軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45.それぞれの道

誰もいない早朝の礼拝堂の中、長椅子に座って祭壇の奥にある像をぼんやりと見つめる。

背に翼のある、天秤を持った男とも女ともつかない神の像。

我が国で崇められている、正義と運命を司るという神をかたどったものだという。

背後で扉が開いた音がした。

「おや、これは珍しい。何か悩み事ですかな」

オウルが朝の掃除のために礼拝堂に入ってくる。

腰を悪くしてもここの掃除だけは欠かさない。

「アルフレッド様は昔から何か悩みがあるときはここでボーッとしていましたからなぁ」

うほほ、とオウルが笑う。

「悩みか……。あえて言うならフローラが完璧すぎることだろうか」

「なんじゃのろけにいらしたのですか」

「告白してからもう半年にもなるが、俺は毎日フローラが愛しくて仕方がない。まあそれはいいとして」

「とりあえず遠慮なくのろけるんですな。それで?」

「悩みというか、ふと色々と考えることがあるんだ。フローラが……あまりにも俺にしっくりきすぎている気がする。相性が良すぎるというか」

オウルが頬を染めながらじっとりと俺を見てくる。

その表情を見てなんとなく察した。

「夜の話じゃない」

「まあ良いことですよ、うほほ」

「違うと言っているだろう。そうじゃなく、フローラの魔眼、魔力。育ってきた境遇に性格、クロスボウの腕。そして嫁いできたタイミング。なんだか恐ろしいくらいに、辺境伯夫人として、俺の妻として俺に都合が良すぎる気がして。そして今が幸せすぎて」

「ああ、なるほど」

オウルも隣に座って神の像を見上げる。

「もしや神の力でも働いているのではないか、と?」

「神というものが実在するとしたら、だが」

「そうですなあ……。神は時々人の運命に“いたずら”をすると言いますな。運命の型がぴったりとはまる男女を出合わせることがあるのだとか。ただ、牧師をやっておいてなんですが、神が本当にいるかどうかはわかりませんな」

「……」

「たしかに色々と話を聞いていると、奥様はアルフレッド様にとってこれ以上ないほどぴったりと合うお方なのでしょう。まるであつらえたかのように」

「ああ」

「ですが、神が目の前に運命をぶら下げたのだとしても、つかみ取ったのは人間であるお二人でしょう。二人で様々なものを選択し一歩ずつ進んできたから、これ以上なく相性の良い二人が毎日いちゃいちゃと幸せでいられるのです」

「いちゃいちゃって……」

だが、そうかもしれない。

たった一年で終わる関係だから、女性が嫌いだからとフローラに感謝すらせず粗略に扱っていたら。

女性恐怖症克服の手伝いをするというフローラの提案を俺が受け入れていなければ。

カインへの嫉妬に狂って自暴自棄になったりフローラを傷つけたりしていれば。

きっと今の幸せな時間はなかったのだろう。

「神の存在については、あまり深く考えられませぬよう。女性としてのみでなく能力までもがぴったりな運命の相手を連れてきてくださったんだな、ありがとうございます大事にします、となんとなく感謝していればそれで良いのです」

「ふ、そうだな」

フローラとの出会いが、ただの偶然であれ神のいたずらであれ関係ない。

俺はフローラを大事にしていく。ただそれだけだ。

「なんだかすっきりしたよ。ありがとうオウル。フローラの顔が見たくなったから行ってくる」

「うほほ、いつまでもお熱いことでうらやましいですのう」

からかうようなことを言いながらもオウルの表情は慈愛に満ちていて、あらためてその存在をありがたいと思った。

「仕事はあまり無理するなよ。シルドランの業務も増えた分大変だろう。体を労われ」

「うほほ、ああ見えてビクターはよく働くし仕事もできますからな。かえって楽になったくらいですよ」

フローラの口添えもあって、ビクターを雇ってオウルの下に置き、主にシルドラン関連の業務にあたらせている。

ガーランド関連の機密には触れさせないし雑用も多いが、ビクターは俺やフローラに感謝しながら毎日遅くまで生き生きと仕事をしている。

シルドランにもよく足を運んでいるが、あの年齢でよく疲れないものだ。

給与に関しても、自ら申し出て本来の半分の額しか受け取っていない。フローラを助けられなかった自分がまともに給料を受け取るわけにはいかない、生きていくだけならこれでじゅうぶんだと。

あの男はとにかく仕事……というかシルドランが好きで、なぜあそこまでシルドランにこだわるのか薄気味悪いくらいだ。

まあオウルのためになるのなら多少気味が悪くても害はないのでいいだろう。

フローラの部屋をノックしても返事がなく、部屋にそっと入る。

彼女はソファの背もたれに背をあずけたまま目をつむっていた。

一瞬具合でも悪いのかと不安になったが、呼吸は規則正しく顔色も悪くない。

ただ、最近フローラはよく昼寝をしている気がする。

それ以外は元気なようだが、心配だ。一度医師に見せるか。

フローラがふっと目を開ける。

「あ……アル。いらしてたんですね」

「眠いのならベッドで寝ていていいんだぞ」

「いいえ、もう起きます。最近なんだか眠くて」

「寒くないか? もっと暖炉に薪をくべようか」

「大丈夫です」

俺はフローラの隣に座り、彼女の肩にショールをかけなおした。

そのまま包み込むように肩を抱く。

「ふふ、温かいです」

フローラが俺の胸元に顔をすり寄せる。

くっ、相変わらずかわいい。心臓がギュッとなる。

ふと下に視線を移すと、彼女の膝の上に手紙らしきものがあった。

「手紙を読んでいたのか?」

「はい、妹からの手紙です」

彼女がかいつまんで内容を話してくれた。

妹は商人としての勉強が楽しいようで、性に合っていると言っていること。

カリスト義叔父上は商売に関しては厳しいところもあるが優しくて、頑張れば頑張るほど認めてくれること。

元伯爵は一億を当てにしてか、賭博場に出入りしようとして義叔父上に連れ戻されたり借金をしようとして保証人がいないからと断られたりといった日々が続いていたが、義叔父上が一億に関する契約書を確認したことで金は手に入らないと知ったこと。

抜け殻のようになって三日間部屋から出てこなかったとか。ふっ笑える。

ショックが大きすぎてあきらめがついたのか、最近はすっかりおとなしくなって雑用をこなしているらしい。

「驚いたのは、妹がアーサー様と先日入籍したことですね。アストリー家が没落したから絶対に逃げると思っていたのですが……」

あのヘタレを捕まえて入籍にまで持ち込むとは、妹は思ったよりもやり手だな。

結婚後は間違いなくあの男を尻に敷くだろう。

そう考えると、姉妹で似ている部分もあるということだな。

「イレーネ夫人の行方はわからないままのようですね。父もあきらめて離婚届を提出したそうです」

「そうか」

フローラに言うつもりはないが。

本当は、俺は後妻の行方を知っている。

あれは二か月ほど前――。

「元伯爵の後妻の行方がわかりました」

執務室に入ったところで、シリルがそう報告してきた。

俺がシルドラン伯爵になったことでフローラにおかしな逆恨みして、万が一にも害をなすようなことがあっては困るから行方を探らせていたが、見つかったのか。

「じいちゃんが来る前に話しておきますね。ご主人様の読み通り王都にいました。バナマン商会の会長のところに後妻として入り込んだようです。正式に入籍しているかは定かじゃありませんが」

「商会の会長ということは、また金持ちの後妻に収まったということか」

「まあそう言えなくもありませんが」

シリルが腹黒そうな笑みを浮かべて鼻で笑う。

フローラには見せられないな、こんな顔。

「何かあるのか?」

「まずバナマン商会の会長といっても名誉職みたいなもので、商会はすべて息子の支配下にあります。財産も九割以上は息子に移譲しています。どうも親子で商会の実権をめぐって争って負けたみたいですね。息子が父を完全に追い出さず会長職に置いたままの理由まではわかりませんが」

「その会長というのはどういう人物なんだ?」

「人でなしのド変態らしいですね。今六十歳ですが、元伯爵の後妻と正式に結婚したとしたら八度目の結婚ですかね。どう変態なのかは気分が悪くなる話なので省略します」

「……それを承知で変態会長の後妻になったのか?」

「さあ、どうでしょう。知らなかった可能性のほうが高いと思いますが。元伯爵を捨てた時点で貴族はもう狙えないでしょうし、贅沢に暮らすにはあとは金持ち商人くらいしかないと考えていたんでしょうね。王都の高級バーで金持ち男を漁っている際に出会ったようです」

「お前が後妻を変態会長に 紹(・) 介(・) したのか?」

「僕は何もしてませんよ。知り合いでもありませんし。金目当ての女とそういう女を狙っている男ですから、出会うのは必然でしょう。監禁大好き変態ジジイの妻となったわけですから、王都をウロついて奥様の妹や元伯爵と鉢合わせすることもないでしょう」

なんだか気分の悪くなるような話だ。

だがフローラを虐待し、身の丈に合わない贅沢をし続け、最後には自分の娘まで捨てて自分だけ逃げた女だ。少しも気の毒とは思わない。

没落した伯爵とそのまま人生を共にしていたら、金持ちではないにしろ家族と穏やかに暮らしていけただろうに。

金だけを優先してきた人生の行き着く先がそこだったというだけだ。

「……アル?」

俺を呼ぶ声にはっとする。

隣には、俺を見上げるフローラ。

「ああ、すまない。少し考え事をしていた。たいしたことじゃない」

フローラに後妻の話をするつもりはない。

聞いて楽しい話ではないし、フローラは自分を虐待していた女だからといって不幸話を聞いて喜ぶ人間でもない。

下手に話してしまえば妹を思って心を痛めるだろうし、フローラの表情を曇らせたくはない。

あの女が二度とフローラの脅威になることはないと、俺が知っていればそれでいい。

俺は彼女の額に口づけると、再び肩を抱き寄せた。

「アルとくっついていると、温かくてまた眠くなってしまいますね」

「もしかして体調が悪いのか? 医師を呼ぼうか」

「……そうですね。呼んでいただけますか?」

「!」

俺は慌てて体を起こす。

そんなにも体調が悪かったのか……!?

「そんな顔をなさらないでください。おそらく心配はいりません。できれば女医さんだとうれしいのですが」

「……?」

フローラがふわりと笑う。

愛しくて愛しくてたまらない、俺が大好きなフローラの笑顔。

「月のものが、しばらく来ていないのです」