軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

115話 俺がでかつよ

ここにまた来ちゃった。

あの白くて神秘的、そしてお世話になった怠惰の神ウルスと再会したあの場所に。

「ハチ君、僕のこと覚えてる?」

「もちろん」

――原初の座。

無数の光が天へと昇り、静寂の中で揺らめいている。音も、風もない。けれど、世界の鼓動が聞こえて来るかのような、何か強い力を感じる空間。

光の粒が織り上げた階段に座る男。

以前はただ『光』としか認識できなかった存在が、今回は人の形をとってそこに佇んでいる。

金糸を束ねたような美しいポニーテール。

眼差しは底知れぬほど深く、それでいて母のような優しさを含んでいた。

「僕は原初の神、エル=アルム。ハチ君は貴族だから、僕の名前くらいは聞いたことがあるだろう?」

「いいえ、全然」

全くない。

有名な神だったのですか? なんか高貴なお方ってのは感じていたけれど。

今は激情の神カナタ様の全盛期でして、我々はそっちに尻尾を振るので精一杯。昔いた偉大な神も恩恵を授けてくれないのであれば、礼儀を払う道理もない。信仰よりも財宝。それが小物道。

「そうか。僕の名も残らない程、時間が経ったんだね。僕には時間の感覚が失われてしまっている。きっと好きだったあのお店ももう……」

昔を懐かしむようなその表情。

彼? 彼女? 中性的で整ったその自称原初の神は、目を閉じてしばらく静かな時間を楽しんでいた。

原初か。

どの世界でも、最初にその業界を開拓した人はそれこそ神として扱われる。

コンテンツが進化して、完成度で言えばもっと上のものが出て来たとしても、やはり一番目に始めた人は周りとは異質な光を放ち続ける。

このエル=アルムという神もそんな偉大さが、体からオーラとして漏れ出している気がする。

優しくしておけばお得だよと、俺の小物センサーもビンビンに反応してしまっていた。

「今日は、ウルスの爺さんはいないのですか?」

「ああ、彼は会いたがっていたよ。けれど、今日は遠慮して貰った。君に、大事な話があるからね。それこそ、ウルスが使命を遂げて見た光景を、君にも見せてあげたい。君にはもう、その資格があるのだから」

資格?

ちなみに、資格って単語の響き、いいや、存在そのものが好きだ。

資格はなんか安定を与えてくれる感じがする。ホッとする。ずっと一緒にいたい。頼れる旦那さんって感じ。草むしりも、資格が有る無しでお手当が変わったりするくらい大事なものだ。

「前回、ここに来た時の会話を覚えているかい? 僕は君を『神もどき』だと称して、秘密を共有しなかった。あの時偶然発した単語、今になってみて面白い偶然だったなと思う。……ハチ君、あれからいろいろあって、ようやく君の正体に気が付いたんだ」

「俺の正体?」

せこく、ケチで、強欲。小物の中身が暴かれた?

見た目通りだと思うんだけど。

「ああ、ようやくあの日の“彼”の言葉の意味を理解した」

歩き出す。

道なんて無さそうな空間。行きつく先も無さそうなのに、原初の神は少し歩いた先で立ち止まり、掌を地面にかざした。

この静寂の空間が揺れ、轟音を立てながらそれが姿を現す。

「還環よ」

呼び声に応じるように、光が一か所に集束していく。

やがて生まれたのは、輝きを編み込んだ植物たちの蔦が作りあげた輪。サーカスでライオンが飛び越えるサイズの三倍はありそうなのが二つ横並びになっている。

サイズ的に、魔獣のサーカス用かもしれない。

「神は使命を遂げた後、ただ消えるのではない。この環に還り、紋章の力へと還元される」

還環はゆっくりと回転しながら降りてきて、この空間の中空に浮かぶ。

その存在が近づいてくると、深い森の中にいるような感覚がやってくる。木々のざわめきが聞こえ、心地の良い風も吹く。鼻をくすぐる優しい匂いに自然と体がリラックスしていく。素敵な気分だ。……帰ったらウッドチップのアロマを買おうと思う。

「神……友たちの使命を糧に、こうしてこの環たちは日々成長する。精霊と人を繋ぎ、この世界を繋ぎ止めるために」

エル=アルムは環を見つめ、微笑む。

その瞳の奥に、まだ果たされぬ使命を抱えた者たちの影が映っている気がした。

「もしかして、左のものは『契約の紋章』?」

環の片方は少し植物たちが弱っていて、ところどころ枯れたり、しおれたりしている。けれど、その下から新芽が出て来ており、これから生まれ変わろうとしているのが分かる。

「良く分かったね。流石だよ。精霊たちの世界で、精霊王シグレリアには会ったかい?」

「うん、殺されかけた」

「ははっ、それはすまない。彼女の怒りの原因は、僕にあるからね」

少し昔話を聞かせてくれた。

もう何千年も前の話に遡るらしい。

シグレリアが歌い。エル=アルムが楽器を奏でる。二人は憎しみあうような仲ではなく、ただ日々の喜びを静かに共有していた親友だったのだと。

「それがなんで……あんなことに」

世界樹の中で激怒するシグレリア様。

美しい容姿を持ちながら、憎しみを世界中にまき散らすかのようなあの恐ろしい形相。二人に何があったんだよって心配しちゃう。

「僕が彼女を裏切ったんだ。彼女はずっと人を信じて、人と繋がろうとしていた。きっといつか分かり合えるはずだと。けれど、界境に溜まり続けるマグ・ノワールはシグレリアを初めとする精霊たちを穢していた。もう一刻の猶予も無い程に」

マグ・ノワールってそんな昔からあったのか。

それもそうか。ある時代を境に急に出て来た! とかの方がよっぽどおかしいのか。

「当時は何も対策がなかった。精霊も人も、マグ・ノワールの前には成す術なし。多くの命が失われたよ。それで、僕は当時最善だと思われた方法を取った」

神の話だ。全く疑ってなんていないし、こんな不思議な場所に引っ張られたんだから余計に信じられる。

けれど、次の言葉には流石に耳を疑った。

「全ての人間の体内にある魔力線を焼き、精霊と人の繋がりを絶った」

人と精霊が繋がらなければ、マグ・ノワールも誕生しない。強引な方法だが、それもありなのか?

まあ、普通はそんなこと思いついても出来ないんだけどね。流石は原初の神ってとこか。力も桁違いらしい。

「けれど、俺たちは今魔力線を再生させ、また精霊と繋がりを持っている」

「それも計算のうちだよ。人は賢いからね。いつかまた自力でそうするだろうと思っていた。想定より数百年早かったけれど。その弊害が、数十年に一度誕生する魔獣だ」

「なんだか、少しずつ事情が分かって来たよ。んじゃ、右のやつはなんなの?」

指をパチンと鳴らされた。

その質問を待っていたとばかりに嬉しそうに答えてくれる。

「前回、君が神の使命を偶然達成したとき、どちらの環を育てるか尋ねただろう? 君は当たり前のごとく『両方』と答えたんだけどね」

クスクスと笑う原初の神。

え? 笑うところ?

小物業界では当たり前なんですが? 貰えるものは全部貰う。当たり前だ。

「君のおかげで大きく環が育った。そうして今日、君はまた神の使命を達成してしまった」

「あっ……妹ちゃんの使命か」

「その通りだよ」

あの怪しい村にいた妹ちゃん。彼女はずっと脳内に声がすると訴えていた。

あれはすなわち神の使命だったのだ。

姉を止めろ。それはつまり、魔獣を止めろということだ。

俺が偶然、今回もそれを代わりに遂げてしまった。

ということは、もうあっちの世界では魔獣騒動は終わり? いやっふー! こりゃ無理した甲斐もあるってもんよ。

「君の功績は大きいよ。僕たち神が長年に渡り達成しようとしていたものが、君のおかげで実現できそうだ」

「何をしようとしているの?」

なんとなくはわかっている。

けれど、今は世界の秘密に触れている特別な気分を一秒でも長く、それに正確に味わいたくて、原初の神の話をワクワクしながら待った。

「環がもうじき完成する。大罪の紋章は契約の紋章に……。今まで多くの人に苦労を背負わせてしまったね。もうじき、シグレリアの傷も癒える。きっと彼らは新しい世界で、その復活した力で、多くの恩恵をもたらしてくれるだろう」

もう片方の環へと移動し、そっと撫でる。

こちらは若々しい。まだ幼い新芽で作られた環は、触れると素直に横たわる程、茎も葉も脆く柔らかい。

「新しい紋章だ。昔は無かった。この世界は不完全だ。けれど、ようやく僕の祈願が成就する。マグ・ノワールへの対抗策が、もうそこまでやってきているんだ」

「マグ・ノワールを消し去る紋章? 新しい時代の紋章か……」

「その通りだ。契約の紋章も帰って来る。それに加えて、新しい役割を持った紋章まで。世界はもうじき、完成される」

今までの四つの紋章に加えて、新しい紋章が加わる。

子供の頃、たくさん勉強して社長か医者になれたら万々歳だなぁと塾の先生が良く言っていた。前の世界でもそんな感じで、人が憧れる役割というのがあった。

こっちの世界では、それがスキルタイプ戦闘だ。

けれど、時代はいつだって止まることなく進化する。

ゲームばかりやって来た人が今では配信者やプロとして活躍する。

絵をずっと描いてきた人がウェブを通じて多くの人に感動と美を供給する。

いつだって新しい時代は、新しく素晴らしいものを届けてくれるのだ。

この新しい紋章はどのような立ち位置になるのか……。今から楽しみである。

「浄魔の紋章、と僕が名付けた。きっとこの紋章は、世界を素晴らしくしてくれる。……これが誕生すれば、シグレリアも僕を許してくれる気がする」

俺も頷いて、環に触れてみた。

「きっとわかってくれるよ。あんた、長い事頑張って来たんだろう?」

こんな白い世界で、ずっとずっと、俺たち人間や精霊が暮らしやすいように。

ずっと頑張って来たんだ。

そのゴールが近いというなら、俺が喜んで協力するよ。

「なあ、神様ってそもそもなんなんだ? なんで彼らは使命を持ち、紋章を作るエネルギー集めの手伝いを?」

「彼らは僕の系譜に連なる存在だよ。ここで僕と話、使命を決めるんだ。そうして聖女の子として誕生し、君たちの世界で使命を果たす。けどね……」

苦笑い。

後頭部をポリポリとかいて、少し申し訳なさそうな表情もする。

「彼らは生まれると記憶を失い、使命だけが記憶に残る。神って変なのが多いだろう?」

「うん」

即答。

変なんてもんじゃない。

俺たち人間の基準で言えば、奇人変人の類だ。しかもめちゃくちゃ危ない! 触るな危険。

「すぐ喧嘩するし、力が膨大だから戦争になったりするし、影響力も凄いからさー。しかも今回の姉妹みたいにイレギュラーもあったりで、いろいろ大変なんだよ」

俺が小物神と呼んでいる連中のことだ。

使命を放棄し、好き放題に生きる神たち。

神が生まれ、使命を与えられた理由がようやくわかってスッキリした。なるほど、たしかに原初の神からすると管理が難しくて厄介そうな案件だ。

「カナタくらいだろうね。忠実に働いてくれているのは。彼女とも、もうすぐ再会できそうだ……嬉しいねー」

激情の神カナタ様か。

あの方は、原初の神から見ると優等生らしい。

国を作り、国民を育んで来た。

クリマージュ王国はとても平和で、日々食べるものにも困らない国だ。

原初の神の意志があり、神が働き、その下でクリマージュ家やヘンダー家みたいな大物たちが頑張って、ようやく俺たち小物が生かされている。

「……考えていると、自分はとんでもない大きな流れの中で生かされていたんだなと、深い感謝の気持ちに浸れます」

「素晴らしい考えだね。君がそう感じてくれるのなら、僕も僕の決意と行動に称賛を送ってやりたくなる」

ここの神聖な空間がそうさせるのかな。

小物の卑しい中身が浄化されそうだよ。これも浄魔の紋章の力のおかげかな? 一番近くに座っているから、浄化力半端ねーっす。

浄魔の紋章が世界に誕生したら、まっさきに小物たちが浄化されるらしいです。ああ、無常。

「ハチ君、穏やかな表情をしているところ申し訳ないんだけど、何か忘れていないか?」

思考を巡らせる。

あっ、前回両方を要求したんだっけ。

契約の紋章も浄魔の紋章も、両方にエネルギーを注いだ。それを原初の神はたしか「貸し」だと言っていたんだっけ。

「すみません、金なら持って来てないです……」

「なんのことだい?」

「前回の貸しです」

「ああ、あれか。あれは今回の分で清算済みだよ。君はこれで魔獣を二体も倒したんだ。人類でそんな偉業を成し遂げた人物なんていない」

魔獣を二体も……。

そんな実感は全くなかった。

前回はウルスの爺さんが、今回は先生たちと隊長がいた。隊長から勇気を貰い、結局はアイテムも博士のだし、イレイザー先生がいなければ神の目も自分では開けない未熟者。

俺はいつだって人と環境に恵まれていただけだ。

運が良かった、その言葉が相応しい。

「偉業だなんて。俺はそんな大したものじゃないです」

「いいや、偉業だよ。けどね、偉業にはもちろん代償がつきものだよ」

代償?

かっ、金ならないです。すっすみません、それだけはご勘弁を……!

「君は魔獣の体内から全てのマグ・ノワールを吸い取ったんだ。人の作ったアイテムごときでマグ・ノワールを吸収しきるなんてことはできない。溢れ出たマグ・ノワールは今、どこにあると思う?」

なるほど。それか。

考えるまでもない。

少しだけ、その予感はあった。

胸を抑える。こっちの俺の体には全く異常がなさそうだ。けれど、そうもいかないよなぁ。

「マグ・ノワールの行先は、俺の体内か……」

「その通り。君は魔獣を止め、神の使命を成し遂げた。僕としてはありがたいことだけどね、実は魔獣騒動は終わっていないんだ。器が変わっただけ。魔獣はまだ、止まらない」

「俺が……次の魔獣か……」

小さくてもいい。ただ平和に生きていたかった。

けれど、俺がいよいよ『でかつよ』になったってコト!?

こんなこと、ノエルに知られたらどうなるんだろう。

「いやっいやっ。ハチ様が魔獣だなんていやあああああ」と反応されたりして……。

いわないでしょそんな事ッ

言わないよねェッ、ノエルはそんなこと!!

「ハチ君、ありがとう。君には感謝している。きっと忘れることも無いだろうし、君はあちらの世界でも英雄として語り継がれることだろう。けれど……それでもさようなら……に、なるのかもね」

「そうですね。さようなら、原初の神エル=アルム。あなたの作り上げた世界のおかげで、随分と長く小物ライフを楽しめました」

「……すまない。けれど、もしも意識を取り戻せたら、自身をわずかでも制御できたのなら“彼”、エル=ラッコーンの子である一族を頼れ。君の願いなら何でも聞いてくれるはずだ」

俺の体が宙に浮いた。

地面が崩れ、下へと落ちていく。

悲しそうにこちらを見つめる原初の神。

落ちていく中で、誰かの足音が聞こえて来た。息を切らしながら、糸目の爺さんが穴から顔と手を伸ばして叫ぶ。

「ハチィ! 諦めるな。絶対に諦めるな! マジ、どうにかなるかわからんが、それでも諦めるな!」

駆け付けたのは怠惰の神ウルスだった。

ウルスの爺さん、あんなに必死な形相をすることあるんだな。

わかったよ。

俺、あっちでなんとか藻掻いてみる。

魔獣になんてなってたまるか。

小物は小物らしく、でかつよとは関係ない世界線で生きてやる。

「ワシもハチと一緒に帰りたかったなぁ~……」

ハチが去った原初の座で、ウルスの寂しそうな声が響いた。