軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

コミカライズ開始&書籍2巻発売記念/冥府の元王女-⑥

ドクン、ドクン、ドクン――。

アクアマリンの耳の奥で心臓の拍動がこだまする。

(――――これ、毒だわ!)

姉から吸い取った天星が激しく警鐘を鳴らしている。

飲み込む前に急いでハンカチを取り出して口の中のワインを吐き出した。

フランキーが不思議そうな顔をする。

「どうした? やっぱり苦手だったか?」

「……失礼しました」

ハンカチを内側に折りたたみ、アクアマリンはそっと胸を押さえた。

(フランキーか、マスターが毒を入れたのかしら……?)

少しは打ち解けられたと思ったが、やはり人間である自分を良く思っていなかったとか――?

けれども、イリザも他の客もいる前でそんなことをするだろうか? カウンターの内側にある大鍋は誰からも見える場所にあるし、何かを混ぜるとか変な動きはしていなかった。何より同じ鍋から同じタイミングで注いだワインをイリザも飲んでいる。

(人間に比べると魔族のほうが身体が丈夫だし耐性もある。気がつかない程度の毒なのかもしれないけど……)

ためらいはあったが、口にせずにはいられなかった。

「……このワイン、毒が入っているわ」

僵尸とフランキーの顔色が変わる。

「まさか! 樽で納品されたものを鍋で温めて出してるんだ。そんなことあるはずがない! 実際、イリザもほかのお客ももぴんぴんしてるじゃねえか!」

「人間は魔物より弱いから敏感なのだと思うわ」

「俺たちを疑ってるのか」

「――毒入りのようには思えませんが…」

改めて鍋からワインを飲んだ僵尸がそう言う。

「あなたたち、猛毒の大聖女の活躍は知っているでしょう。その力が毒だと伝えているの」

「猛毒の大聖女の力?」

「僕たちを食糧危機から救ってくださった方だ。そういえば、あなたは妹で『模倣』なのでしたね。……わかりました。信じましょう」

「おい、マスター!」

「フランキー。冥府が受けた恩を忘れたのですか?」

僵尸が真顔でフランキーを見つめると、彼はウッと口ごもる。

「ただ僕たちは本当に何もしていませんよ。売り物の酒に毒を入れるなんて、酒好きの風上にも置けない行為です」

静かな言葉にアクアマリンは頷いた。

「マスター。わたくしもあなた達の仕業だとは思えないの。だからこそ鍋のワインを調べてもいいかしら? ガイルの件とも、もしかしたら関係があるかもしれないわ」

「もちろんです」

ジョッキと同じごつごつした金属製の大鍋を取り囲んで中身をのぞく。

なみなみと赤黒いワインがたくわえられ、ぽこぽこと煮立っている。甘酸っぱい香り自体に妙なところは感じられない。

しかしワインを注いで少量口に含んでみると――これも毒が入っていた。

「どういうことかしら? 購入した樽の中身をそのままいれているのよね?」

「そうだ。樽の状態のもあるぞ。そっちも確認してみるか?」

「ええ」

水で口の中をすすぎ、ハンカチで押さえる。

倉庫に移動して、同じタイミングで納品されているという新品のワイン樽を開けてみると――。

「……毒は感じないわ」

思わず僵尸とフランキーを見上げたアクアマリンに、かれらは青い顔をする。

「信じてくれ。俺はなにもしていない!」

「店じゅう調べてもらって構いません。毒なんてどこにもありませんから」

「……では遠慮なく。イリザ、一緒に調べましょう」

神妙な顔で言葉少ななエリザとともに店の中を探すが、怪しいものは何も見つからない。大量に並んでいる酒瓶やリキュールの中身を一つ一つ舐めてみても、毒は感じられなかった。

『ガイルが通いつめているバーの酒に毒が入っていた』――この事実はきっと何かのヒントだと思うのに、具体的な手がかりが見つからない。

(ここに無いなら、もっとさかのぼる必要があるわね)

温めることで効果を表す毒という可能性もあるが、それらしい物すら見当たらない以上、まずは他の可能性を潰していく。

「マスター、このワインの生産者……配送業者でもいいわ。とにかく関係者に連絡をとってもらえないかしら? 話を聞きたいわ」

「作っている農家が直接納品に来るので明日の朝ここにくれば会えますよ。サイオスという男です」

「ちょうどいいわね。イリザ、明日の朝も送ってくださらない?」

「もちろんよ。三日間しか猶予がないのだから、できることは何でも協力するわ」

イリザの背中に乗って家に帰りつくともう夜だった。

慣れない移動で疲労を感じていたアクアマリンはバーで夕食をとることを諦める。

中身の寂しい戸棚から取り出した干し芋で空腹をおさめ、ベッドの中で今日目にしてきた事実を整理していると、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。