作品タイトル不明
47.光
息子が生まれて一週間になる明日、騎士団への息子のお披露目をすることになっているのだけど。
名前が決まらない。
アルも私もずっと頭を悩ませているのよね。
ベッドの上で上半身を起こしている私の隣には、小さな息子がすやすやと眠っている。
ふふ、かわいい。ちいさい。顔だちが少しずつはっきりしてきたわ。
ベッドの横の椅子に座っているアルも、眠るわが子を優しい目で見ている。
「なんとなくフローラに似てきた気がするな」
「そうですか? 私はアルに似ているものだと」
「じゃあ半々か? まだよくわからないな。似ているほうの名前にちなんだ名をつけようとも思ったんだが……」
「そうですね。ですが名前はもう決めませんと」
「なら名前も半々にするか……」
「半々?」
「アルーラとか」
「うーん……どちらかというと女性的な響きのような気が」
「フロレッド」
「微妙ですね。無理に私たちの名前を合わせなくていいと思いますよ」
「うーん……」
「フレデリックもしくはアルバートは?」
「悪くはないな。フロルスは?」
「それも悪くはないですが……」
どうしてかしっくりこない。
毎日この調子なのよね。困ったわ。
名前は両親から子に最初に与えるもので一生その子について回るものだから、どうしても悩んでしまう。
とりあえず私とアルの名前からは離れたほうがいいのかもしれないわ。
この子にぴったりの名前。しっくりくる名前……。
「……この子が生まれたとき、この子は光だと思ったんです」
「光?」
「生まれたばかりなのに大きな声で泣き、手足をぱたぱたと動かして、とても温かくて。生命力に満ちあふれるその様は、まるで光り輝いているようだと思いました。そしてこの子はこの地の希望の光であり、私たち二人をさらに明るく照らす存在でもあります」
「そうだな」
「名前、ルーカスはどうでしょう。古代の言葉では、光を表すのだそうです」
「ルーカス……ルーカス・グランヴィルか。いいな。そうしよう」
「アルは本当にそれで構わないのですか?」
「ああ、いい名前だしなんとなくしっくりくる。それがいい」
「ありがとうございます」
「こちらこそいい名前を決めてくれてありがとう」
お前は今日からルーカスだぞ、とアルが小さな小さな手をそっと握ると、ルーカスがビクッ! と両手を広げる。
アルもビクッとして手を引っ込めた。
二人ともかわいいわ。
「……危ない、起こすところだった」
「起きたとしても大丈夫ですよ」
「赤子というのは不思議な生き物だな。心配になるような弱々しさなのに、いやだからこそか、周囲の大人を簡単に虜にする。手足を動かすだけなのに、見ていて飽きない」
「ふふ、そうですね」
「元気に大きくなれよ、ルーカス。早く歩けるようにならないかな」
「アルったら気が早いですよ」
「そうだな。今だけのかわいさもあるだろうから、それを存分に味わっておこう」
生まれる前は親になることに対して不安そうだったアルも、慣れないながらもこうして精いっぱい息子を愛してくれている。
この子の無垢な愛らしさが、アルの奥底に潜んでいた家族への複雑な感情を癒しているのかしら。
父親も母親も、子供に与えるだけじゃなくこうして多くのものを与えられているのだなと思った。
お披露目は、城の広間で行われた。
私が産後一週間、ルーカスが新生児ということもあり、私とルーカスは短時間で退出することになっている。
私たちが退出したあとは、跡継ぎ誕生の祝いの会としてアルと騎士たちが無礼講で夜遅くまで飲食をするのだとか。
騎士団を重視するガーランドらしい、のかしら。
新生児であるルーカスに配慮してか騎士たちと私たちの距離はそこそこあいており、副団長であるカイン卿だけが私たちの近くにいた。
アルが私からルーカスを受け取り、前に出る。
「我が息子、我が後継者、我が光ルーカスだ。この子はこれから後継者として多くのことを学び、いずれガーランドを導く存在となるだろう。皆、この子を温かく見守り、また教え導いてほしい」
「騎士団一同、心よりお祝い申し上げます。我らが忠誠をルーカス様に捧げます」
カイン卿の言葉に、騎士たちが一斉に片膝をつく。
ルーカスは私たちの息子であると同時に、グランヴィル家の後継者であり、皆を導き魔獣と戦う辺境伯となる子なのだと改めて実感した。
この子がいずれ魔獣と戦わなければならない運命だと思うと心が騒ぐけど、それは受け入れなければいけない。
魔獣との戦いに命をかけてくれている騎士たちにも母はいる。
少しでも身を守る力となるよう、せめて魔眼が遺伝していればいいのだけど。
テーブルと料理、酒類が次々と運び込まれ、乾杯も終わって、皆飲食を始める。
ルーカスは私の腕の中に戻ってきた。
そろそろ退出しようかと思ったところで、カイン卿が近づいてきた。
「失礼します。近くでご子息を見てもよろしいでしょうか?」
「ああ」
カイン卿がそっと近づいて、私の腕の中のルーカスをのぞき込む。
彼が優しい微笑を浮かべた。
「ああ……なんとかわいらしい。今はこんなに小さく愛らしいですが、将来は強くたくましい男になられるでしょう。大きくなったら私が弓をお教えしますよ」
「……まあカインのほうが上手いから弓はカインに教わったほうがいいか。ただし剣は絶対に俺が教える。もちろん剣気と魔力の使い方も。教えるのは俺の剣が先だ」
おかしなところで張り合っているようで、思わず笑ってしまう。
「ルーカス様はガーランドを照らす光となられるお方。騎士団一同、必ずやお守りいたします」
「ありがとうカイン卿」
「団長と奥様のお子ですから、強い男になるのは間違いありません。魔獣すらもルーカス様の前にひれ伏すでしょう。将来が楽しみです」
もしかして、カイン卿は私の抱いた不安を見抜いたのかしら。
だから遠回しに励ましてくれているのかもしれない。
やはり優しい人だと思った。
「もしかしたら団長より強くなるかもしれませんね」
少し意地悪な笑みを浮かべて、カイン卿がアルを見る。
アルは鼻で笑った。
「ガーランド 一(いち) の騎士の座はよぼよぼになるまで明け渡さないぞ」
「どうでしょう。手ごわそうなご子息ですよ。奥様の愛情も独り占めされてしまうのでは?」
「息子といえどフローラは渡さない」
いったい何で争っているのかよくわからなくなってきたわ。
でも二人とも本気で険悪になっていないのはわかる。
男同士って不思議なものね。
「よしカイン、俺に絡んだ罰だ。飲み比べを受けて立て」
「いいでしょう。床に這いつくばる羽目になるのは団長ですよ」
「フローラ、すまないがルーカスと先に寝ていてくれ」
「はい」
アルが騎士たちの輪の中に入っていく。
この子もこうして騎士たちと交流して信頼関係を築いて、互いに守ったり守られたりする関係になっていくのかしら。
将来が心配じゃないわけではないけれど、なぜか少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
薄暗い部屋の中。
物音がした気がして、ふと目が覚める。
「あ……すまない。起こしてしまったか」
アルがベッドの横で私を見下ろしていた。
飲み比べは終わったのかしら、ふふ。
アルの逆側に視線を移すと、柵のある小さなベッドの上でルーカスがすやすやと眠っていた。
「飲み比べはどうでしたか?」
「引き分けだな。なんというか……二人ともひどいことになった。あれはフローラには見せられない。ようやく少し酒が抜けてきた」
窓のほうを見ると、カーテンの隙間から見える外がうっすらと明るくなっていた。
もう明け方なのね。
「さすがに今日は一人で寝ようと思ったんだが、その前にどうしても君の顔が見たくなった」
私は体を起こして掛布団をめくった。
「一緒に寝ていいのか?」
「もちろんです」
アルが靴を脱いで私の隣に寝転がる。
「ただでさえ寝不足なのに起こしてしまうなんて。申し訳ない」
私は返事の代わりに微笑んで、アルのたくましい胸に抱きついた。
「!」
「私もアルの顔が見たかったからうれしいです。寝不足は平気です。ラナやマリアンが昼寝の時間を作ってくれていますから」
「……」
「アル?」
「子供ができて父親と母親になっても、……やっぱり俺は君にドキドキしっぱなしだし、君は変わらず美しい」
「ふふ、私もアルが大好きです」
アルが私を抱きしめる。
ゴリゴリ硬い腕枕ももう慣れた。
この腕の中でだけは、私は母じゃなくただの女性に戻る。
「愛している。君と結婚してよかった」
「私もです。契約結婚を受け入れてよかった」
「う……もう許してくれ」
「ふふ」
「……今だけは君はルーカスの母じゃなく俺の妻だ」
アルの顔が近づいてくる。私も目をつむる。
もう少しで唇が触れ合うというところで、ふぇぇぇぇという小さな泣き声が響いた。
アルが脱力する。
「口づけさえもままならないとは。やはり息子はライバルなんだな」
「なにを仰っているやら」
小さな息子を抱き上げて、膝の上に乗せる。
私の腰をアルが支えるように抱く。
なんでもないようで、かけがえのない時間。
家族が一緒にいられるこんな時間を、手の中にある幸せを、当たり前と思わずに大切にしながら生きていこう。
その後私は次男と長女を産み、私たちは五人家族となった。
まだ幼い次男と長女は不明ながらも、長男は魔眼を受け継いだようだった。
でも何より幸せなのはそのことじゃなく、子供たちがすくすくと元気に育ってくれていること。
そして相変わらずアルと、それこそ周囲にからかわれるほどに仲がいいこと。
私たちは貴族新聞社主催の『砂糖よりも甘い! ラブラブ夫婦・オブ・ザ・イヤー』に五年連続で選ばれ、殿堂入りを果たした。
ハートを象ったガラスの表彰盾を見て、ふと思った。
将来、大きくなった子供たちに冷やかされたりするのかしら、と。
でも、きっとそれも幸せね。