軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第72話 逃げ場なし!囲まれる恐怖!

王都からフェルメール領へ至る中継地点、ボルドー子爵領の関所。

街道には検問を待つ数台の馬車が列をなし、重い沈黙が漂っていた。

「……次だ。おい、前へ出ろ!」

兵士の声に促され、ロバートたちの馬車がゆっくりと動き出す。

待ち構えていた五人の兵士たちは、手にした槍をこれ見よがしに突き出し、ロバートたちの馬車を前後左右からぐるりと取り囲んだ。

「止まれ。通行証を改める。……お前たち、行き先はどこだ?」

四方を囲まれながらも、ゴンザレスは御者台から微笑みながら答えた。

「フェルメール領よ」

その言葉を聞いた途端、馬車を囲む兵士たちの顔に下卑た笑みが浮かんだ。

「……ほう、フェルメールか。最近あそこの泥沼に向かう怪しい連中が多くてな。フェルメール領へ行く者は、それ相応の通行料を払って貰わんとなぁ」

あからさまな嫌がらせである。

ロバートが舌打ちしそうになった横で、ゴンザレスが扇子をピシャリと閉じて冷たい声を放った。

「ちょっと待ちなさいな。アンタたち、行く先が違うと通行料が変わるってどういうこと? それ、王国法に照らし合わせても完全に違法よ。……まさか、子爵様が堂々と法を破っているとでも言うおつもり?」

王都で裏社会の情報屋を営む彼女(彼)にとって、法律や権利の知識などお手の物だ。理路整然と詰め寄るゴンザレスに、兵士たちは一瞬怯んだが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴り返した。

「う、うるせえ! この関所のルールは俺たちが決めるんだよ、この変態野郎! どうせ胡散臭い商売しに行くんだろ。積荷も全部調べさせてもらうぜ!」

包囲を狭めた五人の兵士が一斉に槍の切っ先を突き出し、馬車の扉や荷台へ乱暴に手を掛けようとする。

その中には、ゴンザレスが王都の貴族夫人たちから「泥パックの先行予約」でかき集めた、血と汗の結晶である大事な旅館の建設資金が積まれているのだ。

「ちょっと! アタシの大事な荷物に触るんじゃないわよ!」

ゴンザレスが御者台から飛び降り、兵士たちの前に立ちはだかった。

仁王立ちになったその身体は、並の兵士より二回りは大きく、黒革のボンテージ越しでも分かる筋肉が、怒りでピクピクと脈打っている。

「……アタシの大事な『夢』に指一本でも触れてごらんなさい。……タマ、引っこ抜いて潰すわよ?」

地の底から響くような低い声とともに、ゴンザレスが顔を近づけて凄んだ。至近距離で見る巨漢の「圧」と、化粧の下に隠された格闘家さながらの殺気に、兵士は「ヒッ……!」と短く悲鳴を上げて一歩後ずさる。

だが、ここで引き下がれば職務怠慢として子爵からどんな罰を受けるか分からない。兵士は恐怖で膝をガクガクと震わせながらも、必死に槍を構え直して声を張り上げた。

「な、ななな、何を……っ! こ、この化け物め! て、抵抗する気か! ええい、フェルメールに入る者は通行料五倍……いや、十倍払え! 払えなきゃ荷物は全部没収だっ!」

吃(ども) りながらも必死に虚勢を張る兵士の叫びが、静まり返った関所に虚しく響く。

馬車の中ではアメリアがマリーを抱きしめ、震えていた。

「……ママ……こわい……」

四方を取り囲む兵士たちの怒声にビクッと肩を跳ねさせたマリーは、母親の服の胸元を小さな両手でギュッと握りしめ、顔を完全に押し当てたまま、消え入るような声で呟いた。

震える小さな娘を守るため、ロバートは逃げ場のない馬車の中で、いつでも扉を蹴り開けて戦えるよう短剣の柄を強く握りしめる。

関所が完全な無法地帯と化した、まさにその時だった。

ドッドッドッドッドッドッドッ……!!

遠くから、地響きのような足音が近づいてくる。

もうもうと土煙を上げて関所に近づいてきたのは、大量のテントや野営道具を積んだ馬車列と、それに付き従う「百人を超える屈強な男たちの集団」だった。

日に焼け、筋肉が隆起した南部の精鋭たち。

彼らを率いるのは、オデール伯爵の腹心である内政長官ウォルターと、決死の覚悟をキメたマルコである。

ロバートたちの馬車の後ろには、検問の順番を待つ商人の馬車が二台ほど並んでおり、御者たちが前の不穏な様子を遠巻きに眺めていた。

その最後尾に追いついたマルコが、いぶかしげに眉をひそめて商人に声をかける。

「ん……? 前の馬車が兵士に囲まれてるな。何か揉めているんですか?」

「あ、ああ。フェルメールに向かう馬車が止められてるようですね」

商人が首をすくめて答えた。

「参ったな、私たちもフェルメールに向かうんですよ」

マルコが前の様子を確認しようと視線を向けた途端、ちょうどボルドーの兵士がロバートたちに向かって喚き散らしている声が、鮮明に耳に届いた。

『フェルメールに入る者は通行料十倍払え! 払えなきゃ荷物は全部没収だ!』

その瞬間、マルコの足がピタリと止まった。

「あ?……なんだって?」

地を這うようなマルコの低い声に呼応するように、背後にいた百人の男たちの足取りも一斉に止まり、その目の色がスッと変わった。

彼らは「これから泥にまみれて地獄の労働をする」という悲壮な決意のもと、南の果てから長旅を越えてきた男たちだ。

しかも、フェルメール領に向かうための「百人分の通行料が十倍」となれば、彼らが命綱として持参した大切な『技術指導料』すら吹き飛びかねない。

それはすなわち、オーデル伯爵領の治水工事が頓挫し、故郷の家族たちが黒竜川の泥底に沈むことを意味する。

「おい……フェルメールに行く奴は、通行料が十倍だと?」

「俺たちの故郷を救うための金を、コイツらが奪うって言ったのか……?」

「俺たち家族に死ねって言ってるのか?」

限界まで張り詰めていた糸が、プツンと切れた。

それまで「善良な労働者」だった男たちのスイッチが、「家族を守る修羅」へと完全に切り替わったのだ。

「「「ゴキッ……ボキッ……!」」」

百人の男たちが、一斉に太い首や拳の骨を鳴らした。手にはスコップやツルハシが丸太のような太い腕で握られている。

ズシン、ズシン……!

本気の殺気を放つ百人の男たちが、並んでいる商人の馬車を両脇から次々と追い越し、関所の前へと向かっていく。

道を譲った商人たちは、その異様な威圧感と手にしたツルハシに目を丸くして震え上がった。

そして、先ほどまで一台の馬車を囲んで威張っていたたった五人のボルドー兵を、今度はマルコと百人の修羅たちが無言で、しかし圧倒的な威圧感で何重にもぐるりと取り囲む。

ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!!

取り囲んだ百人の男たちが、手に握ったスコップやツルハシを、一斉に地面へと打ち鳴らした。

ズシンと腹に響く地響きと冷たい金属音が混ざり合い、逃げ場のない包囲網の中で、まるで処刑の鐘のように鳴り響く。

「……我々も『フェルメール領』へ向かう者だが。……なんだ? 通行料が十倍だと? 没収だと? もう一度、我々の前で言ってみろ。故郷を救う金を、奪う気か?」

マルコが静かに、だが底知れぬ怒りを込めて一歩前に出た。

ガンッ! ガンッ!!

男たちが再び土木道具を激しく打ち鳴らし、「おう、逃げ場はねぇぞ」とばかりにジリッと包囲を狭める。

「もう一度、言ってみろって言ってるんだよ!!」

「ひ、ひぃぃぃぃッ!?」

先ほどまで横柄だった兵士たちは、百人の屈強な男たちが放つ本気の殺意と地鳴りのような響きに完全に腰を抜かした。

そして、槍を放り出すと、通行料を要求するどころか悲鳴を上げて包囲の隙間から一目散に関所の奥へと逃げ去っていった。

「……フッ。どこの世界にも、取る相手を間違える馬鹿はいるものだ」

ロバートが短剣から手を離し、ニヒルに笑う。

「あらん、助かっちゃったわねぇ! あなたたち、男前じゃないのぉ♡」

ゴンザレスがバチコンッと熱烈なウインクを飛ばすと、マルコと南部の精鋭たちは「うおっ!?」と別の意味で怯え、サッと後ずさりをした。

こうして、ひょんなことから合流を果たした「ロバート一家&マダム」と「南部の労働力百人衆」の奇妙な大所帯は、誰一人通行料を払うことなく、悠々と関所を突破してフェルメール領へと足を踏み入れるのだった。