軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十四話

「お~~……?」

ゲラリオの間延びした驚きの声は、その裏で状況を整理しているからだろう。

商会の主人の息子なら、確かに周囲と異なる考えを抱いていても、なあなあで済まされていたのではないか。

けれど散々殴られた後に牢に放り込まれているということは、可能性はふたつ。

「お前は父ちゃんに見捨てられたか、お前の父ちゃんもお偉いさん用の牢に入っているか」

コールは反論する代わりに、少し大きく息を吸って、黙っていた。

「見捨てられたほうか」

「違う!」

即座の否定は、コールの希望の現れとしか思えない。

「だが、やはりよくわからんな」

ゲラリオが、いつもののんびりした口調で言う。

「帝国からの独立を謳う連中が、イーリアちゃんをわざわざおびき寄せてから捕らえた。普通に考えるなら、クルルのやつを人質に、イーリアちゃんを脅して傀儡にして、ジレーヌの魔石を確保する。その物資を使って独立の戦いを起こそうとするってのが、まあ、定石だが……」

ジレーヌ領の鉱山丸ごとを武器庫にして、属州が独立をかけて帝国と戦をする。

ゲームならば熱い展開だが、自分にも違和感がある。

「その割には、街が平穏という気がしますが……」

「だな。こういう時にお呼びがかかる冒険者がたむろしている感じでもないし、なにより、物価が高くなってない。戦の計画は隠せても、物資調達の影響は隠せるもんじゃない」

物価。

ここは大量生産によって、財が豊富な世界ではないのだ。

ゲラリオの言葉に、コールの疲れ切ったようなため息が聞こえてきた。

「独立など……建前だ」

「建前?」

尋ね返せば、咳き込んだコールは唾を吐いてから、言った。

「げほっ……奴らの目的は、獣人の奴隷貿易の維持だ」

港に降り立った直後から、ずっとクルルが不機嫌だったこと。

「なるほどな。獣耳のイーリアちゃんが領主として力を持てば、奴隷の反乱を招くかもって思ったわけか」

ドドルたちが勇気を得たように。

「でも……」

それでもまだ、なにか足りないような気がした。

なにせコールは商会の主人の息子なのに、ずたぼろにされて牢に放り込まれている。

普通に考えたら父親が黙っていないだろうが、ゲラリオの問いかけに対し、コールは父親に見捨てられたような反応を示していた。

だとすると、父親から理解はあったという話そのものが、単なる希望的観測というか、単純な嘘なのか? 実のところはコールだけが奴隷貿易反対の旗を振って孤軍奮闘し、商会全体の動きに抗おうとしていた?

しかし、それはそれで、コールへの仕打ちのひどさがやっぱり奇妙に思えてくる。

孤軍奮闘している分には脅威になどなりえず、放っておけばいいのだから。

なにかと名誉にうるさいこの世界のことで、腐っても貴族のはずのコールにこんなことをするというのは、なんらかの彼ら共通の価値観の、一線を越えているはずなのだ。

と、すれば……。

脳裏を波音がよぎり、船の上での会話を思い出す。

イーリアがバックス商会からお呼ばれした理由について、ゲラリオはどんなことを想定していた?

「あなたはお父様から、イーリアさんとの結婚の約束を取り付けていたのですか?」

「はあ?」

聞き返したのはゲラリオだ。

コールからは、反応がない。

「あなたのお父様は、賭けを両建てしていたのでは?」

「……」

コールの、その沈黙がはっきりと聞こえてくるようだった。

「あなたはイーリアさんと結婚するつもりだった。それしか説明がつきません」

誰もなにも言わなかったが、各々の顔がまさに目に見えるかのようだった。

ゲラリオは目を見開いて呆気にとられ、コールは苦痛をこらえるように床に顔を押し当てている。

ざり、ざり、という音は、額をこすりつける音だろう。

「カリーニさんが船に乗り際、あなたは私に言いました。次は魔石を全部渡すなと」

あれは上司から隠れて取引をするつもりだったのではない。いつカリーニが攻め込むかわからないから、武器をすべて渡すなという精一杯の合図だったのだ。

それに、もしもそうだと仮定すると、いくつかの話がうまくつながってくる。

ノドンは昔、イーリアやクルルに手を出そうとしていたらしいが、自分がきた時にはもうそんな素振りもなかった。あの執念深そうなノドンが、マークスたちの活躍だけで、本当に諦めるだろうか?

それから、ノドンが船を所有していなかったことだ。

沈没のリスクはありつつ、バックス商会の船に依存せざるを得なければ、ノドンは低い立場に甘んじなければならないはず。

けれどバックス商会は、というかコールは、ノドンと魔石取引の儲けを分かち合っている感じだった。

なぜだ?

説明が通らないが、もしもコールの気持ちをノドンが見抜いていたのだとしたら、話は別。

魔石取引で甘い汁を吸えるよう、コールのご機嫌を取るためイーリアに手を出すのを諦めた。

高価な船を自前で買わずとも、コールが魔石取引を口実にちょくちょく領地にきたがっているのなら、それを利用したほうが断然いい。コールもまた、ノドンが船を所有したいと思わないように、荷運びの運賃を安くしたりする動機になる。

そしてバックス商会が獣人の奴隷貿易をしているのに、そのバックス商会に生命線を握られているジレーヌ領が、今までその毒牙から免れていたという事実。

そのすべての話が、コールがイーリアに思いを寄せていたのならばと仮定することで、一本につながるのだ。

「……一目、惚れだ。悪いか」

子供みたいな、不貞腐れた物言いだった。

なんとなくだが、コールは支配人の息子として、社会勉強として簡単なジレーヌ領での魔石取引を任されたのではないか。

そして初めて船に乗って到着した島にいたのが、少し影のある、賢くて美しい少女だとしたら。

「あなたのお父上としては、どちらに転んでもよかった。イーリアさんがお飾り領主のままなら、あなたがイーリアさんと結婚しようとしまいと、奴隷貿易には影響が出ないでしょうからね。ジレーヌ領の魔石だって、引き続き独占できる。けれど、事情が変わってきた」

イーリアは領主として立ち上がろうとしていた。

おそらくは帝国の大貴族の血とともに、獣人の血も引く、厄介な存在として。

「イーリアさんが力をつけた領主として、コールさんと対等な婚姻関係となってしまうと、話がまったく変わってきます。獣人たちへの政策も変わるでしょうし、なにより、帝国本土の、イーリアさんの父親である大貴族の注意を引くかもしれない」

バックス商会の主人としては、仮にそれで奴隷貿易ができなくなっても、帝国本土と強いつながりを得られるならばそちらのほうが得、とまでそろばんをはじいたかもしれない。

けれど商会内部で奴隷貿易を担う派閥が、どんな対応を取るかまではわからなかった。

そしてカリーニたちは、実力行使に出た。

多分、彼らの味方は商会の外部にもいるのだ。

たとえば帝国に征服された属国民として、帝国への嫌悪を建前に、イーリアをこのまま放置しておくのがいかに危険かを、周囲の権力者に説いたのではないか。

イーリアが力を蓄え、帝国本土と連携を取ったのなら、いつか帝国からの独立を願うロランとしては、ものすごく厄介な存在となる。なにせロランからほど近い海の上に、大量の魔石を有する不沈艦がいるようなものなのだから。

コールとイーリアが結婚などしようものなら、ロランは永遠に、帝国のくびきから抜け出せなくなる。

そんな懸念を共有する権力者の支持を取り付けたカリーニ陣営を前に、バックス商会の主人は折れた。あるいは、商人らしい冷徹な損得勘定の上で、コールを切り離すことにした。

多分、貴族の通例として、コール以外にも息子が何人かいるのだろう。

だから今までは、獣人の血を引く娘、それどころか、歴史ある街ロランを攻め落とし、属州の地位に落とした帝国の大貴族の血を引くかもしれない娘との結婚というわがままをも、自由にさせていた。

しかし悪い方向に話が転んだので、あっさりと損切りをする。

こうして、コールは牢屋に身を落とすに至ったわけだ。

「どうですか?」

自分の推理をコールに確かめると、衣擦れの音がした。

次に咳き込むような息遣いが聞こえ、最後に腹立たし気な笑い声がした。

「だとしたら……なんだ。僕を虚仮にして、満足か? ここから生きて出られるかもわからないから、せめて腹いせをしようって言うのか?」

一人称が、私から僕に変わっていた。

コールは見栄を張るのもやめるくらい、推理が当たっていたのだろう。

そしてもちろん、自分は単なる嫌味で推理をしたわけではない。

「ぜんぜん違います」

自分のあまりのはっきりした物言いに、さしものコールも口を閉じた。

「そういやヨリノブ」

口を挟んだのはゲラリオだ。

「お前、さっきなにか言いかけてたよな」

イーリアやクルルを助けるためならば、自分はこの世界の運命を賭けのチップにしたってかまわない。

とっくに、腹は決まっているのだ。

「ええ。牢から出られる方法があります」

「っ」

息を飲んだのはコールで、ゲラリオはなんとなくだが、半笑いになっている顔が想像できた。

「けど、ゲラリオさんの牢は遠いので、できるかどうか怪しかったんです。そこに、コールさんがきました。たぶんうまくいきます」

「ぼ……わ、私が、なんだと?」

コールが一人称を言い直したのは、いくらか元気が戻ってきたせいだろう。

「コールさん、手足の怪我はどうですか? 動きますか?」

「……」

自分が本気なのだと感じたのかもしれない。

コールは息を飲んだように数舜黙り、いぶかしむように答えた。

「縛られて……は、いるが……動きはする。お前は、一体――」

「お坊ちゃんは体の前で鉄の錠をかけられている。指は折れてるようには見えない。爪も剥がされちゃいない。俺の知り合いは拷問の最後に残った人差し指と親指だけで、衛兵の首を絞め落として脱走したもんだ。十本揃ってりゃなんだってできるだろ」

ゲラリオたち冒険者基準で測られたら気の毒だが、コールは一応動けるらしい。

「なにを、企んでいる……鉱山帰り」

悪態がつければ、気力としても十分だ。

「あるものをゲラリオさんにまで届けて欲しいんです」

「なに?」

それはゲラリオとコールのふたりが、揃って口にしたような気がする。

「魔石です」

自分は覚悟を決めて、ベルトを外し、バックル部分を床に打ち付けた。

クルルと町を巡った時、クルルの装飾品と一緒に注文したもの。

二度、三度と打つと、バックルがずれた。

その中にあるのは……。

「馬鹿な……魔石、だと? 尻の中にでも隠していたと言うのか?」

「おい、今の音が尻を打つ音だったら、その尻で鉄格子も壊せるだろ」

ゲラリオの呑気な茶々に、コールが怒ったようにおし黙る。

「けど、ヨリノブ、どういうことだ? バックス商会の面々も馬鹿じゃない」

ゲラリオを生かしているのは、おそらくジレーヌ領に残っているバランたちの対応のためだろう。竜を倒した冒険者とまともに戦うのは、彼らとしても損失が怖いはず。

だからゲラリオの身柄を無事に渡すことを条件に、ジレーヌの問題には関わらないようにさせる。

けれども魔法使いを牢屋にぶちこむのなら、魔石をもっていないか調べるのは当たり前。

おかげでゲラリオは素っ裸で、自分も身ぐるみはがされていて、靴まで脱がされた。普通に考えれば、靴のかかとに緊急用の魔石を仕込むのが定番だろうからだ。

けれど連中は、もっと別の可能性までは考えなかった。

ジレーヌ領みたいな辺鄙な場所で、魔石の秘密が解き明かされていたなどと、夢にも思わなかった。

だからどう見ても魔石を隠せるようなものではない、透かし彫りのようになっているベルトのバックルを取り上げなかった。

そこに合成魔石が仕込まれているなどと、露ほども思わなかったわけだ。

「ゲラリオさんとコールさんに、お願いがあるんですが」

ベルトのバックルには、小さな親指ほどの大きさの工房の紋章が刻まれている。

それと、このベルトのバックルは、中が中空の鉄細工だった。

中空の部分に押し込まれているのは、ほんのひと固まりの、粘土の塊だ。

「あなたたちはこれから、世界の秘密を知ることになります。覚悟してください」

声は聞こえずとも、ゲラリオの半笑いと、コールの眉根にしわが寄る音が聞こえた気がした。

「でも、自分はこれに賭けるしかない。世界がどうなっても、やるしかないんです」

それは言い訳だったのかもしれないし、実際にそうだ。

核の発射ボタンが入ったスーツケースを拾った人は、きっとこんな気持ちになるはずなのだから。