軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

793:古き龍

予想外の光景に呆気に取られていたが、すぐさま気を取り直し、周囲の状況を確認する。

普通の動物の気配がすることから、ここはあの蟲達がいる時の綻びではないのだろう。

だが、相変わらずマップを開くことはできず、ここが元の世界なのかどうかも定かではない。

しかし、動物たちがいるということは、あの蟲達はこの場に存在しないということだろう。

それだけは朗報であるが――さて、あの巨大な真龍は何者なのか。

(シリウスよりも三周り以上は大きい、龍王以上の巨体だ)

第五段階まで至ったシリウスは非常に巨大な体を持っている。

しかし、あの木の下にいるドラゴンは、それと比較しても圧倒的な体躯を有していた。

この天を衝くほどに巨大な木に対し、サイズを誤認してしまうほどの大きさである。

真龍である以上は敵であるとは思えないが、その正体は確かめなければなるまい。

――その巨大なドラゴンが目を開き、こちらを捉えたのは、そう決意したタイミングだった。

『歓迎しよう、客人よ……こちらに来るがいい』

ゆっくりとした響きの、しわがれた声。

穏やかな老人のようなその声に、俺たちは困惑しつつも大樹の方へと足を進めた。

距離感が狂いそうになる大きさであるため、思った以上に足を動かす必要はあったが、さして時間はかからずドラゴンの前にまで到着する。

近付き過ぎると全体を捉えられなくなりそうであるため、ある程度の距離は離しつつ、俺はそのドラゴンを改めて観察した。

体色はくすんでいるが、基本的には白に対して黒い線で紋様が刻まれたような姿。これまで見てきた真龍たちとは異なる、独特な色合いである。

その体には至る所に古い傷が刻まれており、肉体の損傷は塞がっている様子ではあるものの、深いダメージの痕跡が見て取れた。

「アンタは……何かの属性の、龍王なのか?」

『否……儂はただ、永く生きているだけの者に過ぎぬ。エルダードラゴン、ただそう呼ばれるだけの者』

地響きのようなその声に、俺たちは顔を見合わせつつも納得する。

古き龍、エルダードラゴン――成程確かに、その呼び名はしっくりくるものであった。

その格は龍王たちと比較しても劣るものではないだろうが、彼らほどの刺々しい力の奔流は感じない。

ただ圧倒的で、こちらを包み込むような気配。前線を退き引退してからも長い、老兵の雰囲気であった。

『ここまで辿り着けたということは、時の綻びを通り抜けたのだろう……あの蟲の毛先程度は、退ける力を持っているか』

「蟲、か。鎖された蟲とだけ読み取れたが、あれは一体何なんだ?」

エルダードラゴンの言葉に、顔を顰めながらそう問いかける。

彼が言っているのは、先程相手にしていた残骸や末端のことを指しているのだろう。

その名前からしても本体からすれば端の端であることは納得できるが、それであの戦闘能力という点には戦慄を禁じ得ない。

『アレは、かつて世界を滅ぼしかけた災厄……当時の龍王たちが総出で戦い、半数を失いながらも封じることが限度だった怪物。満たされることなく永遠に喰らい続ける悪食の蟲――世界喰らいのラーネア』

思わず、息を呑む。あれほど強大な力を持っている龍王たちが、その半数を失うことになるほどの敵だったとは。

エルダードラゴンの言うそれがどれほど昔のことなのかは分からないが、今もそれに近い状況になっている点はなんとも皮肉である。

「そのラーネアとやらは、時の綻びの中に封印されているということか?」

『然り。時の綻びの内部は全てが虚像……あの蟲とて、幻は喰らえぬ』

あの森のように見えていた世界は、全て虚像であるということらしい。

しかし正直なところ、そう言われても何一つ実感など得られなかった。

視覚、触覚、聴覚、嗅覚――どの感覚からも、あれが偽物であるとは感じ取れなかったからだ。

だからこそ、ラーネアを封印し続けることができるのかもしれないが。

「そんな怪物、どうやって生まれたんですかね? 別個体が現れたら、今の状況じゃ対抗できなさそうですけど」

「悪魔だけで手一杯だから、それは考えたくない話ではあるな」

『外部からの侵略者……儂は蟲を封じる要石であるが故、その戦いに手を貸すことはできぬ。しかし、蟲の再来を危惧する必要はないだろう……黎明を過ぎ、永き時を経た今、これらが生まれる余地は無い』

断言するエルダードラゴンを、眉根を寄せつつ見つめる。

そう言い切れるということは、エルダードラゴンはラーネア出現の仕組みを知っているということだ。

確かに、大昔に起こったことが今更再現される可能性が低いことは事実だろう。

しかし、その可能性を排除できるかどうかは別問題なのだから。

猜疑的な俺の視線を受けてか、軽く笑うような鼻息を吹き出して、エルダードラゴンは続ける。

『女神は……かの蟲を、バグと呼んでいた』

「蟲をバグって、そのままにも程が――いや、待て」

女神は運営側、この箱庭を構築した側の存在だ。

そんな女神が『バグ』と呼んだということは、即ちそれは――

『やはりお主らは、世界の在り方を知っている側のようだな、客人よ』

「……真龍は女神の勢力とはいえ、そこまで知っている存在とはな」

『儂は、この箱庭が創られた最初期より存在している……事情は、良く知っておるとも』

確か、金龍王もそういった存在ではあったが、こうも明け透けに聞いてくるとは。

鎌をかけられた形ではあるが、変に隠さず会話が可能であるならそっちの方が楽だろう。

ラーネアという怪物の存在を、理解する一助にもなる筈だ。

「女神がどのように説明したのかは知らないが、バグってことは何らかの不具合だろう?」

『然り。あれは元より、廃棄口に住まうモノ……不具合により肥大化し、暴走したシステム。ラーネア以外については修復され、再発はしておらぬ』

「そんな形で、あの化け物の親玉が生まれたってのか……新たに生まれることが無いのは分かったが、暴走したラーネアは女神の権限や能力でも消せなかったのか?」

『既に外側が存在せぬ状況では、ラーネアを停止させることは箱庭の総てを停止させることに等しい。あの蟲は、それほど基底に近い存在だった』

エルダードラゴンの表現は中々に迂遠であるが、要するに 箱庭(サーバ) を停止させなければラーネアを消すことができなかったということだろう。

そして、それが起こったのは既に外の現実世界が滅んだあと―― 箱庭(サーバ) を停止させた場合、それを再起動させられる者が存在しなかったということか。

女神はその時点で、既にこの箱庭の中の存在となってしまっていたということだろう。

「とりあえず、経緯は理解した。後は……時の綻びに封じられている限り、ラーネアが外に出てくることはないと考えていいんだな?」

『その懸念は不要。アレが外に出ることはない――しかしながら、内部の掃除は必要だ』

何やら話の流れが変わってきたことに、嫌な予感を覚える。

そんな俺の想いを知ってか知らずか、エルダードラゴンは調子を変えることなく話を続けた。

『あの蟲は末端を生み出し続ける。そして、それは限界を迎えても残骸として動き続ける。あれは、永遠に肥大化し続けるのだ』

「……だから、あの末端や残骸を片付ける必要があると?」

『本体を討つことは、お主らには到底叶わぬ……しかし、足の一つに傷でも入れることができれば、戦果としては十分すぎる』

『――――《時の綻びに鎖されしもの》のクエストが発生しました』

耳に届いた言葉に、思わずため息を零す。

龍王たちですら封じることが限度だった、正真正銘の怪物。

ほんの一部であるとはいえ、それと戦うようなクエストが存在しようとは。

「……一応聞いておくが、報酬はあるんだろうな?」

『無論だ。良き働きであるならば、我が鱗と髭、そしてこの木の枝を授けよう』

龍王たちよりも長い時を生きたエルダードラゴンの素材、そして正体は不明だがこの巨木の素材と来たか。

絶対にここでしか手に入らない素材であることは間違いなく――そして、これがティエルクレスのクエストに相当する難易度のものである場合、更なる報酬も期待できるだろう。

少なくとも、末端と残骸の戦力は把握できている。戦うことは不可能ではない。

元々の目的にも適うことだ。問題は――どこまで踏み込むことが可能かの判断が難しい、その一点である。

「はぁ……了解だ。その依頼、引き受けよう」

正直、危険極まりない予感しかしないのだが、ここは踏み込むしかないだろう。

ティエルクレスに匹敵する報酬が手に入るのであれば、今後の戦いにも繋がるはずだ。

改めて覚悟を決め、俺はクエストの承認を選択したのだった。