作品タイトル不明
802:爪と刃
シリウスの刃が触れた瞬間に、纏わせていた【ファントムアーマー】が砕け散る音が響く。
果たしてどこまで効果があったのかは疑問が残るところだが、少なくともそれなりにダメージは軽減できたことだろう。
バチバチと空間を弾けさせる魔力は、しかし足爪の表面に触れた瞬間に減衰してしまう。
残ったのは、シリウスの尾そのものに付与された効果。防御を貫き敵を斬断する鋭い尾刃。
その一閃は確かに足爪へと食い込み――その巨大な体を、僅かに上へと押し上げた。
久遠神通流合戦礼法――風の勢、白影。
その刹那に、意識を加速させる。
ほんの僅かにでも、タイミングを逃すわけにはいかない。
シリウスが決死の覚悟で逸らした軌道を殺すことなく、かつ最大の威力を叩き込むことができるその刹那を。
体勢を深く沈め、一瞬にも満たないそのタイミングを見計らって――前進と共に、巨大化した生命力の刃を振るう。
斬法――剛の型、刹火。
狙うのは、シリウスがその刃にて刻んだ傷跡。
一瞬にも満たない時間の中でその痕跡を見出し――寸分の狂いもなく、刃を合わせる。
それは、白影を使った俺にすら困難と断言せざるを得ない難行だった。
「――ッ!!」
だからこそ、必ず成功させる。
その決意と共に振るった刃は、頑強極まりない足爪の体に、確かな傷を刻んでいた。
(間違いなく会心、だが――)
シリウスの一閃と、俺の一閃。
ともに、間違いなく最高のタイミングだったと確信できる攻撃だった。
足爪のHPはこれまでとは比較するまでもなく明確に削れ――それでも、致命傷には程遠い。
深い傷跡を刻まれながら、それでも足爪は健在であった。
白影を解除し、通り抜けて行った足爪の姿を追いながら、俺はポーションでHPを回復する。
そしてシリウスの状態を確認し、俺は思わず眼を見開いた。
「シリウス、お前……!」
「グルル……ッ!」
シリウスは大きくMPを削られ、ほぼ枯渇に近い状況まで追い込まれていたのだ。
慌てて最高級のMPポーションを放り投げながら、全体の状況を観察する。
MPが削られたことで《不毀》が十分に作用しなかったのか、シリウスの尾の刃には罅が走っている状態だった。
ポーションで回復したMPによりそれも修復されたが、ここまでの損傷を負うのは久しぶりだった。
あの魔力を遮断する能力が《不毀》にも影響した結果なのだろうか。どのような因果関係なのかは判断できなかったが――
「……流石に、二度は受けきれんか」
このペースでは、次に同じ攻撃が来た時に対処することはできない。
つまり、次に奴が行動を起こすよりも早く、この化け物を仕留め切る必要があるわけだ。
最早、様子見どころの話ではない。迅速に仕留めなければ、俺たちは全滅することだろう。
「我ながら判断が遅かったが、仕方あるまい。全力を叩き込む他に道は無いか」
黒く染まり切った餓狼丸を構え直し、宙に浮いた足爪の動きを観察する。
弧を描くように飛んで地上へと突き立った足爪には、確かに深い傷跡が刻まれている。
奴を削り切るには、あそこを狙う他に道は無いだろう。
少々高い位置にあるため、狙うにはセイランに乗る必要がある。
その上で、少ない機会でアレを仕留め切らなければならない。時間をかけ、再び先ほどの攻撃が飛んで来たら、その時対処できる可能性は低いだろう。
「我が 真銘(な) を告げる――」
刃を解放するための詩をそらんじながら、奴を仕留めるための方法を模索する。
奴の性質はある程度知れた。問題は、それを攻略するための方法だ。
魔力を使わぬ攻撃であれば通じることは分かったが、生憎とそれでは火力が足りない。
どうにかして、魔力の伴う攻撃であったとしても、それを届かせる必要があるわけだ。
(糸口となるのは《 不毀の絶剣(デュランダル) 》だ。空間断裂は無効化しながら、刃の攻撃は殆ど無効化できていない。仮説として言えるのは――同じ箇所への同時攻撃)
空間の断裂と尾の攻撃は、完全に同じ場所に重なって叩き付けられている。
もし、複数の攻撃を同時に無効化できないのであれば――全員の全力攻撃を、同時に叩き込む他に道は無い。
「怨嗟に叫べ――『真打・餓狼丸重國』!」
餓狼丸の刀身が黒い炎を上げ、ファイアパターンが頬までもを侵食する。
狙うべきは最大火力。全力で生命力を注ぎ込んだ【練煌命刃】の一撃を、そこへと叩き込まなければなるまい。
だが、あのテクニックはまだクールタイム中。それまでに、全員の足並みをそろえる必要がある。
「セイラン、来い!」
「クェエッ!」
俺の言葉にノータイムで頷いたセイランは、翼を羽ばたかせてこちらへと飛来する。
追い縋る節足の攻撃を雷で叩き落としたセイランは、そのまま地上の走行へと移行し――それに並走しながら、俺はセイランの背へと跳び乗った。
急激なGを感じながら空へと舞い上がり、それと共にパーティチャットで全員へと告げる。
「全員、最大の火力を準備しろ。目標はシリウスが付けた傷跡だ。俺とシリウスのクールタイムが完了し次第、全員同時に同じ場所へ攻撃を仕掛けるぞ」
まあ、アリスの場合は弱点付与程度に留まるだろうが――ともあれ、これ以上の仮説は、俺には考えつかん。
伸ばされた節足を叩き落としながら、俺は敵の様子を観察する。
動きは鈍重であるため、すぐさま先程の攻撃が飛んでくることは無いだろう。
少なくとも、【練煌命刃】や《 不毀の絶剣(デュランダル) 》の再使用が可能になる方が早いはずだ。
問題は、その合間を埋めるために振るわれる無数の節足だが、それらはセイランの展開した《デコイ》に吸い寄せられ、偽物の体を霧散させるに留まる。
「ルミナ、精霊たちに節足を迎撃させろ。破壊はできなくてもいい、撃ち落とせ」
「はい……っ!」
魔法による攻撃では破壊することは不可能に近いが、それでも攻撃を逸らす程度なら可能だ。
ルミナを含めた五体は巨大な魔法陣の形成に移り、残る精霊たちが俺たちの援護に回ってくれている。
これだけの準備をされているにもかかわらず、足爪は邪魔に動く様子も見せていない。
余裕というよりは、単純に思考能力が無いのだろう。爪先に脳が無いのは当然だと言われればそれまでなのだが。
(緋真はペガサスで、最大の魔法を装填済み。ルミナは連携魔法に加えて刻印を使える。後は――)
――クールタイムはそろそろ完了する。仕掛けるなら、今だ。
「――セイラン、シリウス! 竜巻とブレスで、奴を包み込め!」
『――――ッ!』
俺の言葉に呼応した二体は、共に魔力を滾らせ力を解き放つ。
セイランの羽ばたきと共に発せられた竜巻は足爪の体全体を包み込み、シリウスのブレスはそこに横から突き刺さった。
無論、これでは足爪に対してダメージは通らない。魔法攻撃は遮断され、その威力を発揮することはできないだろう。
だが、それでいい。必要なのは、可能な限りの攻撃を弱点へと集中させることだ。
「ルミナ、精霊たちに道を作らせろ!」
「我が戦列よ、導をここに!」
空を舞う戦乙女たちは、光の魔法を放ち魔力の荒れ狂うその領域に光の道を示す。
その中で、小さな風切音が響き――黒い風の向こう側に、紅の刻印が華を開いた。
「《オーバーレンジ》、《練命剣》【練煌命刃】――【餓狼呑星】!」
それを前に掲げられるのは、黒く染まった巨大な生命力の刃。
そして、深紅に燃え上がる巨大な炎の剣と、眩く輝く刻印の手に握られる光の剣であった。
――けれど、それを前にして、足爪の巨体が蠢き始める。
「くそ……ッ!」
魔法の範囲から逃れるという思考があるのかは分からないが、それを実行されればこちらに不利な状況となってしまう。
何とかして、奴を今の場所に留める必要がある――その方法を模索しようとした瞬間に、俺の指示もなくシリウスが動いた。
ブレスを吐き切ったシリウスは、そのまま巨大な嵐の中へと自ら飛びこみ、足爪へと飛び掛かったのだ。
「シリウス!?」
シリウスの尾には魔力が収束している。《 不毀の絶剣(デュランダル) 》は発動準備段階で、既にシリウスにはMPの余裕はない状態だ。
つまり、《不毀》の保護は十分ではない状態。このままでは、シリウスも大きくダメージを受けてしまうだろう。
それでも――シリウスは、己の体を顧みることなく足爪へと食らいつき、その尾を傷跡へと向けて叩き込んだ。
「グル……ォォォォオオオオッ!!」
裂帛の咆哮が響く中、俺たちは同時に空を駆ける。
シリウスが作り出した最高のチャンス、それを見逃すわけにはいかない。
吹き荒れる嵐の中にセイランが僅かな微風を作り出し、その中を全速力で駆け抜ける。
シリウスは、全ての魔力を尾に集中させている。その密度は、たとえ魔力を拒絶されていたとしても、決して折れぬ絶世の剣を実現していた。
爪が割れ、鱗が剥がれ――それでも、シリウスは一切怯むこともなく、巨大な刃を振り抜いた。
「天晴だ、俺の剣よ!」
巨大な足爪に、抉られたように刻まれた巨大な傷跡。
内側から叩き込まれたが故に、消えることのないシリウスの魔力がこびり付いたそこへ――赤、黒、白、三つの刃は同時に叩き付けられたのだった。