軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十五話

「コールさん、これを」

袖を裂き、ベルトの先にバックルと粘土をくくりつけ、鉄格子の隙間から隣の房に軽く投げる。

石壁はさして分厚くなく、コールが体を引きずるようにして近づく音の後、拾ってくれた。

「これ、は……?」

「工房の紋章は火の魔法陣。そこに、粘土を押し当ててください」

「なに?」

怪訝そうな声を無視し、淡々と説明する。

「魔石の秘密です。その粘土には魔石の粉が練り込んであります。一定の割合を越えて魔石の粉を練り込まれた粘土は、魔石と同じ働きをします。教会に残る巨大な魔法陣は、それを刻むだけの魔石が存在しないから嘘、というのが通説だそうですが、この秘密がその答え――」

そして、言葉が終わるか終わらないかの瞬間だ。

きん、という甲高い音がして、わずかの間を置いたのちに、鉄格子の扉の開く音がした。

「あ? おい、なんだって……?」

慌てた声を上げているのはゲラリオだ。

それもいつものお調子者っぽい感じではなく、本気で慌てている。

それは合成魔石の存在にか。

いや、それとも……。

「……」

自分の牢の鉄格子の向こうに、コールが立っている。

自分と同じように裸足で、上等そうないつもの服こそ着ているが、上着は血まみれだし顔は冗談みたいに腫れあがっている。

けれどその手が握っているのは、自分とクルルが進化させた合成魔石の、バージョン2だ。

「コール、さん、あなた……」

コールはみなまで言わせず、手を掲げると再び甲高い音と、激しい光。

目を開けると、鉄格子の扉がだらんと開いていた。

鍵の部分が、焼き切れている。

「魔石も……元来、純粋ではない。なるほどな……」

腫れあがった唇で、どうにかいつもの気取った口調を維持しようとするのは、貴族の見栄というやつかもしれない。

けれど自分はなぜか、たったそれだけのことで、コールのことを憎めなくなっていた。

「げほっ……くそ、信じられなさすぎて、頭が回らない」

あるいは単純に、コールは殴られすぎて熱が出ているのではないか。

額に手を当て、眩暈をこらえるようにしてから、こう言った。

「とにかくわかるのは……これがあれば、助かるってことだな」

コールは精霊にでも呼ばれたかのように顔を上げ、ふらふらと歩いていく。

呆気に取られて自分は動けないでいたが、三度の甲高い音と、鉄格子のきしむ音。

コールが焼き切ってくれた鉄格子の隙間から顔を出すと、視線の先で、芋虫のように転がっているゲラリオを、コールが見下ろしていた。

「……あ、後は自分で、どうにかしろ……野良魔法……つか……」

どしゃっとその場でコールが崩れ落ちる。

ゲラリオは唇の片方だけ吊り上げて笑い、やっぱり芋虫のように這って出ると、後ろ手でコールが手放した魔石の粘土を手にとって……。

「へっ、お坊ちゃんが根性見せるじゃねえか」

手かせを魔法で焼き切ったゲラリオが言うと、意識までは失っていなかったらしいコールが、なにか呻いている。

「ただ、お前を生かしておくかどうかは、考えねえとな」

ゲラリオはまだいくらか効力が残っているらしい合成魔石の乗った右手を、倒れたままのコールに向ける。

「これはお前が知るにゃあ、ちょっと凄すぎる秘密だ」

「……」

助けてくれたから助けるべき。

ゲラリオはそんな道徳の話の、さらに先を見据えている。

ゲラリオは直ちに合成魔石の秘密がもたらす大混乱を理解したわけだ。

コールがこの秘密を知ったまま外に出たら、なにをするかわからない。

けれどゲラリオは、コールに向けた手を引っ込めた。

「一目惚れだって? いいじゃねえか。ガキの恋はいつだって、世界のすべてと引き換えに、だ」

くくっと笑って、ゲラリオはこちらの名を呼んだ。

「ヨリノブ、背負えるか?」

ゲラリオはコールを信用した。

いや、自分もわかる。

というか、大変失礼かもしれないのだが、確信があった。

コールは自分と同じで、女の子に免疫がないのだ。

それこそ、声をかけるきっかけを探した挙句、ノドンと手を組みその取引にかこつけて、わざわざ島に足しげくやってくるくらいに。

そして、好きな子を前につい憎まれ口をたたいてしまうのだ。

「拷問にゃ程遠いが、執拗にぶん殴られてるのは、皆が知る恋心ってわけだ」

コールに肩を貸して立たせると、コールが呻いた。

傷が痛いというより、ゲラリオのからかいに対する抗議だろう。

「とりあえず、魔石がありそうな場所はわかるか?」

ゲラリオの問いに、コールは細く長いため息をついて、言った。

「牢から、出ろ。ここは……商会の……私設地下牢だ。借金を返せない連中を……放り込んだりする。衛兵は、四人。魔法使いは……いない」

「自分たちの荷物は?」

その問いに、コールは咳き込んでから、言う。

「衛兵の、詰所。牢を出て、右の、廊下の奥……」

「よっし、上出来だ」

ゲラリオはコールの頭を子供みたいに撫で、肩をぐるぐる回していた。

「野良魔法使いのしぶとさを見せてやる」

小さな合成魔石。

魔法の精妙な扱いに長けていれば、鉄格子を焼き切るくらいには使える程度のもの。

けれど魔法の本当の価値というのは、こんなふうに便利なだけではない。

その真価とは、自分の手の中にあるもので運命を切り開けるという、その可能性を掴めるところにあるのかもしれない。

ゲラリオは限られた合成魔石を巧みに駆使し、油断しきっていた衛兵をあっという間に制圧してしまう。

これで年金が月に金貨二百枚!

自分は最高の買い物をしたのだ。

「さあて」

倒れて呻く衛兵の頭の上に右足を乗せたまま、文字通り素っ裸だったゲラリオは、取り上げられていた服を着る。

最後に魔石を籠手に嵌め直すと、目を見開いた凄腕の冒険者が、猛獣のように歯を向いて笑っていた。

「反撃開始だ」

実に頼りがいがあるのだが、自分は思わず、椅子にへたり込んで座ったままのコールに視線を向ける。

「歩けますか?」

コールはこちらを見て、老人のように震える手で体を支えながら立ち上がる。

「平民に、気遣われる理由は……ない」

誰かを罵っていないと、気力が持たないのだろうとわかる。

ゲラリオもそれに気がついていて、笑いながら言った。

「イーリアちゃんを助けるその現場に、絶対居合わせたいもんな」

コールはゲラリオを睨みつけ、たちまち背筋が伸びていく。

「イーリアちゃんの居場所はわかるか?」

「……多分、市政参事会だろう。そこに尖塔がある」

「囚われの姫は常に塔の上だ」

しかし、ゲラリオの笑みは苦い。

「面子が足りねえな」

ゲラリオは戦慣れしている。魔石だけあればすべてがどうにかなるとは思わないわけだ。

コールは歩くのも精一杯だし、自分は魔法使いではない。

「クルルさんを、た……助けに行きましょう」

普通に言ったつもりなのに、途中で声が震えてしまった。

ゲラリオがこちらを見て、やや引いた顔をしているのも、すぐにわかった。

イーリアはくさっても領主として遇されているらしい。

でも、その従者のクルルは?

どこでどんな目に遭っているのだろう?

「ヨリノブ」

ゲラリオがこちらの肩を強く叩く。大丈夫だと言わんばかりに。

「あの猫娘なら……」

そこに、朦朧とした様子のコールが言う。

「百日紅の館、だろう……」

「なに?」

ゲラリオに聞き返され、コールは咳き込んでから、言った。

「百日紅の……館、だ。商会御用達の……娼館だ。借金のかたの女たちは……いつもそこに売られる手はずになっている……」

自分は体中の毛が逆立つのを感じた。

が、ふと冷静なままだった頭の部分が、理性を繋ぎとめた。

「もしかして、ノドンたちが通っていたところですか?」

サラリーマンをやっていた時の記憶がよみがえる。出張先で遊ぶ際には、間違いなく地元の取引先にお勧めを聞くはずだ。

「……知ってるのか?」

怪訝そうなコールの視線に、自分はうなずいた。

「場所がわかりました」

ゲラリオは肩をすくめる。

「いくぞ、ヨリノブ」

痛いくらいに背中を叩かれなければ、泣き出していたかもしれない。

無事でいてくれ。

そう願うしかない。

「お坊ちゃんはどうする?」

ゲラリオの言葉に、コールは顔をしかめ、大きく息を吸うと、領主の顔になったイーリアみたいに、見慣れたコールを取り戻す。

「こんな僕にも少しは味方がいる。大聖堂の裏手で落ち合おう」

「おう。イーリアちゃんに良い所見せようぜ」

まるっきり子供扱いして頭を撫でていたが、コールは怒りもせず、むしろどこかほっとしたような顔をしていた。一人称も、僕のままだ。

「うちは買いつけた品の扱いの良さで有名だ。君の想い人も、無事なはずだ」

自分とクルルはそんな仲では、と一瞬言いたくなったが、なにに対しての言い訳なのだと自分自身呆れた。

「バックス商会からの荷はいつも完璧ですからね」

そう答え、ゲラリオを連れて私設の牢から外に出る。

そこは川沿いのうらびれた地区にあって、遠くに見える大聖堂の尖塔と太陽の位置から、方角を割り出して迷いなく走る。

クルルなら大丈夫。

絶対に、大丈夫なはずだった。