軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十話

直訳すれば、魔道具店。

ゲームを作ろうなんて夢見ていた人間には実にそそる名前だったし、実際にわくわくする店だった。

ただ、それはどちらかというと、釣具屋とかアウトドアの店のわくわく感に近い。

ゲラリオが身に着けていたような、戦いの場で魔石を取り扱うための便利道具があれこれ揃っていた。

時には魔法陣が欠けた時に自力で直すこともあるらしく、加工道具までがひととおりそろっている。

しかし並んでいる商品は多くが傷だらけで、聞けばこの都市が帝国に組み入れられるかどうかをかけた、大きな戦役の時に使われたものらしいとのことだった。

帝国の中央から臨時税の要求がきて、民衆の不満が高まった時などには、一時的にこの手の品が高く売れるらしい。属州として帝国に降りはしたが、今なお誇りは失っていないわけだ。

そんな店でゲラリオがいくつかの写本の名前を出すと、そのうちの一冊が見つかった。

ゲラリオは本を受け取り、中身を熱心に確認していた。立ち読みで済ませようとかそういうことではなく、手書きの写本には必ず誤りが含まれるので、その誤りの多さの具合から、妥当な値段を判断しようというわけだ。

店主と二、三のやり取りを経て、ひとまず購入となったが、片手に収まる程度の冊子形式で、およそ二十程度の魔法陣が記された本。

それが金貨百二十枚もした。

まともな商品の価格帯ではなく、魔法の世界は俗世から一段高い場所にいるのだと理解できる。

「ほれ、クルルちゃんに渡しときな」

ゲラリオは無造作に本をこちらに押し付けてくる。

「闇夜で目が利くようになる魔石とかもあるんですね」

ぱらぱらめくると、効能と魔法陣だけがそっけなく描かれている。

「こういうのを欲しがるのは戦場の魔法使いだけだからな。しかも懐に入れたまま丸焼きにされるから、どれだけ写本を作っても一生売れ続けるわけだ」

戦場ジョークはどこまでが本当なのかわからないが、本の汚れの一部は血痕にしか見えないので、多分大袈裟な話ではないのだろう。

「敵から奪った魔石の照会とかにも使えるから便利だぜ」

確かに、いちいち起動して効果を試すにはリスクが大きすぎる。

「そしたら俺は、長旅用の準備をしてくるよ」

「お願いします」

「経費は年金と別にもらえるって話だが、経費でたばこを買ってもいいか?」

ゲラリオを含めた三人には、年金で月に金貨二百枚も払っているが、このくらいがめつくきてくれたほうがこちらも仕事を頼みやすい。

「イーリアさんに勧めなければ」

ゲラリオはわざとらしく頬をかいて目を逸らす。

「イーリアちゃんが興味津々だったんだよ」

それはなんとなく想像できる。

おしとやかなだけの女の子ではなくて、きっちり悪さもするタイプ。

けれど体がろくに煙を受け付けず、長椅子にひっくり返っているのだから、そこには愛嬌しかない。

「守ってやりたくなる理由ばっかりできやがる」

ゲラリオは嫌そうに笑っていた。

「んじゃ、夜には戻る。健闘を祈る」

肩を叩かれてしまうが、クルルの機嫌を直すというミッションを思い出し、ややげんなりする。

親しくなると、かえってこういう時の扱いに困る。

健吾も連れてくればよかったと思いながら、魔法陣の載った本を小脇に抱え、宿に向かったのだった。

◇◇◇◆◆◆

宿に戻り、イーリアの部屋に入ると、悪い大人にこっそりたばこをせがんでひどい目に遭っていたおてんば領主様は、いくらか体調も戻ったらしい。

竜の肉を囲んで大騒ぎした翌日の朝みたいな顔をして、窓辺の椅子に座って外をぼんやり眺めていた。

そのイーリアがこちらを見て、ため息をつくと、隣の部屋を差し示す。

クルルは帰ってきているらしい。

「あなた、またあの子になんかしたの?」

また、というのは、ノドン追放の際、魔石加工の失敗でクルルを落ち込ませたときの話だろう。

「ええっと……」

どう答えたものかと思いつつ、クルルのことはイーリアが一番よく知っているし、ゲラリオの言うとおり、スラム街でのやり取りはイーリアなら理解してくれるだろう。

ぼそぼそと説明すれば、イーリアはますます呆れていた。

「不思議よね。私もクルルもずっと一緒にいて、見てきたものや経験してきたことはほとんど同じなのに」

「双子でも結構性格は異なるらしいですよ」

イーリアは獣の耳をひくひくさせて、そんなものかと肩をすくめている。

「ただ……あの子はあなたに怒ったんじゃなくて、単にびっくりしたんだと思うけど」

「びっくり?」

イーリアの、やけに湿度の高い目がこちらを見る。

「それでびっくりしたこと自体に、びっくりしたんじゃないかしら。ケンゴやゲラリオが口にしたら、驚かなかったんでしょうけど」

「……」

そういえばゲラリオも驚いていた。

しばし考え、妥当だとは思うのだが若干傷つく結論に至る。

「まったく男として見られてなかったってことですか」

しかもクルルは、そのことにすら気がついていないくらい、こちらを男として見ていなかったわけだ。

そうなると、裸で一緒に寝ていても欠片も照れていなかった理由がわかる。

イーリアは正直で意地悪なので、優しく否定してはくれない。

「おにーちゃんができたと思ってたんでしょ」

見た目からはどちらかというとイーリアのほうが年下なのに、世を拗ねている分、イーリアのほうが大人なところがある。

「あの子は意外に甘えん坊なのよね」

普段はイーリアのほうがぐずぐずなのだが、あれは甘ったれとか、自堕落とかのジャンルだ。

「どうしたらいいと思います?」

たずねると、イーリアは初めて真剣に悩んでいた。

「うーん……なんとなく、しばらく触らないほうがいいと思う」

「仲直りの贈り物も用意したんですけど」

魔法陣の載っている本を見せると、イーリアはへっと笑っていた。

「なんというか、おっきなものをいきなり持たされて戸惑ってる気がするのよね。それにあの子は、なんだかんだ一人で立ち上がれる子だし」

それは確かにと思う。

絶対に諦めないクルルの強さがあったからこそ、自分たちはノドンを倒し、竜だって倒せた。

「あと、あんまり構うと、余計怒る」

妙に頬を膨らませているイーリアに、こう尋ねる。

「経験が?」

イーリアはこちらを向いて、罪を分かち合いたがるような笑みを見せる。

「だって、構いたくならない?」

ぱたぱたする尻尾は、ボールの気配を感じた子犬のよう。

悪い女の子だと思うが、その言い分も理解もできるので、自分は仕方なく部屋に引き上げたのだった。