軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十八話

教会の祭りの催しは、三日後から開始され、一週間ほど続くらしい。

バックス商会からの宴席への誘いは明日の夜だけだが、イーリアは曲がりなりにも領主の座に座る人物だし、今回は教会の船を借りていたこともあってか、教会の催しにも呼ばれている。

となればあれこれの社交も付随してきて、なんだかんだクルルも付き添いで駆り出され、自由な時間は案外に少ないはず。

そこで時間のある今のうちに、自分たちの仕事を片付けることにした。

中でも重要な、ノドンのせいで島にいられなくなった娘たちの救出だ。

「うちは夕刻の鐘が鳴ってからの営業だよ」

扉を開けて中に入れば、ゲラリオが吸っていたたばこに似た、濃い香りが鼻につく。

オストロに場所を聞いてやってきたのは、ロランで最も大きな娼館だった。

「女を買いにきたんじゃない」

クルルが言うと、でっぷり肥えた娼館の女主人が、片目だけ細めた。

「なんだい、うちに働きにきたのかい」

外套で体の輪郭を隠していても、すぐにクルルが少女だとわかったようだ。

クルルは無視して、事前に準備しておいた袋を女主人の前に置く。

「聞きたいことがある」

昔の遊郭では、置屋の女主人のことをやりてババアと呼んだらしいが、まさにそんな名前に相応しい女主人は、ぶふんと鼻を鳴らす。

「どんな田舎貨幣かと思ったが……帝国金貨じゃないか。なにが聞きたい? 姉か妹の行方かい」

話が早い。というか身売りが当たり前にある世界なので、こういう尋ね人もよくいるのだろう。

「ジレーヌ領からきた女の子たちの居場所だ」

女主人は眉を上げ、分厚い肩をすくめる。

「うちは田舎娘を扱っちゃいない。しかもどんくさい商人連中……なんだったか、そう、ノドン。あいつらのお手付きだろう? 来る店を間違えたね」

ノドンはこんなところでも名前を憶えられている。

前の世界換算で十億や二十億の利益を出している商会の主人なら、確かにそれくらいの遊びは可能なのかもしれない。

「あんたは知らないってことか?」

クルルの底冷えする言葉に、女主人は欠片も怯まない。娘たちからの怨嗟の視線には慣れっこだと言わんばかりに。

ただ、クルルの手が懐に延びているのを見て、こちらは一気に緊張した。

魔法はやめてくれ!

「知らないとは言っていない。それに、その目が気に入った」

「……あ?」

「うちで働いたらすぐ人気出るよ。気が強くて一途な子は、いたぶりがいがあるからねえ」

「……」

クルルは死ぬほど嫌そうな顔をしていたが、やや毒気を抜かれて懐から手を離して、こちらもほっとする。

「実際のところ、ジレーヌ領の政変には、うちもちょっと頭が痛いんだよ」

「どういうことだ?」

女主人はクルルを手招きして、耳打ちする。

「うちの店は大きな商会や工房の大旦那が主な客だから、田舎商人たちの相手をさせられていた田舎娘なんか雇えやしない。けど、それはもう少し格下の店でも似たり寄ったりなわけだよ。田舎娘はどうも辛気臭くて、人気が出ないからねえ」

短気なクルルは、核心を言えと睨む。

「要は、ジレーヌ領で稼げなくなった娘っ子がこの町にきても、雇うのは劣悪なところばっかなわけ。するとどうなるかってーと」

「組合に所属していないで、この手の商売を非合法に取り仕切っている人たちがいるんですね?」

この娼館の表には、立派な看板がぶら下がっていた。

魔石加工職人をはじめとして、島中の商人たちとやりあった経緯から、看板を出せるということは必ず組合が存在し、町の中で正当な立場を確保しているのだとあたりがつく。

そしてはぐれ者は、いつだって迷惑な存在なのだ。

「いかにもそうだ。なんだい、あんたのいい奴かい? 身なりはしょぼいが……うーん、まあ悪くない」

女主人がにんまり笑ってクルルに言うと、クルルはへっと鼻を鳴らしていた。

「あんたの見る目は片方しかついてないみたいだな」

「おやおや」

ふたりはそんな会話をしているが、正しいのが半分ならどっちなのだろうかとちょっとドキドキする。

「で、どうだい。この金貨はあんたらに返してやるから、うちの商いの邪魔をするカスどもに一泡吹かせちゃくれないかい。あんた」

と、やりてババアは言った。

「魔法使いだろう?」

「!!」

クルルがぎょっとして後ずさると、女主人はからからと笑った。

「な、なんで……」

「警戒心に満ち満ちているのに、経験が足りてないってのもまた、人気が出るんだがね。まったく惜しいねえ」

クルルは戸惑い、こちらを見やる。

自分はやれやれと思う。

「かまをかけられたんですよ」

「えっ」

「あっははは。よほどの阿呆じゃなければ単身乗り込んできやしないし、そういうのは大抵、本人か後ろの奴が魔法使いだ」

そしてこの女主人の後ろには、性格の悪いゲラリオみたいなのが控えているのかもしれない。

「なあ、本当にうちの店に出る気はないかい?」

悔しそうに顔を赤くしているクルルに向けて、女主人はそう言ったのだった。

◇◇◇◆◆◆

場所が変わると人も変わる、なんてゲラリオは船の上で言ったが、クルルはジレーヌ領にいる時よりも少し子供っぽく見えた。

単に怒って大股に歩いているせいかもしれないが。

「……魔法を使うつもりですか?」

女主人から教えられたのは、町のごろつきが居座るいわゆるスラム街。

どこにも非合法な感じの集団はいるし、そもそもマークスたちだってどちらかといえばそっち側だ。

「話し合いでどうにかなるのか?」

さっきのやり取りでまだ気が立っているのか、クルルが睨んでくるが、こういう時のクルルの判断は、多分正しい。

「難しい、でしょうね」

「なら決まってる」

それはそうなのだが、こちらもクルルの倍は生きている大人だし、元社会人だ。

「提案があります」

「なんの」

「前の世界には、一網打尽、という言葉がありまして」

眉をゆがめたクルルがこちらを見る。

「組織の根城に乗り込んで、派手に魔法をぶっ放すこともできるとは思いますが、そうなると結局一人ずつ女の子たちを探さないとならなくなります。それに町中で魔法を使うと、お咎めがある気がしますし」

自分たちは教会の船に乗ってやってきて、バックス商会からは領主として宴席に招かれている。あんまり荒っぽいことはできない。

「やるなら確実に、効率よく、です」

「……」

クルルはこちらを上目遣いに睨んでいたが、やがてそこから棘が減り、不貞腐れるように目を逸らす。

「……本当にそれで、お前はノドンを倒したものな」

経験からの信頼というやつだ。

けれどこちらに視線を戻したクルルは、やっぱり不服そうだ。

「急に大人みたいな顔をしやがって」

そんなことを言うクルルは子供っぽかったし、妙に可愛く見える。

あの女主人の見る目は確かなのだろうと、こっそり思う。

「社会人らしいところをたまには見せませんと」

しゃかいじん? と小首を傾げるクルルに、自分はネクタイを締めるふりをして、微笑み返しておいた。