作品タイトル不明
803:三重の刃
まず突き刺さったのは俺の一撃。
凄まじい速さを誇るセイランは、例え魔法を行使しながらであったとしても、誰よりも早く標的に辿り着くことができる。
黒い嵐の風と雷、そしてルミナの精霊たちによる光の刃――それらによる集中攻撃を受け、足爪に刻まれた傷跡は僅かに揺らいで見えた。
シリウスの刃によって強引に抉られたそれは、明確に足爪の弱点となっていた。
斬法――剛の型、輪旋。
【練煌命刃】の巨大な刃は、【餓狼呑星】によって大幅に威力を上昇させている。
魔力を使うスキルは使用せず、武器攻撃力の強化のみ。直前に《夜叉業》も使い、最大限の攻撃力を発揮する。
黒く輝く一閃は、深く抉られた傷跡に、さらに深く一筋の傷を刻み込んだ。
そして、【餓狼呑星】のエネルギーが炸裂するその刹那――炎と光が、交差するように飛来する。
「術式解放――【緋牡丹】、《臨界融点》ッ!」
「神域の力を、ここに……ッ!」
自傷ダメージと引き換えに極大の火力を発揮する《臨界融点》。
自身のステータスを大幅に強化するも、効果後はステータスが激減する《神霊化》。
どちらもデメリットと引き換えに絶大な強化を得るスキル。その力は、リスクを背負うに値するだけはある強力なものだ。
緋真とルミナは、互いに左右に分かれながらその刃を振るい、交錯するように輝く一閃を叩き込んだ。
俺が刻んだ深い刀傷に、膨大なエネルギーを込めた炎と光が流れ込み、炸裂する。
「……!」
目を焼かんばかりの輝きを遮りながら、巨大なエネルギーの炸裂するエリアから退避する。
足爪の纏う力もそのエネルギーを減衰しきることはできず、強大な魔力は内側から炸裂した。
内側からの破壊は耐性が無かったのか、或いは減衰してもそれなのか。
それを判別することはできなかったが、与えたダメージの量としては十分すぎるものであった。
円錐状の体を大きく削り取られ、首の皮一枚でつながっているような有様だ。
故に、そこで油断することは無い。
「ルォオオオッ!」
咆哮を上げ、襲い掛かったのはシリウスだ。
爪は罅割れ、鱗は削れ――それでも、闘志に一切の陰りは無い。
地を蹴り駆け出したシリウスは、その全速力を以て足爪へと体当たりを敢行した。
絶大な重量を誇るシリウスの、質量を用いた全力攻撃。その激突と共に、割れた鱗が砕けて飛び散り――巨大な足爪もまた、切れ目からへし折れて両断されたのだった。
折れ飛んだ爪の先端は地面に突き立ち、やがて断面から赤黒い煙となって消失していく。
それは、宙に浮かぶ根本側も同様で、節足の先端から消滅し始めた足爪は、何か反応を示すことなくそのまま霧散していったのだった。
『レベルが上昇しました。ステータスポイントを割り振って下さい――』
「ふぅ……感想は後だ。シリウスの破片を拾えるだけ拾って、とっととエルダードラゴンの領域に撤退するぞ」
成長武器の完全解放を切ってしまった俺と、《神霊化》の効果終了によって大幅に弱体化しているルミナ。
そして、MPが枯渇しているため体の修復が間に合っていないシリウス。この状況では、戦闘を継続することは困難だろう。
とりあえず、砕け散ったシリウスの体の一部はしっかりと回収したいところだが、あまり時間もかけていられない。
「セイラン、風で飛び散った素材を集められるか?」
「クェ」
そんなことに魔法を使うのは乗り気ではない様子だが、時間をかけていられないことも理解しているのか、セイランは不承不承頷いて翼を羽ばたかせる。
それによって発生した小さな旋風の群れは、周囲を駆け巡りながら落ちている銀色の破片をかき集め始めた。
思った以上に小器用な魔法の使い方に感心している間に、シリウスの様子を確認していた緋真がぽつりと呟く。
「シリウスの回復は……まだMPポーションは使えなさそうですね」
「さっき使ったばっかりだからな。それであれだけMPを消耗しているのも恐ろしいが」
シリウスに使用したのは、間違いなく最高級クラスのポーションだった。
それこそ、シリウスのMPであっても八割近くを回復できるほどの代物だ。
だというのに、そのMPがあっという間に枯渇してしまった。いくら消費の激しい《ブラストブレス》と《 不毀の絶剣(デュランダル) 》を使ったとはいえ、これは消耗し過ぎだ。
足爪の持っていた能力が《不毀》に作用した結果の異常な削れ方なのだろうが、こちらにとっては厄介極まりない性質だ。
(《不毀》が切れていたとはいえ、それでもシリウスの体は頑丈だ。その体をあれだけボロボロにするとなると……考えたくないような攻撃力だな)
ともあれ、倒せたことは事実。だが、正直もう一度戦いたいとは思えない相手であった。
事前に準備をしていたとしても苦戦は免れず、消耗も避けられない。
出会った時点で撤退が確定するような、厄介極まりない相手であった。
というか、それまでの鎖された蟲達の強さから段階を飛ばし過ぎである。
「クオン、素材が集まったみたいよ」
「ああ、感謝する。これほど砕けるとはな……」
「グルル……」
シリウスとしても痛恨の極みなのか、不満げに唸り声を上げている。
まとめてインベントリに回収すると、大半は鱗であったが、一部は腕の刃や尾の刃の一部などが含まれていた。
あの頑丈極まりない刃に刃毀れを生じさせるなど、本当に恐ろしい能力だ。
「フィノに思わぬ土産ができちまったな……よし、エルダードラゴンのところに帰還するぞ。敵は避けてな」
ステータスが低下しているルミナのこともあるし、これ以上の連続戦闘は避けねばなるまい。
他の蟲に見つかる前に、とっととエルダードラゴンのところへ戻ることとしよう。
* * * * *
『驚いたものだ……爪切りにまで成功してくるとは』
「爪切りとはまた、軽い扱いだな」
俺たちのことを出迎えたエルダードラゴンは、そのような称賛を俺たちへと投げかけてきた。
時の綻び内部のことを把握しているのか、足爪を相手に勝利したことは既知であるらしい。
それはそれで話が早くて助かるが、何ともあっさりとした反応であった。
それに対して眉根を寄せながらそう返せば、エルダードラゴンは鼻息で周囲に風を吹かせながら続ける。
『百万ある奴の足の爪先一つとはいえ、人の身で成し得たならばそれは偉業と呼べよう。儂は軽視はしておらぬ』
「……百万?」
『あれの大足は八つだが、小さき節足は無数に生えておる。お主らの切った爪は、その爪先に過ぎぬ』
気の遠くなるような話に揃って絶句していると、エルダードラゴンはくぐもった唸り声を零した。
どうやら、笑っているらしい。
『爪先の一部が削れた程度で、かの蟲が目を覚ますことは無い。しかし、アレの力を削るという意味では、良き仕事であった』
「……お褒めいただき光栄だが、想像以上の化け物だったんだな」
『アレが解き放たれれば、世界は真に滅びかねん。力を削り続けることこそが、儂の責務ということだ。その手助け、実に大儀であったぞ』
言いつつ、エルダードラゴンはぶるりと体を震わせる。
そしてそれと共に、俺たちの目の前に降ってきたのは三つのアイテムであった。
大きな鱗と長い毛、そして節くれだった木の枝とそれに付いている葉だ。
それぞれ、『古老真龍の鱗』と『古老真龍の髭』、そして『要の巨木の枝』である。
どうやら、俺たち一人一人に一つずつ用意してくれたらしい。
『そうさな……爪切りまで為したのであれば、これも与えるべきか』
そう告げつつ、エルダードラゴンが持ち上げた前足の先。
その指に生えている爪の先端を、シリウスの一閃のような空間の断裂にて切断し、俺へと差し出してきた。
『古老真龍の爪』――先端だけとはいえ、エルダードラゴンの体は巨大だ。
その大きさは、俺でも一抱えはあるほどのサイズであった。
『見事な働きであった、客人よ。再訪を待っているぞ』
「……とりあえず、もう一度やるときはしっかり準備させて貰うぞ」
正直、先程のような戦い方は二度としたくない。
再戦するとしても、情報の整理と作戦立案が必要となるだろう。
思わず溜め息を零しつつ、俺たちはエルダードラゴンの領域を後にしたのだった。