軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第71話 泥靴村へ! ロバート一家の旅立ち

暦は十月を迎えた。

第一期工事である長屋とモーガン商店、そしてロバートたちが住むことになる家は無事に完成したが、泥靴村の建設ラッシュは一向に終わる気配がない。

現場にはボルドー東村からの人員が加わり、工兵の数はさらに膨れ上がっていた。

加えて、モーガンの口利きによって大工や鍛冶屋、石工など、他の村や街で仕事にあぶれていた職人たちも続々と集まってきている。彼らは厳しい身元確認を経た上で、それぞれの親方の元へと引き取られていった。

当然、モーガン自身も体制を強化している。新しい丁稚や、元行商仲間だった者を雇い入れて仕入れに回すことで、モーガンが常に店に立てるようになったのだ。

これまでは彼が仕入れに出向いている間は買い物ができなかったが、これからはいつでも店が開いていることになる。

そして王都では、ロバート一家が泥靴村に旅立つ日がやってきた。

王都にあるフェルメール家の狭い別宅。

今日、この家は新たな 主(あるじ) たちへと引き継がれる。

「……というわけで、今後の王都における情報収集と資金の管理は、君たち二人に任せる。頼んだぞ」

「オホホホ! このセシリアにお任せなさい! 貧乏男爵家を、わたくしの手で王都の社交界に轟かせて差し上げますわ!」

「……ええ。お嬢様が散財しないよう、私がしっかりと手綱と帳簿を握っておきますのでご安心を」

胸を張るセシリアと、無表情で頷くアンナ。

ロバートは「本当に大丈夫だろうか」と一抹の不安を覚えつつも、二人に別宅の鍵を託し、荷物をまとめたトランクを手に取った。

外には、すでに領地へ向かうための馬車が待機している。

そこには妻のアメリアと、五歳になる一人娘のマリーが乗っていた。アメリアはごく普通の、しかし芯の強そうな良妻賢母といった佇まいの女性である。

そしてもう一人――馬車の横には、異様な存在感を放つ巨漢が立っていた。

「あらロバート、遅いわよ! 王都で泥パックの先行予約を取って稼いだ資金、バッチリ持ってきたわ! さあ、愛しの温泉へ出発よ!」

真っ黒な革のボンテージファッションに身を包んだ、オカマの情報屋……いや、自称・未来の温泉旅館女将、マダム・ゴンザレスだ。

「……あなた。あ、あの方は……?」

アメリアが引きつった笑顔でロバートの袖を引く。その背後に隠れるように、引っ込み思案な娘のマリーも、怯えた目でゴンザレスを見つめていた。無理もない。どう見てもカタギの格好ではないからだ。

「……ああ、紹介するよ。彼女(?)はゴンザレス。領地で新しい事業を任せる予定の、優秀な……経営者だ」

「マダムよ! アメリアちゃんにマリーちゃんね、よろしくねぇ♡」

ゴンザレスが投げキッスをすると、マリーは「ひっ」と短く息を呑んでアメリアのスカートに顔を埋めてしまった。

***

こうして、ロバート一家とゴンザレスという、あまりにもちぐはぐな一行の旅が始まった。王都からフェルメール領まではおよそ120キロ。順調に進めば三日とかからない距離である。

道中、馬車の御者はロバートとゴンザレスが交代で務めた。

最初はゴンザレスの奇抜な見た目に怯えていたマリーだったが、その警戒心は旅の初日の夜には早くも溶け始めていた。

野営の焚き火を囲む際、ゴンザレスはマリーが寒がらないよう風上に陣取り、手品のようにどこからか、お菓子を取り出しては優しく微笑みかけた。

子供は本能で、相手が優しい人間かどうかを見抜く。

黒革のボンテージを着ていようが、マリーにとってゴンザレスはあっという間に「優しくて面白い、大きなお 友達(マダム) 」になっていた。

そして、王都を出発して二日目の午後。ゴンザレスが御者を交代し、手綱を握っていた時のことだ。

馬車の小窓が開き、トコトコと小さな足音が御者台へ向かってきた。

「……マダム」

「あら、マリーちゃん。どうしたの? 馬車の中、暑かったかしら?」

マリーは少しもじもじしながら、ゴンザレスの分厚い腕を見上げて小さな声で言った。

「あのね……マダムの、おとなりにすわってもいい……?」

その言葉に、ゴンザレスは目を丸くした。

その異形の姿ゆえに、街の人間からは奇異の目で見られてきた過去がある。自分から隣に座りたいと言ってくれる純真な少女の言葉に、ゴンザレスの分厚い胸の奥がじんわりと温かくなった。

「……ええ、もちろんよ。さあ、アタシの隣にいらっしゃいな」

「うん!」

ゴンザレスが片手でひょいとマリーを抱え上げ、御者台の隣に座らせる。

マリーはゴンザレスの太い腕にギュッと寄り添い、楽しそうに前方の景色を眺め始めた。馬車の内側からその様子を見ていたアメリアとロバートも、顔を見合わせて温かい笑みをこぼす。

「……フッ。人は見かけによらない、か」

「ええ。本当に、優しくて素敵な方ね」

和やかな空気に包まれながら、馬車は順調に北へと進んでいった。

だが、平穏な旅はそこまでだった。街道の先に、ものものしい柵と、武装した兵士たちの姿が見えてきたからだ。

「……マダム。あれは……」

ロバートが窓から身を乗り出し、鋭い声を上げる。

「ええ。……ボルドー子爵領の関所よ。なんだか、嫌な空気が漂ってるわ。マリーちゃん、馬車の中に入っててね」

ゴンザレスは、マリーを御者台からそっと降ろすと、マリーが馬車の中に入るのを待った。手綱を握る手に力を込め、鋭い目つきで前方を睨み据えた。