軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四十六話

男たちの服はお世辞にも仕立てが良いとは言えず、苦しい生活がうかがえた。

肌は赤銅色に灼け、顔の皺も深いせいで、若いのか年寄りなのかわかりにくい。

「この漁場はザーボロ伯爵領有であり、閣下は見渡す限りの海を支配していらっしゃる。その高貴なる漁場に何用か?」

伯爵、という単語に驚いていれば、フローネから耳打ちされた。

伯爵だのなんだのは帝国中央部の制度を勝手に真似しているだけらしく、属州にそんな爵位はないらしい。

そういう空っぽの見栄が役に立つほど、ヴォーデンという土地は支配権が脆弱なのだ。

「まさに偉大なるザーボロ伯爵の魚に用があってね。こちらの御仁が、遠路はるばる南からやってきて、魚の買い付けを希望しているんだよ」

彼らの大見得をあっさりかわし、フローネがそんな風にこちらのことを紹介する。

すると目にどん欲な火を灯しかけていた男たちは、すぐに怪訝そうになる。

「南というと、アズリア属州の?」

「まさか奴隷を盗む下見ではあるまいな?」

ジレーヌ領の噂を耳にした奴隷たちが、こぞって南に逃げている。

自分は努めて顔に出ないようにしていたが、斜め後ろではクルルが足の配置を変えている。

そこに、フローネが言った。

「我がハーティック家の名誉にかけて、この者たちはその騒動と無関係と誓おう」

フローネが余りに堂々と言い放ったので、自分でさえそんな気がしてくる。

この手の芸当は自分にはできないことだ。

「それに見たまえ、この獣人たちの見事さを。どれだけ手塩をかけて管理しているか、わかろうというものだろう?」

この場にいるのがドドルだったら、ひと悶着あったかもしれない。

けれど傍で控えているのは如才ないバダダムに、この世の終わりでも平静を保っていそうなゼゼクなので、言外に奴隷だと言われてもまったく意に介していなかった。

「ううむ。確かに、確かに」

「これは血統が違うのか? ラバク産の獣は体格が良いとも聞くが」

男たちはしげしげとバダダムやゼゼクを見て、唸る。

「枷もなしとは。よほど躾けられているようだ」

「しかし危険ではないか? 突如暴れたらどうするのだ」

「なあに。彼我の立場をきちんと弁えれば、枷も鞭も必要ない。長旅でも文句ひとつ口にしないのだから、私も舌を巻いたものだ」

フローネの家系は、毎回商いでやり過ぎて、失敗してきた家らしい。

ノドンをさらに洗練させたような舌先三寸の語り口は、お家芸というところか。

今のところは頼もしさが優先しているのだが、苦笑いしそうになる。

「ふうむ。だが領主フローネよ」

男は、フローネに領主という敬称をつける。

アマクを連れてこなかったのは、この辺が理由かもしれない。

「ゾノフスには我が漁場からも多く魚を卸している。それとはまた別に魚を買い付けたいということか?」

「いかにも。ただし、遠方故に塩漬けや燻製にしたいらしくてね。その加工に適した魚かどうかや、漁場の規模も知りたいというので、連れてきたんだよ」

フローネの言葉に、ふんふんとうなずいていた男たちが、すぐに顔をしかめた。

「なぜ漁場の仔細まで?」

ヴォーデン属州のような土地では、誰かの得とは、誰かの損。

奪い、奪われが当たり前なために、疑う癖が染みついているようだ。

フローネがなにか言うより前に、自分が進み出た。

「大量に買い付けたいからです」

男たちがこちらを見て、眉を八の字にしていた。

「なに?」

「我々の領地では、たくさんの獣人を働かせています。大量の食糧が必要なので、魚はあればあるだけ嬉しいのです。けれど遠方の地のことですし、わずかな量を、あちらこちらから買い集めるような手間は取りたくありません。私が取引を求めるのは……そう、ヴォーデン随一と誉れ高いような漁場なのです」

斜め後ろにいるクルルから、衣擦れの音がした。

顔を隠すフードの下で、笑っていたのだろう。

まだまだこの世界に慣れない自分だが、多少は学んだことがある。

この世界の男たちの弱点は、名誉だ。

「ほっ、これはこれは! ザーボロ伯爵の海がどれほど肥沃かご存じないと思われる! 漁の最盛期には海の上を歩いて渡れるほどに魚が密集すると言われても、まあ、信じられないかもしれませんがな!」

胸を反らし、無知を憐れむように語ってくれるが、こちらの思うつぼだ。

交渉で最も困るのは嘘を語られることではなく、取り付く島もないことだから。

「船の加工技術もヴォーデンに並ぶ者なし! かつての帝国との戦いでは、波に紛れて船が海を渡り、帝国の軍勢を散々に海から弓で射かけたものですとも!」

魔法、と言わないあたりに、妙な現実味がある。

きっと陸戦では歯が立たず、海から牽制するくらいしか方法がなかったのだろう。

「この漁場を越えるようなものは、この砂浜を太陽の昇るところから沈むところまで歩いたとしても、見つからんでしょうな!」

プライドを刺激された彼らの言葉に平身低頭しながら、その言葉尻を掴まえる。

「ということは、この漁場こそ私が見るべき場所のようです。詳しく……見学させていただいても?」

「もちろん! 伯爵様の威光を、その目で存分にご覧になられたらよろしい!」

自分は小物の商人よろしくへこへこしておいたし、小物の演技にかけてはジレーヌ随一のリアリティのはず。

フローネはそんなこちらを見て、しばしなんとも言えない苦笑いを噛み潰しながら、ため息をついたのだった。