんと話題に尽きないやつだよ。

そのクラウスと俺は、ようやく友達になれたらしい。

表向きにはずっと友達ではいたよ。でも、本質的には嫌な大物と、こびへつらう小物の関係性でしかなった。

それなのに、俺たちは長い付き合いを経て、ようやく友達になれたらしい。

へっ。

あんなやつと友達になっても別に嬉しくないやい! って最初は思っていたのに、なんだか不思議ととても満足した気持ちに包まれてしまっている。

クラウスと友達になれたってノエルに話すのが普通に恥ずかしいです。照れくさい気持ちが収まったら、そのうちちゃんと話そうと思う。あいつはちゃんとまっすぐ成長しているみたいだし、俺も負けてられないな。

「実家に戻っている間、クラウスが約束してくれたんだ。俺たちの領地を何が何でも守ってやるって。だから、ゆっくりとノエル嬢と実家にでも顔を見せたらどうだってさ」

あいつからこんな素敵な提案があるとはね。大人になったものだよ。

天下の伯爵領に何が起こるんだって話ではあるが、次期領主様があんだけ豪語してくれたのだ。これ以上の安心感はないだろう。

「これはクラウス様からの提案でしたか。……あの方にはあまり良いイメージがありませんでしたが、少しだけ評価を変える必要がありそうです」

ノエルも同じことを思っていたか。

あいつ、本当に変わったんだなって再度実感させられる。

「俺もそう思うよ。住み込みで領地を守ってくれるんだってさ。やりすぎな気もするが、あいつの気持ちが嬉しかったし、折角なので提案を全部受けることにしたんだ」

なんかすんごい張り切ってたんだよね。断るのも悪いからさ、全てお任せしますって感じで頼んでおいた。そしたら嬉しそうにしてたのが、まるで忠犬の様で。逆、逆。クラウス、お前と俺の立場逆!

「それだけハチ様に感謝しているのでしょう。随分とハチ様を頼りにしておいででしたよ、戻らない間にも」

「戻らない間も?」

「ふふっ、そうですよ。本人は自覚が無いようでしたけど、イベント事で困ったことがあるごとにボソボソと神に頼むが如く『ハチ……ハチ……』って」

プッと吹き出して笑った。ノエルも同じように笑う。

流石に笑わずには聞けない話だよ。想像したら少し可愛くも思えた。

「ゾンビみたいだ」

「ええ、まさしくそんな感じでした。そんな頼りにしていたハチ様が実際に戻って来られて、クラウス様の仕事を手助けしたのです。あの方がどれほど感謝しているか、どれほど頼もしく思っているか、なんとなく想像がつくというものです」

「なるほどね」

随分と心細い思いをしていたのか。

……やっぱりヒロインポジションのお方ですか?

ノエルがそうなっているかも、と心配していたことを全部クラウスがやってしまっている。戻って来てくれて全然嬉しくないんだからね! をあいつにされても、こっちも全然嬉しくなんてないんだからね!

「次期領主が領地を守ってくれているんだ。俺たちはしっかりと羽を伸ばそうじゃないか」

「それと、お土産を忘れずに、ですね」

「ああ、もちろん」

あいつにはワレンジャール領の名物、ぎりぎり食べられるスポンジ……じゃないや、芋を手土産にして持って行こうと思う。友人にあれを食べさせずにどうするよ。同じ釜の飯を食うより、ワレンジャール芋を食えってのは、我が領地に代々伝わる格言である。

「領地を貰えたし、ノエルとのことも改めて挨拶をしよう。そうだ、姉さんたちのことも話さないと。父さんは三度の飯よりも姉さんたちのことが好きだからね」

「2人が旅に出てもう長いと聞きます。ご両親は寂しい思いをしているでしょうね。ハチ様が砂漠で2人に出会った話をしてあげれば、喜ばれるでしょうね」

「間違いないよ」

母さんも姉さんたちのことは大好きだが、父さんのあれは執着に近い。俺と同じく小物業界に入り浸っている父上は、飽くなき出世欲を持っている。我が家から偶然にも天才が二人出たことにより、国王陛下やヘンダー伯爵からかなりの報奨を頂いているはずなのだが、それでもあの人の欲望は満たされていないだろう。姉上たちへの投資は幼少期より続いており、がめついで有名な我が父があの程度の回収で満足しようはずもない。

「実家でやることは多そうだ。折角だし、街のみんなにもあいさつをしよう。小さな領地だからね、俺のことを知ってくれている人も多いんだ」

領主の息子だから知っているとかそういう浅い関係性じゃない。俺は外で活動する活発な子だったし、声をかけられることは多かった。

両親や妖精、更に言うと世界中と同じく、領地のみんなも姉さんたちのことが大好きだった。姉さんたちには恐れ多くて声をかけられず、小物の俺からいつも情報収集していた訳だ。俺も貴族様なんだが!? もっと恐れても良いと思うんだが!? カトレア様、ラン様、ハチ坊だったからね、呼び方が。俺だけ近所の子供!

カトレア様は何が好きなのか。ラン様はどのような化粧品を使っているか。そういった姉さんたちの日常情報はとにかく大人気で、地元の人たちに愛されている小さな新聞社は姉さん達専用のページを用意していたほどだ。姉さんたちの情報が載らない日と載る日では売り上げが倍違うらしいので、当然だが彼らも必死だ。お礼に食べ物をくれるので、俺の口も良く回る、回る。

一度、俺の記事も載せてくれと頼んだことがある。売り上げが伸びるかもしれないから、ものは試しでしょと説得してみた。姉さんたちの情報が上手に取れなかった日に、代わりに俺の記事を載せたことがあったのだが、うん……。ひどい売上だったらしい。これは俺が凄くない訳じゃない。姉さんたちが凄すぎるというだけの話だ。

「それは楽しみです。皆様からハチ様の話をもっと聞きたいです」

「カトレア姉さんやラン姉さんの話なら山ほど出て来るだろうけど、俺の話はどうかなぁ」

「ふふっ。ハチ様はわかっておりませんね」

新聞社の話はノエルにもしたことがある。領民の関心はみんな姉さんたちにあるということは承知の上だと思うが?

「みんなわざわざ新聞で読むほどハチ様のことを知ろうと知りませんよ。だってハチ様は親しみやすいですから、本人から聞けばよいだけのこと。そこはカトレア様とラン様に無い、ハチ様の良いところですから」

「……へへっ」

ポリポリ。流石に照れるやい。

俺はクラウスや姉さんたち、つまりは大物の太鼓持ちが得意だが、ノエルは俺の太鼓持ちが得意な唯一の人物だ。ありがとう。ノエルと一緒なら、きっと素敵な帰郷になるだろうという確信があった。

――。

「ぐあああああああ! だああああ! だああああ!」

声を荒げ、家具を蹴飛ばし、子供のように癇癪を起こしているのは、ロワ・クリマージュだった。普段の彼の性格を知っている側近たちは、その取り乱した姿に戸惑いを隠せない。

ロワは上手くいかないことがあっても、怒りを静かに内側に貯め込むタイプだ。いずれ仕返ししてやればよい。そのためにも頭は冷静に、常に次にやり返すために思考を割いてきた有能な人物だった。

なのに、この姿は一体なんなのだ? あまりにも見慣れない姿に、幼少から付き添って来た部下でさえ、どうしてよいか分からずにいた。

「なんでまたあいつがいる! なんでハチ・ワレンジャールが生きている! 王都の魔獣騒動で死んだはずだ!」

「あれはリュミエール王子と神殺したちが秘匿している案件。何があっても不思議ではありません」

「なぜあんな小物の死を偽装する!? なんなのだ、あいつは。毎度毎度、なぜ私の前に立って邪魔をしてくる!」

本人からしたら偶然以外の何ものでもないのだが、ロワからしたら大きく野望を持つたびにあの小物のに阻止されるということが起きている。

今回もそうだ。クラウスの欲と不安を煽り、その心を支配した後に、伯爵領を実質的に乗っ取るつもりでいた。多少の武力衝突を覚悟して、大金を支払い例のジンと名乗る男も雇い入れていた。

なのに、美味しそうにぶら下げてやったニンジンを、パシッと跳ねのけてドブに捨てた人物がハチである。クラウスだけなら落とせていたと確信している。それなのに、あの男はいつの間にかクラウスの信頼を勝ち取り、領地の未来を左右する決定にまで口を挟めるようになっていた。

「エルフィアを奪い、神の最高傑作を壊し、伯爵領の乗っ取りまで事前に阻止してくる! あいつは一体、私になんの恨みが!」

学園を卒業してから、ハチどころか、ワレンジャール姉妹とすら接点を持っていない。あの姉妹は、学園在籍中に良く揉めていたものだ。レ家の嫡男と手を組んで学園の改革を進めていたのに、都度姉妹に邪魔をされる。姉弟揃って私の邪魔ばかりしてくる。

しかし、今はもう卒業してお互いに関わりも無くなって来た。なのに、なぜまだ私の邪魔をするか!

許せん……。ハチ・ワレンジャールが許せない。

伯爵領の戦力無しに、リュミエールという巨人に立ち向かえるはずもない。やつは今や王国正規軍『槍持ち』を従えるだけでなく、王都民の絶大なる支持、更には王たる資格である神の擁立まで済ませている。

エルフィアだ。もともとは、私が王になる際に、建国の神としてエルフィアを据える予定であった。しかし、戦いに敗れ、神殺しに回収されてしまった。あろうことか、神殺し団長ゼルヴァンはリュミエールの学園時代の先輩後輩関係。仲は非常に良く、お互いの組織を守るため協力関係にある。

更に言えば、リュミエールは人類最強とも言われるグラン学長の愛弟子だ。国の重要組織がことごくあの男に抑えられている。

レ家への協力を頼んでみたが、簡単に断られてしまった。あそこの嫡男には学園時代良くしてやったというのに、次男のテオドールが今やレ家の次期当主に指名されてしまった。無能にもほどがある。兄を超えるのは私だけで良いはずなのに、なぜこうも上手くいかない。

……やはり、あの男に原因がある気がしてならない。ハチ・ワレンジャールだ。あいつが私の人生に出て来て以降、何かと上手く進まなくなってきた。

「殺そう」

誰に言うでもなく、ぼそりと口をついて出て来た言葉。これが私の本心であり、本能なのだろう。あの男を生かしては、私が王位につく日はないと思え。そうだ、今度こそやってやる。

「ハチ・ワレンジャールが今どこにいるか知っている者はおらぬか!?」

「クラウス・ヘンダーより領地を貰った後、その報告のため婚約者と実家のワレンジャール領に戻ったはずです」

足取りは追えているか。しかし、やけに詳しく知っているな、とも思った。

視線を向けると、その疑問を口にされると理解したからだろうか、部下が率先して説明をする。

「クラウス・ヘンダーがその領地にいるのです。クラウスの動向を探るついでにハチ・ワレンジャールの情報も入って来たので知っておりました」

「なるほど……」

クラウスがハチ・ワレンジャールに領地をやり、そこに入ったか。

おそらくは、ハチ・ワレンジャール不在時の領地を守るためだろう。あんな辺鄙な土地、伯爵に喧嘩を売るリスクを負ってまで誰が襲うというのか……。

「いや、待てよ」

これは好機かもしれない。

そうだ、ピンチはチャンス。これは使えるぞ。

「ジンを呼んでこい! 仕事をして貰う」

「はっ」

人をやり、大事な食客に働いて貰うために呼びに行かせる。どうせまたそこらで寝てそぼっているのだろう。なぜ実力者というのはこうも御し難いやつばかりなのか。

「ロワ様、一体何を……」

「くはははっ、クラウスを叩く。くれぐれも伯爵に勘づかれるな。クラウスを叩き、強引に精神支配してやるわ。そして、あそこはハチ・ワレンジャールの領地なのだろう? 火の海にして、帰って来た時に絶望させてやる」

主のむごい考えに、部下たちが黙る。リスクがあるが、復讐には有効な気がするのも確か。

「さらには、クラウスのやつとハチの仲を引き裂いてやろうじゃないか。領地を守れなかった無能のクラウスと、約束を破られ火の海になった時分の領地を見るハチ。どちらも想像するだけで愉快な気分になる」

ややこしい手順を踏んでクラウスを支配することもなかった。強引に力づくで抑え、そこから私のスキルで精神を支配する。本来、強い恐怖心は支配の拘束力を弱めてしまう。だが、クラウスの不安定な精神面を考慮すれば、大した問題にはならないだろう。

クラウスを支配し、ハチに絶望を与え、二人の仲を裂く。賊を装った部下を私自ら成敗してやれば、伯爵への借りも作れそうだ。

……演技がバレないためにも、部下の数名には実際に死んで貰うか。我が野望のために、多少の犠牲は仕方ない。やつらだってわかってくれるだろう。これは王になるための偉大な計画なのだから。

「ロワ様、人様より伝言でございます」

ジンは案外近くにいたらしい。呼びに行かせた部下の戻りが思っていたより早い。

「なんだ?」

「『そんなくだらない仕事で俺を呼ぶんじゃねー。盾持ちたちと大喧嘩できると聞いたから雇われてやったんだ。次くだらない仕事を任せたら覚悟しろ、小僧』だとのことです。正確に伝えろと言われましたので……」

気まずそうに、そして恐怖に満ちた表情で告げられた。部下の目元には青あざが出来、腫れあがっている。ジンに殴られたのだろう。

恐怖心は私に対してか、はたまたジンに対してか。

ふんっ。くだらない男だ。雇ったのは失敗だったかな?

しかし、貴重な戦力には違いない。実績を見ても、盾持ちと戦う気概を見て、やつの力には疑いようの無いものがあるのだから。

「まあ、良い。クラウスを倒すくらいならジンの力は不要だ。なんなら私自ら出向いてやる。作戦を練るぞ。皆を集めよ」

陰謀。自分が最も得意なジャンルだ。

早くも勝ちを確信する。

クラウスよ、待っていろ。そしてハチ・ワレンジャールよ、私が作り上げる光景に絶望せよ。