軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四十五話

◇◇◇頼信◇◇◇

どれだけ歩いても永遠に続くかと思われた砂浜に、やがてちょっとした人工物が現れた。

人が住んでいるとは思えない小屋だったが、風に流されて座礁した船の退避場だったりするらしい。

流木と海藻を組み合わせて作られていて、本当に危機的な状況でどうにか海風をしのぐという性質のもののようだ。

周囲は見渡す限りに砂浜と荒野が続いているので、難破しても容易に助けを呼ぶことはできない。

下手に動き回るより、ここで助けを待つほうが賢明ということなのだろう。

ただ、その小屋を見ていたクルルの目は、ちょっと厳しかった。

「どうしました?」

たずねると、クルルは華奢な肩をすくめていた。

「かすかに血の匂いがする。海難から逃れてきた者だけが転がり込むわけじゃなさそうだ」

その真意がわからないでいたが、ほどなく理解できた。

随分歩いた後に見えてきたのは、のっぺりとした海岸にぽこんと突き出た人工物。

監視塔だ。

「ようこそ、ヴォーデンの食糧庫へ」

馬を止めたフローネがそう言って、馬を止めた。

「ここからは私を先頭にさせてもらうよ。襲撃者と思われたら厄介なことになる」

その言い方に、漁村というより、なにか軍事施設とかそういう類のものを想起してしまう。

ただ、それが大袈裟ではなかったらしいのは、近づいていく中で明らかになった。

ロランを発って以来、久しく見ていなかった人口密度。

しかもそれらはほとんどすべてが獣人であり、黙々と仕事をこなしていた。

取り扱っているのは、丸々と太った鱈のような魚で、時折、サメのようなものや、巨大なヒラメのような低地魚類なども見えた。

魚影はかなり濃いようで、砂浜に並べられている魚はどれもはち切れんばかりに肥えているし、小魚の類は雑に打ち捨てられ、波に洗われ、無数の海鳥がおこぼれに与っている。

豊かで広大な海なのだと一目でわかるが、この漁場自体は、広大な土地の中で妙にぎゅっと構築されていた。

建物と言えば、砂浜沿いに、小屋が数軒ある程度。

その屋根から伸びた煙突から、白い煙がたなびいている。

波打ち際には、獣人が二人も乗ればいっぱいになりそうな小さな船が、道に迷った子供みたいに並べられている。

奥のほうの砂浜では、老いた獣人たちが網を繕い、その横を若い獣人たちが、巨大な籠を背負って歩いていく。

時折、ぎょっとするほど毛並みの荒れた獣人がいて、どうやら魚の血でそうなっているらしい。

錆び切っていてもはやぼこぼこの板と化した大きな包丁を持って歩く様は、ゲームに出てくるボスキャラのようだが、その場合はきっと不死属性だろう。

誰も彼もが、幽鬼のようにやせ細っている。

そして、それらを見張る、木組みの監視塔の上の人間たち。

建物の軒先に陣取り、あれこれ記帳しているのも人間で、軽く加工された魚を前にやり取りしているのもまた、人間同士。

残りの圧倒的な獣人たちは、口を開かず、ただ吹き続ける潮風や波と同じように、背景となって漁場を行き来していた。

「こういう漁場が、領主の縄張りごとに点々とある感じだよ」

フローネの言葉には、乾いた風のような寒々しさがある。

「……歓迎されていませんね」

馬から降りて腰を伸ばし、改めて漁場の様子に目を凝らしていると、その場の雰囲気がだんだんわかってくる。

「そりゃあそうだ。魚商人でもなくこんなところを訪れるのは、たまには領地を見回ろうという気まぐれの領主様か、奴隷狩りや魚泥棒くらいだからな」

「どれも同じだろ」

潮風が目に染みるのか、不機嫌そうなクルルの言葉に、フローネは小さく笑う。

「言い訳できんね」

漁場の近くには、比較的大きな建物がある。

ただ、建物とはいっても、長い流木をどうにか組み合わせ、そこに油を引いた革をかぶせただけの巨大なテントみたいなもので、おそらくそこが獣人たちの住居なのだろうと思われた。

「ここで生まれ、ここで死ぬ者たちが大半だ」

ふと、フローネが言った。

「言ってしまえば、私のような貴族もまた、生まれた町からほとんど出ずに死ぬ運命ではあるけれどもね」

しかしそこにはあまりにも大きな差がある。

フローネの沈黙は、そのことを示していた。

ここには希望も展望もなにもない。

ある日別の土地から連れてこられ、ここに放り込まれたら、もう出られない。

昨晩軒を借りた集落から、道らしい道はなかったし、なんの目印もなかった。

もちろん人家もなく、フローネたちでさえ、適当に北を目指していた。

けれど多分、それはわざとそうなっているのだ。

獣人たちが逃げ出しても、野垂れ死ぬように。

あるいはそう思わせるために。

この海を離れたところで、なんの希望もないと思わせるために。

「あんたは、この世界を変えられると言うのかい?」

潮風に、フローネの長い髪の毛が揺れる。

こちらに向けられる視線は、どこか怒っているようにも見えた。

それはこちらの楽観を諫めるようにも、野心を抱いて帝国中央から降ってきたかつての少女が、無力感に直面したのを思い出したようでもあった。

自分には健吾のように、事業を立ち上げた実務経験などない。

けれど、机上の空論をこね回すのは得意らしい。

フローネの問いには答えず、漁場の作業場から出てきた人たちを見やった。

「お話が聞けそうですね。仲介、よろしくお願いします」

交渉に向かっていたフローネの部下が、漁場の人間らしい人物とこちらに向かっていた。