作品タイトル不明
禁則事項
「どうかされましたか、アルフォンス様? 体の調子が悪いのでしょうか?」
「ん、そうだね。ちょっと食欲がないかもしれない」
「珍しいですね。今まで体調を崩すことはあまりありませんでしたが……。それでは、なにか簡単に済ませられるお食事をお持ちしましょう」
部屋に入ってきたアイが僕を見てそう言う。
どうやら、アイから見ても僕の様子がおかしいらしい。
ここはアイの言うことに甘えようか。
ノルンの言ったことを信じているわけではないけれど、頭がひどく疲れている。
こんな調子で今アルス兄さんとは会いたくないと思ってしまった。
一度部屋を出ていったアイが、ふたたび戻ってくるまでぼーっとしながら待つ。
しばらくすると、食事を持ったアイが戻ってきた。
やわらかいパンに温かいスープ。
王族であるシャルル様の屋敷に務める料理人はどうやら病人食にも詳しいらしい。
あっさりとした味付けで、肉体的には別に疲労しているわけではない僕にとってその食事はすぐに終わってしまった。
だけど、それ以上食べたいとは思わなかった。
相変わらず、ずっとさっきから同じことを頭の中で考え続けていたからだ。
今まで考えもしなかったことだ。
僕はアルス兄さんに似ている。
ただそれだけのことが、ここまで気になることになるとは夢にも思わなかった。
「ねえ、アイ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい。なんでしょうか、アルフォンス様」
「例えばの話だよ。例えば、僕という人間の体をもう一つ作り出す、なんてことできるのかな?」
いくら考えても答えが出ない。
まるで、頭の中の迷宮に潜り込んでしまったみたいだった。
どこまでいけば答えに到達するのかわからない、真っ暗な迷宮。
行先も地図も目的地すらもわからないそんな迷宮を攻略するのは、僕一人では無理だった。
だから、助けを求めた。
魔導迷宮ではアイが僕を先導して出口まで導いてくれた。
それと同じように、この答えの出ない疑問に答えてくれそうなアイに頼ったのだ。
「……………………」
だけど、アイは答えない。
いくら待っても、僕の質問に答えてはくれなかった。
自分と同じもう一人の自分の体を作り出すことができるかどうか。
はいかいいえ、そのどちらを答えるだけの簡単な質問なのに。
(かっかっか。決まりだな、アルフォンス。どうやら、その人形は答えを知っているようだな。答える気がないみたいだが)
何も答えないアイの対応に僕が驚いて何も言えなくなっているときに、ノルンが思念を飛ばしてくる。
そして、そのノルンの言うことは多分正しい。
僕は今までアイと接してきて、いろんな話をしてきた。
アイはものすごく物知りだ。
それはもともとアイが情報を集めて整理するために生まれてきた存在だからだと聞いている。
ここにいる体を持ったアイはあくまでも本来とは別の使い方をしているに過ぎないらしい。
多くのことを知るアイにたいして、疑問に思ったことを質問する。
それはこれまでにも何度もあった。
そして、その時にはアイはものすごくわかりやすく答えてくれた。
質問したことにははっきりと答えるのだ。
はいかいいえで答えられる質問であればそのどちらかを答えるし、なにかの説明を求めればそれに対する回答をしてくれる。
あるいは、アイにもわからないことがあれば「わからない」とはっきり言うのだ。
つまり、返事をしないということはほとんどない。
だけど、例外がある。
質問されたことにたいしてアイは返答しないというときがごくまれにある。
それは、禁則事項に該当した時だ。
アイは何でも知っている。
それこそ、知りすぎているというくらい多くのことに精通していた。
そして、それらの中には外部には出してはいけないというものもある。
たとえば、天空王国にかかわることなんかは禁則事項に該当することがたまにある。
国を脅かす可能性のある質問に答えないように設定しているんだ。
そして、それは誰がどうやって決めているのか。
アイに禁則事項の設定ができるのはこの世に二人だけだ。
アルス兄さんとカイル兄さん。
この二人しかそれはできない。
自分と同じ体をもう一つ作ることができるのか。
そんな質問を普通アイに聞く人はいないと思う。
もしいたとしても、できないならできないと答えるだけだ。
けれど、アイは答えなかった。
つまり、この質問は兄さんたちに設定された禁則事項に触れる内容だったということになる。
でも、どうして?
もしもできないんなら、そのことをアイに話させないように設定する必要なんてないはずだ。
ということは、できるんだ。
どういう方法かわからないけれど、自分と同じ体を作り出す方法は存在する。
アイはそれを知っていて、けれど人には言えないように決められている。
そして、その方法があるということをアルス兄さんは知っているんだ。
自分の体を新しく作ることができる。
アルス兄さんとそっくりの体を作ることもできるのかもしれない。
もしかして、僕は本当にそうなのか?
「うっ……」
「大丈夫ですか、アルフォンス様?」
そのことに気が付いた僕は、思わず口を押さえてしまった。
さっき食べたばかりの食事を吐きそうになる。
気持ち悪い。
アイに背中をさすってもらいながら横になる。
だけど、気分は晴れない。
胃液が逆流でもしてきたみたいな感じになる。
こうして僕は助けを求めたはずのアイへの質問によって、疑念が確信へと近づくことになってしまい、それから逃れるようにふたたび寝床へと潜り込んだのだった。