軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第73話 泥靴村に集う大軍と金貨の山

泥靴村の入り口で、見張りに立っていた門兵が素頓狂な声を上げた。

「な、なんだあの集団! おい、こっちに向かってくるぞ!」

「またか、なんで俺が門番の時ばかり集団が来るんだよぉ!」

「いいから、すぐに旦那様に報告しろ!」

本日の門番担当の工兵が、転がるように丘を駆け上がり、屋敷へ急報を告げた。

「だ、旦那様! 街道の向こうから、とんでもない土煙がこっちに向かってきます! 軍隊……いや、馬車の群れと……む、むさ苦しい男の大群です!」

「何だと!?」

報告を受けたアルベルトが門へ駆けつけると、そこには異様な光景が広がっていた。

先頭を進む馬車の御者台で、ニヒルな笑みを浮かべて手を振るロバート。その横で、ド派手な投げキッスを飛ばす黒革ボンテージの巨漢、マダム・ゴンザレス。

そしてその後ろには、野営道具を背負い、スコップやツルハシを握りしめた「南部の精鋭(ガチムチの男たち)百人」が、地響きを立てて歩いてきていた。

「……フッ。ただいま戻りました、旦那様」

「ロバート! お前、その物々しい大行列は一体……!」

「オデール伯爵領の方らしいです。ボルドーの関所でバッタリで出くわいまして」

馬車を降りたロバートの後ろから、妻のアメリアと、おずおずと顔を出す五歳の娘マリーが現れた。

「おお、ご家族も無事に着いたか! 長旅ご苦労だった。さあ、まずは休んでくれ。君たちの家は、あの丘の中腹に完成している」

アルベルトが真新しい長屋のさらに上、見晴らしの良い場所に建つ立派な家を指差すと、ロバートは目を丸くした。

「旦那様、良いんですか? アレ、王都の別宅より大きくないですか?」

「何もない所だからな、せめて家だけでも快適にと、大工のゴドーに頑張ってもらったんだ」

アメリアは感極まって口元を押さえた。

「旦那様、あんな立派な家を……! ありがとうございます!」

「家の前でロバートの部下になる工兵隊を数名、待機させている。荷解きを手伝わせるから、まずは落ち着くといい」

「はい。ありがとうございます。引っ越しが終わったら挨拶に向かいますよ。……今はそれどころじゃなさそうですし」

ロバートが苦笑しながら背後の「大軍」を指差す。

感動の再会に浸る間もなく、今度はゴンザレスが地響きを立ててアルベルトの前に進み出た。

「ア~ルベルトちゃ~ん! アタシも帰ってきたわよ! はい、これ!」

ドンッ!!

ゴンザレスは、重厚な革袋をアルベルトの手の上にどさりと乗せた。

「王都の貴婦人たちからかき集めた『泥パック』の先行予約金よ! アタシの愛しの温泉旅館の設立資金、バッチリ稼いできたわ!」

アルベルトの隣で 安全帽(ヘルメット) を被っていたカイトは、その革袋の膨らみを見て内心で目玉を飛び出させていた。

(……うおっ!? なんじゃあの膨らみ! 金貨がぎっしりじゃないか! このオカマ、温泉の泥で王都の貴族からどれだけふんだくってきたんじゃ!営業マンとして優秀すぎるわい!)

内心の興奮を隠し、カイトはトテトテとゴンザレスに駆け寄って無邪気に見上げた。

「わぁ! マダム、すごーい!」

「あらぁん、カイトちゃん! マダム、カイトちゃんのためにお仕事がんばったのよぉ♡」

ゴンザレスがカイトをむぎゅっと抱きしめていると、ついに大行列の後方から「あの男たち」が進み出てきた。

「……アルベルト殿。約束通り、精鋭百名を連れてまいりました」

「マルコ!」

日に焼けたマルコの隣に立つ、身なりの良い初老の男が、深々とアルベルトに一礼した。

「お初にお目にかかります、フェルメール卿。私はオーデル伯爵が内政官、ウォルターと申します。本日は、我が主からの親書と『技術指導料』の金貨百枚、そして……新たな提案を持参いたしました」

ウォルターの背後では、百人の男たちが「ここが俺たちの戦場か……」と真剣な顔で泥靴村を見回している。

「提案、ですか? では、ここでは何ですので、屋敷の方へ参りましょう。

マルコ、作業員の方々には広場を挟んだ南北の空き地を使って野営の準備をさせてくれ」

「ハッ、承知しました!」

アルベルトはウォルターを伴い、屋敷へと向かう。カイトもまた、当然のようにトコトコとパパの後を追った。

***

執務室の応接セット。

リーザが淹れた茶を三人が一口飲んだところで、本題の話し合いが始まった。

「して、さっきの提案とは?」

アルベルトが問い返すと、ウォルターは鋭い政治家の顔つきになった。

「はい。我が領の治水工事は一刻を争います。そこで、この百人を半年間預けっぱなしにするのではなく、二ヶ月ごとに五十人ずつ、新たな人員と『入れ替え』をさせていただきたい。……技術を覚えた者から順次南へ戻し、代わりに体力のある新たな人員をこちらへ補充し続ける、という条件です」

アルベルトの顔に驚きが走る。

(……なんだと? それはつまり、活力に満ちた働き手が、半年間、途切れることなく我が領の工事に加わり続けるということか……!?)

ウォルターはさらに声を潜めた。

「もちろん、魔法技術を含めた秘匿事項の開示と、この『入れ替え制』の我儘を聞いていただくのですから、タダとは申しません。指導料の金貨百枚に……さらに『五十枚』を上乗せさせていただきます」

アルベルトは一瞬、 眩暈(めまい) を覚えた。

ゴンザレスの資金に加え、南の伯爵から『金貨百五十枚』と『無限の入れ替え労働力』が転がり込んできたのだ。もはや、この小さな村で扱える規模を遥かに超えようとしている。

(……ふぉふぉふぉ! 南の伯爵、見事な決断じゃ! 今年の冬から治水工事を行い、来年の嵐に間に合わせようとしとるな。しかも『入れ替え制』はワシらにとっても、常に元気な土方が補充されるボーナスステージ! まさに完璧なウィン・ウィンじゃわい!)

ヘルメットの下で、老獪な爺さんの魂がニヤリと笑う。

カイトはウォルターの足元にトコトコと歩み寄り、金貨の袋を指差して、最高に愛らしい笑顔を向けた。

「おじちゃん! べんきょう、がんばってね!」

「……おお、フェルメール家の若様ですな。ははは、これは手厳しい。たくさんのお金を払った分、しっかりお勉強して帰らないといけませんな」

ウォルターはカイトが指差す金貨の袋を見て苦笑いしつつ、優しく目尻を下げた。

交渉が無事にまとまり、アルベルトたちは人員の様子を見に、再び屋敷の外へと足を運んだ。

広場で野営の準備を進めていた男たちは、領主の後ろから黄色いヘルメットを被った幼児がトコトコと歩いてきては、「いっしょに がんばろうね」とあどけない笑顔で挨拶していく姿に、あらぬ方向へ奮起してしまったのは言うまでもない。

その天使の皮を被った中身が、彼らを『絶え間なく供給される、高効率な無料土木作業員』として冷徹に計算し尽くしている強欲な現場監督だとは、この時の彼らは知る由もなかった。