作品タイトル不明
第二百四十一話
◇◇◇ヨークン◇◇◇
ナニモノなのだ、と相棒のゼゼクは何度も言った。
ヨークンも同じ気持ちで、頼信のことを観察していた。
ゲラリオは馬鹿じゃないが情に厚すぎるので、騙されていないにしても、妙な肩入れをしている可能性がある。
ただ、ジレーヌ領で頼信を見ている感じ、腹芸ができそうな奴ではないとわかった。
ではなにかと言われたら、ヨークンも語彙を持たなかったのだが。
なので今回の旅は良い機会になるだろうと思っていたら、ヴォーデンの田舎領主がいいことを言った。
得体が知れない。
そう。
奴の言ってることはわかるが、背景がわからな過ぎる。
本人はいつも自信がなさそうなのに、その思考の背後にあるナニカには、絶対の信頼を寄せている感じがある。
その感じがいかにも不気味だし、そのせいでどう付き合うのが正解なのかがわからなくなる。
背後に控えているナニカが、どこかの大貴族とか強欲とかならまだ話は分かる。
だが、頼信の場合はそうではない。
ヨークンたちにはうかがい知れぬ異界のナニカ。
頼信の言によれば、カガクというものであり、それはどう見ても信仰にそっくりなのだ。
そのカガクとやらが崇める御神体が、見るもおぞましい邪神ではないと、どうして言えるだろう?
さすがにそれは冗談にしても、頼信が突如として異界の知識を語りだす様子には、精巧な操り人形を見た時に似た不気味さがある。
心を持たない人形が笑顔であればあるほど、不気味に見える、あれ。
ただ、その点を除けば人畜無害そうなので判断に迷っていたところ、思わぬ変化があった。
大宰相殿はフローネから面と向かって得体が知れないと言われて、思うところがあったらしい。
割り当てられた部屋にクルルと入り、なにか話していたかと思いきや、突如フローネのところに押しかけた。
ゼゼクから知らせを受けて、ヨークンも聞き耳を立てに言ったが、早口であれこれまくしたてた頼信の語り口は、いかにも商人そっくりだった。
しかし利益だとかなんとかの話をしているのに、その内容と規模というのは、まるっきり大合戦のための兵糧を手配しているようにしか聞こえなかった。
あんな間抜け面の下でそんな大それたことを考えていたのかと、中庭の壁沿いに身を置いて盗み聞きしながら、驚くほかない。
しかも誇大妄想のように聞こえつつ、妙な現実味があるのだからなおさらだ。
特に頼信は、ヨークンがずっと懸念していたことについて、フローネから質問されていたが、怯まずに答えたのだ。
魚の加工でも石炭の採掘でもなんでもいいが、遠く離れたヴォーデンの地で誰かに仕事を任せるなんて、楽観的すぎやしないかとヨークンは思っていた。
貴族というのは基本的に自己の利益しか考えず、忠誠心というやつはそれしか売り物を持たない下層の民が差し出すものと相場が決まっている。
結果として頼信の計画はフローネに勝手に利用され、ろくな儲けなど残るまいと思っていたのだが、大宰相はこのことをまったく異なる視点から考えていた。
この計画を利用して、肥え太ってくれて構わないのだと。
分け前をより多く得ることだけが目的なら、小さなパンから大きくとるよりも、でかいパンから小さくとったほうがいいのだからと。
ヨークンが唇を釣り上げてしまうのは、知った風な口を利くじゃないか、と悔しくなるからだった。
頼信の寛大さは、かえってフローネの足かせになるはずだった。
頼信の言うとおり、あの商人貴族がうまく交易を我が物とすれば、大儲けできる。
だが、稼げば稼ぐほど、フローネにとっては失うものが大きくなることをも意味している。
忘れてはならないのは、頼信の率いる一隊は、ヴォーデンの宮廷魔法使いを含む五人の魔法使いを一瞬で返り討ちにしていることだった。
クルルはきちんとそこを理解しているから、一言釘を刺していた。
こうなると、たんとお食べと優しい顔をして餌を差し出すのが、肉切包丁を手にした肉屋でない保証はどこにもない。
フローネとしては、ある日自分が脂ののった食材にならないよう、注意しなければならなくなる。
これは、新たな支配者がやってきて、これからはこれだけ貢ぎ物をしろと迫ってくるのとはわけが違う状況だった。
そういう支配者はどこにでもいるから、支配される側にも対応のしようがある。
散々言い訳をして数字を誤魔化すとか、渋々とでもその義務を果たすでもなんでもいいが、踏み越えてはならない線というのがよく見えている。
しかし頼信の場合は、そうではない。
好き勝手に肥え太ってくれて構わないという信用は、ほとんど呪いに近い。
目の前にある利益を好きにとって構わないと言われているが、踏み越えてならない境界線はぼやけてしまうのだから。
それは厳しい監視をするよりも、よほど効果的なはずだった。
あの頼信の締まりのない顔は、仮面なのだろうか?
ヨークンは腕を組み、じっと考えるが、わからない。
自分の長年の勘を信じるのであれば、頼信は本当に、間抜けなのだから。
『オマエはどう思うのだ?』
よほど考え込んでいたらしい。
相棒のゼゼクの言葉で、はっと我に返った。
「……なんだ?」
常在戦場なんて気を張っていたのはもう何年も前のことだが、ぼうっとしているのが珍しかったのだろう。
ゼゼクは目をしばたかせてから、ごつい肩をすくめた。
『オマエがそれほど考え込むのは、ラザン戦役以来か』
ヨークンは笑いかけ、顔をしかめた。
腰抜け貴族が指揮を執っていたせいで、ひどい目に遭った戦いだ。
朝令暮改は当たり前。あっちに味方し、こっちを裏切りと、誰が敵で誰が味方かわからなくなり、ひどい目に遭った。
「で、なんだって?」
『フローネとかいうオンナの問いと同じだ。オマエは奴隷交易のことをどう思っているのだ』
長年の相棒が、じっとヨークンのことを見つめていたのだった。