軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46.小さな命

月のものが来ていない?

ということは、つまり。

「子が……できたのか?」

「まだはっきりとしたことは言えませんが、その可能性があるかと」

「そ、そうか。まずは医師を呼ぶことにしよう。あ、いや、まずは体を温め……そうじゃなくてベッドに横に……いやその前に栄養のあるものを……」

「アル、落ち着いてくださいませ」

「あ、ああ、そうだな」

子供が。

俺たちの子供ができたというのか。

フローラの中に、俺とフローラの命が混じりあった、俺たちの子がいると。

「まずは……医師だな。子ができたか確かめるために、医師を呼ぼう。ガーランドには妊娠出産に詳しい女医もいる。彼女を呼ぼう。手配する」

「はい、お願いします」

「そうか……子ができたかもしれないと……」

口元を手で覆う。

信じられない。実感がわかない。

「戸惑っていますか?」

「そう、だな。いやうれしくないわけじゃないんだ。愛する君と俺の子だ、君の夫としても領主としても喜ばしくないわけがない。ただ、なんというか……現実感がないというか」

「ふふ、いいのですよ。急に父になるかもしれないと言われたのですから、実感が追い付かなくて当然です」

「ああ、だが……」

フローラをそっと抱きしめる。

「やっぱり、君と俺の子が宿っているかもしれないと思うとうれしい。できていたらいいな」

「はい」

「体を大事にしてくれ。冷やさないように部屋を常に暖かくするようにしよう。栄養のあるものもたくさんとるといい。ああ、妊娠するとあまり食べられない時期もあるのだったか。まずはトマスに相談して……いやその前にラナだな。あとは護衛の騎士も増員を……いやそれよりもメイドを増やして……ああ、腹部が出るから締め付けのない服も……」

「アル、落ち着いてくださいませ」

「……はい」

その後すぐに医師を手配し、――フローラの妊娠が確定した。

ラナは「やっぱり……」と目に涙を浮かべて喜んでいた。オウルは完全に泣いていた。だが妊娠、特に初期は何が起こるかわからないというから、ごく内輪の者のみに知らせた。

人を腹の中に宿すというのがいかに大変か、その後のフローラを見てよくわかった。

まず診断後すぐに、ひどく具合の悪そうな時期がきた。つわりというのだと昔習ったな。もともと多少具合が悪かったのが、ピークを迎えたらしい。

食べられないものが増えたが、なぜか揚げて塩を振ったイモをやたらと好んで食べていた。

その時期を過ぎると、徐々に食欲が増していった。だが難産を避けるため体重を増やしすぎないよう言われているらしく、食欲と理性の戦いになっていた。

腹部のふくらみはだんだんと大きくなり、春を迎える頃には周囲にもはっきり妊婦とわかるほどになった。

うつ伏せはもちろんのこと仰向けにも寝られず、横向きに寝ていた。この体では寝返りも難しいだろう。

出産する夏までこんなに大変な日が続くのか……。

今日は暖かいので、フローラを庭園の散歩に誘ってみた。もうすっかり春だな。

……春、か。

思えば、フローラと結婚してもう一年以上経ったんだな。時が経つのはあっという間だ。

彼女が転ばないよう、手をつなぎながらゆっくりと歩く。

庭園に着いてベンチに座った彼女は、ふう、と大きく息をついた。

「だいぶ腹部が大きくなってきたな」

「ええ。でもまだまだ大きくなるそうですよ」

自分の内臓の中に人が住んでいて、それが日々大きくなっていくという状態が想像できない。ちょっと恐ろしい。

しかも赤子とその他色々で数キロの重りが腹にある状態だ。

もちろん馬などの妊娠出産は見たことがあるが、自分の妻の話になると感じ方がまったく違う。当たり前だが。

「なんというか……妊娠というのは大変なものなんだな。俺は何もしてやれないのがもどかしいが、どうか体を大事にしてくれ」

「ありがとうございます」

フローラが穏やかに笑う。

ひざ掛けを彼女の腹部と下半身を覆うようにかけ、俺も隣に座る。

「だいぶ暖かくなりましたね」

「ああ。やはり暖かい季節はいいな」

「結婚してもう一年が過ぎたのですね。本来なら私はもうここにいないはずだったというのが、なんだか不思議な感じです」

「う……」

「ふふ、皮肉を言っているのではありませんよ。ただ、契約結婚のためにここに来たときは、こんな未来は想像できなくて」

「そうだな……俺もそうだった。まさか俺が女性を愛し、父親になるなんて夢にも思っていなかった」

ひざ掛けに覆われた彼女の腹部を見る。

もう腹の中で動いているのがわかるのだという。

夏に出産となるが、そこまではもうあっという間なのだろうな。

――父親、か。

自分の父のようにならない自信だけはあるが、まともじゃない両親のもとに生まれた俺がまともな親になれるのだろうかとふと不安になる。

親に愛されなかった俺が、子供をどう愛していけるのだろうかと。

もちろん両親と違ってフローラとの間には愛がある。だが……。

フローラの手が俺の手に重ねられる。

彼女は優しく微笑んでいた。

「たくさんのことを、この子にしてあげましょうね」

「!」

「泣いたら泣き止むまで抱っこしてあげましょう。お誕生日は毎年祝いたいです。お風呂は広いですから、子供が小さいうちは家族で一緒にお風呂に入るのもいいですね。歩けるようになったら、広い野原をお散歩して。夏は小川で水遊びもきっと楽しいです。冬は暖かい部屋で絵本を読みましょう」

「ああ、そうだな。そうしよう」

俺の内心を察したかのようなその言葉に、喉の奥がぐっと詰まる。

……そうだ。俺の両親がどうであろうと関係ない。

俺たちの子が生まれるその時に、父親としての俺もまた生まれるんだ。

愛情を忘れなければきっと大丈夫だ。一緒に成長していける。

自分がしてもらえなかったことも、この子に精一杯していこう。

フローラが、俺の隣で穏やかに笑っている。

今こそ膝をついて神に感謝したい。この素晴らしい人と出会わせてくださってありがとうございます、と。

季節は夏へと移り変わり、いよいよその時がやってきた。

フローラが産気づいた。

俺はシリルとともに自室で待機している。シリルは俺の制御役なのだという。どういう意味だ。

隣の部屋からは、時々フローラのうめき声が聞こえてくる。

心配で心配で仕方がないが、様子を見に行くことは許されない。呼ぶまで絶対に入って来るなと女医と産婆とマリアンとラナに釘を刺されている。

俺はひたすら部屋の中をウロウロウロウロ歩いていた。

「ご主人様、ちょっと落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか。フローラが苦しんでいるんだぞ」

「もちろん僕だって心配ですが、ご主人様がウロついていたってなんの解決にもなりません」

「だが、もう痛みが始まってから何時間になる? 難産か!?」

「痛い時間とそうじゃない時間が交互にやってきて、その間隔が短くなっていくんだと習ったじゃないですか。初産だと時間がかかるというし、ちょっと座ってください。ほらお茶を淹れて差し上げますから」

シリルが紅茶を淹れてテーブルの上に置く。

ひとまず座り、何も考えずに紅茶を一気に飲み干した。

「熱いっ!」

「当たり前じゃないですか。はぁ……こんなに動揺してるご主人様は見たことがありませんよ、まったく」

「……くそ」

額に手を当て、長い長い溜息を漏らす。

「心配で仕方がないんだ」

「わかっていますよ」

「出産は痛いらしい。ものすごく」

「そのようですね」

「何をのんきな。男が出産したら痛みのあまり死ぬと言われているんだぞ」

「そうはならないだろうというのが最近の説ですよ。どのみち確かめようがありません。魔獣との闘いで怪我しているご主人様だって結構な痛みを味わっていると思いますが」

「そんなのはどうでもいいんだ。戦闘中は興奮しているから痛みもあまり感じない。だが出産は赤子とはいえ人間を一人自分の中からひねり出すんだ」

「そう考えると怖いですよね」

「ああ、恐ろしい。母になるというのはものすごいことなんだな」

「はい……」

「……」

それからどれほど経ったのか。

フローラが苦しげにうめく声が強くなってきた。

もう少しですよ、という声に、思わず立ち上がる。

そこから訪れる静寂。

不吉な考えが頭を支配する。まさか……!?

俺の不安を振り払うように、赤子の泣き声が響き渡った。

「……!」

「おめでとうございます、ご主人様!」

シリルが珍しく満面の笑みを見せる。

「……、……。ちょっと行ってくる」

「えっ、あ、ダメですよ! まだ呼ばれてないんですから!」

シリルの言葉をどこか遠くで聞きながら、足が勝手にフローラの部屋へと向かう。

後ろから抱きつくようにして止めようとするシリルを引きずりながら扉の前まで来たとき、ガチャリと扉が開いた。

ラナが無表情で立っている。そのままぺこりと頭を下げた。

「おめでとうございます、ご子息が無事お生まれになりました。母子ともに健康です」

「……! そ、そうか、よかった!」

「ですがまだお呼びしていませんので部屋で大人しくお待ちください。色々ありますので」

「……はい」

俺は今度こそ大人しくソファに座った。

ようやく入室許可が出たのは、数十分後だった。

震える足でベッドに近づくと、布に包まれた小さな小さな黒髪の赤子を腕に抱くフローラがいた。

少し疲れているように見えるがその表情はどこか達成感に満ちていて、俺が近づくと笑みを向けてくれた。

なんだこれは。

聖母を描いた一枚の絵画なのか。

後光でも差していそうなほど美しく、清らかで……心が洗われるようだ。

「無事に生まれました。男の子です。抱いてごらんになりますか?」

「あ、ああ……」

マリアンがフローラの傍に行って、赤子を受け取る。

少しずつ俺に近づいてくる、……俺の息子。

腕をこうして、首が据わっていないのでここに首をのせてとマリアンに指示を受け、小さな息子をおそるおそる腕に抱く。

軽い……小さい。

小さいのに、とても温かい。

なんだこのかわいい生き物は。手もこんなに小さいのに爪まであるじゃないか。

赤子がうっすらと目を開けると、綺麗な紫色の瞳をしていた。

「ああ……瞳はフローラに似たんだな。とても綺麗だ。顔立ちは、どちらに似ているのかまだよくわからないな。なんだかはっきりとしない顔立ちというか」

「生まれたてはそういうものでございますよ。時が経つごとに愛らしい顔立ちになっていきます」

マリアンが笑いながら言う。

あまりに小さく柔らかい息子をいつまでも抱いているのが怖くて、再びマリアンに預けた。

マリアンがフローラのもとに息子を戻す。

「……かわいいな」

「はい、とても」

「お疲れ様、フローラ。体がつらかっただろう」

「ふふ、こんなに可愛い子と会えたのですから、つらさなど忘れてしまいました」

そう言ってフローラは赤子の額にそっと頬をあてる。

「でもお腹が空きました」

そのたくましさに、思わず笑ってしまう。

黒い髪に、紫の瞳。俺とフローラを混ぜ合わせたような、俺たちの息子。

瞳の色だけではわからないが、魔眼は受け継いだのだろうか? いや、今はそんなことは考えなくていいな。

愛する妻は元気で、俺たちの血を継ぐ息子も無事に生まれてくれた。そしてものすごくかわいい。

今はただ、この幸せを噛みしめていよう。