軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十九話

営業は苦手だが、できないわけではなかったし、ノドン追放の過程では自分の演技力もそこそこらしいと多少の自信を持てた。

それに、この世界のルールや野蛮さもある程度は理解できている。

そこで自分に言い聞かせる。

自分は商人。

ジレーヌ領でうまく立ち回り、領主に取り入った、新興の、そして悪い商人だ。

「この場所をどこから聞いた?」

うらびれた街区のさらにうらびれた地区。建物はどこもかしこも斜めになっていて、どういうわけか石畳の隅には汚い水がずっと流れている。

さすがにここに自分とクルルだけでくるのは怖かったので、一度鉄と潮亭に戻って、ゲラリオを連れてきた。

ついでに作戦の小道具のために、青い顔をしてベッドにひっくり返って、たばこは吸っていないと言い張るイーリアに、ひとつ許可をもらうことになった。

「お互い、狩場は秘密にする商売でしょう」

自分が返事をしたのは、べたな感じに顔に切り傷の入った男だった。

似たようなごろつきが五人ほど暗い部屋にいるが、今のところそこまで剣呑な雰囲気ではない。

「まあそうかもしれんが……殴り込みにしちゃ妙な組み合わせだしな」

彼らがいきり立っていないのは、ちょっと戸惑っていたのかもしれない。

自分とクルルだけだったら、先の娼館のようにどちらかが魔法使いだと見抜かれたかもしれないが、今はいかにも用心棒のゲラリオがいる。するとかえって、クルルの存在が殴り込みの面子としては奇妙な取り合わせとして見えるわけだ。

「もちろんです。商いのご提案に参りまして」

「商い」

マークスの時もそうだったが、この世界のごろつきは案外に敏いし、合理的だ。

おかげで話が通じそうだった。

「娼館を開きたく思いまして、女の子を集めているのです」

男の目が細まり、部屋の中の温度が数度下がる。

「ここではありません。ジレーヌ領においてです」

男はじっとこちらを見て、ははあんとうなずいた。

「お察しのとおり、政変でうまく領主様に取り入りまして。その手の商いの許可を取りつけることができました」

そして懐から取り出した羊皮紙を開いて見せる。

イーリアと同じ筆跡のクルルが適当にしたためた、イーリアの許可有りとする偽の特権証書。

島から船で二日もかかるようなこの街でも、ノドンの名は知られるところでは知られていた。

しかもここにいる彼らは、ジレーヌ領にいられなくなった哀れな娘たちをかき集めて商売をしていたようなので、政変のことももちろん知っているはずだ。

「ジレーヌからの娘っ子なら、確かにうちにちょくちょくいるな」

「その子たちを、まとめて引き取りたく」

「……」

男はしばし天井をぽかんと見つめ、こちらを見やる。

「お前、本当に娼館を開くつもりか?」

部屋の温度が、下がる代わりに一気に上がった。

部屋の男たちが腰を上げ、ゲラリオがクルルを下がらせる。

どこに地雷があったのかわからないが、怯んではだめだ。

「そのとおりです。娼館のために、娼婦を集めているのです」

「嘘をつけ。どこの商会に雇われた? 俺らの縄張りを潰しにきやがったな! ジレーヌ領で娼館を開きたいだけの商人が、わざわざこんなところまでくるわけないだろうが!」

クルルはほれみろとばかりの顔をして、懐に手を伸ばす。

けれど自分は、一歩進み出てこう言った。

「きますよ。なぜなら、ここに流れてきているのは、島から出る船賃を用意できた子たちばかりなんですから」

「……ん……あ?」

動きを止めた男にさらに近寄り、ほとんど耳打ちするように言った。

「つまり名誉ある、元市民の子だということです。ここロランでは、ジレーヌみたいな田舎の市民権などなんの意味もないでしょうが、向こうではそうではありません」

「……」

男が毒気を抜かれたように、こちらを見る。

「元市民の高嶺のあの子を、手に入れる好機」

囁くように言うと、男はもう一度、ははあんというような顔をした。

「お前……この商売をよくわかってるじゃないか」

にやりと笑ってこちらの胸をつつき、肩を叩いてくる。飲み会で、下ネタで一気に仲良くなるのはこんな感じなのだろう。

「なるほど、わざわざここまでくるわけだな。しかし……いい趣味してるじゃないか、おい」

「して、何人くらい集まりますか」

「ふん……十人……いたかなあ」

事前の調査では、十一人の娘が島を出ている。

「お前、いつまでここにいるんだ?」

「いましばらくは」

「よし、三日後にまたこい。価格の交渉はそこでしよう」

「今後のお取引も踏まえての価格、と考えてよろしいですか?」

男はにやりと笑い、握手したのだった。

◆◆◆◇◇◇

薄暗い地区を抜けるまで、全員無言だった。

その理由は、クルルがものすごく不機嫌だったからだ。

「おい、なんでクルルちゃんを連れていったんだよ」

ついにゲラリオから肘鉄と共にそう言われた。

「連れて行かなかったらもっと怒るはずですから」

自分たちのたっぷり五歩は前を歩くクルルだが、獣の耳の持ち主の後ろで内緒話をするにはいささか近すぎる。

「見損なったぞヨリノブ!」

立ち止まったクルルは振り向いて、そう叫んで唸ってから、ほとんど小走りに歩き出す。

自分もゲラリオも追いかけられず、ただ見送るばかり。

「クルルちゃんは、意外に生真面目なんだなあ」

多分こういうのは、イーリアのほうが理解があるだろう。

「まあ俺としては、お前のことを見直したがね。娼館を開く理由としては、実に様になっていた。お前も男だったってわけだ」

肩をすくめたゲラリオが、下品に笑う。

「前の世界の知識ですよ」

「へえ?」

クルルにゲームシナリオのことを話した時、この世界の原始的な娯楽になら前の世界のテンプレでも勝てるのではないか、なんて思った。

だからそのことを利用したまで。

「特に、名誉ある女騎士が……というのが人気だったんです。くっ……殺せ! って。その応用です」

そう言ってから、ふとゲラリオの様子に気がついてぎょっとした。

目を見開いて、口をわなわなさせていたのだから。

「お、おい……すげえ罰当たりな世界だな……。だが……おい、どんな話なんだよ。くっ……殺せ、だって? ちょっと待て、すごいなそれ!」

肩に腕を回してまで聞いてくる。

さすがそれでひとつのジャンルを形成してしまうくらいのキーワードというのは、ものすごい威力のようだ。その一言で、どんな状況で、これから先になにが起きるのかとすぐにわかるからだろう。

ゲーム製作でもこのくらいの掴みを出せないとな……などと思うのだが、友人とエロ話をする文化圏にいなかった自分は、絡んでくるゲラリオを適当にいなすほかない。

そうしながら、へそを曲げたクルルをどうしたらいいだろうかと思うのだが、その解決策を探っていくと、なおもしつこく話をせがんでくる冒険者に視線が戻ってくる。

「お話しする代わりに」

「ん?」

ゲラリオはこんなだが、凄腕冒険者だ。

「珍しい魔法陣の載った本を探すのを手伝ってください」

「……」

こちらをじっと見ていたゲラリオが、不意ににやりと笑う。

くっ殺の話を聞きたがっていた時よりよほど下品な笑みだが、好きに思わせておく。

「へそを曲げた娘っ子には贈り物が一番だ。理屈を説いても余計怒らせるからな」

ジレーヌ領の娘たちの居場所を知りたければ、この町で蝶を捕える蜘蛛の巣を訪れればいい。

けれど蜘蛛の巣から蝶たちを助け出すには、ひと工夫がいる。蜘蛛たちも生きていくために蝶を捕まえているからだ。

そこで同業者を装って、今後の取引も匂わせたうえで、商品として娘たちの引き取りを申し出る。

そのための方便だったわけだが、娘たちのひどい境遇につけこむ男の欲望みたいな話をした自分を見て、クルルはショックを受けてしまっていた。

イーリアがやさぐれきっていなかったのは、クルルのようなまっすぐな子がそばにいたからだろうが、そういう性格のクルルには方便だとわかっていても、あの手の話は嫌なわけだ。

「ちなみに、魔法陣を載せた本の予算はどのくらいだ?」

ゲラリオの問いかたにはちょっと含みがある。

自分はクルルが走り去った道の先を見据えながら、言った。

「女の子たちの身代金をどれくらい値切れるか、ですね」

価格と言わなかったのは、彼女たちの名誉のため。

ゲラリオはこちらをじっと見て、首をすくめる。

「イーリアちゃんがいるんだ。然るべきところに許可を取ってから、のこのこ現れた連中を魔法で吹き飛ばしてもいいと思うがね」

確かに彼らはジレーヌの娘たちの弱みに付け込んで、あこぎに稼いでいるのかもしれない。

ただ、ちょっと思うところがある。

「それは女の子たちの状況を見てからです。あの人たちにも、マークスさんたちと似たような部分があるかもしれませんから」

この世界でごろつきというのは、前の世界とはいささか違うというのを、マークスたちで学ぶこととなった。

マークスたちは確かにケチな小悪党かもしれないが、人間としては信用できる。

そして先ほどの彼らが、嗅覚鋭く人を集める女衒として優秀なら、頼みたいことがあるのだ。

「……まさか、本当に娼館をやるつもりか?」

ゲラリオはこちらを責めるような顔こそしなかったが、戸惑ってはいた。

「違いますよ。商会を拡大するにあたって、優秀な人たちを集めたいんです。こういう港町なら、困窮して流れ着いた人たちも多そうですから、彼らに頼めば集めやすいかなと」

教会の伝手を使い、正当な教育を受けた者たちを真っ当に揃えるのもありだが、ゲラリオから魔法使いたちの集う魔法省や正邪省といったところの話を聞くと、それはちょっと危険かもしれないと思ったのだ。

下層民は踏みつけて当然みたいなエリート主義の人間とは、一緒に仕事をするべきではないのだから。

「それならなおさら、クルルちゃんの機嫌を直しておかないとな」

「?」

そこのところは意味が分からず聞き返すと、ゲラリオがやや困ったように笑っていた。

「あのままだとクルルちゃん、交渉の場で問答無用で連中を消し炭に変えかねないぞ」

あり得るし、ちょっと気になることもある。

「クルルさんの魔法の腕って、そんなにあがってるんですか?」

ゲラリオはにやりと笑ってこちらの肩を叩く。

「お前が一発穴を開けてやったおかげだ」

これは絶対わざと言っている。

嫌そうな顔を向けると、ゲラリオは機嫌よさそうに笑っていたのだった。