作品タイトル不明
第二百四十話
可能なら、すべてを自分でやりたい気持ちというのは、当然ある。
けれどその気持ちというのは、地図を眺めて資源地を線でつなぐような、ゲーム感覚に近い。
ジレーヌで健吾とも少し話したが、具体的な手順となるとたちまちあやふやになる。
実際の人の動かし方や、管理の仕方など、素人もいいところなのだから。
しかも予想外の問題が必ず起こり、利害の対立する相手との神経をすり減らす交渉もさばかなければならない。そこには知力や人間力だけでなく、純粋な体力だって必要となる。
となれば、どう考えてもその道のプロである健吾をここに派遣したほうがいい。
そしてその健吾でも手が回らないだろう細かいことや、特に地元の慣習やらが絡むことは、地元民として熟知しているフローネに頼るべき。
自分の仕事とは、必要な物をジレーヌ領から適宜送り届けられるよう、準備をしておくことだろう。
ただ、こちらを見るフローネの目は、また、あの時に見せたものに戻っていた。
得体のしれないモノを見るような、利益を信じたい誘惑と、その話を迂闊に信じてはいけないという気持ちが戦うような、揺れ動く目だ。
けれどなにか思い直したのか、フローネは半笑いに言った。
「やっぱりわからんね」
「どこが……わかりませんでした?」
説明なら、クルルを相手に慣れている。
身を乗り出したところ、フローネはくつくつと笑った。
「真っ先に気になるのは、よく知りもしない私にこんなに大きな計画を任せたら、隠れて暴利をむさぼるとは思わないのかってことだよ」
テーブルにだらしなく肘をついてあくびをしていたクルルの耳が、ぴんと立った。
ここはジレーヌ領から遠く離れた場所で、フローネは領主であるアマクを文字どおりに子供扱いしている。
健吾を派遣したところで、不正をしようと思えば、いくらでもやれるだろう。
それはこちらの取り分が減ることを意味している。
そしてこの世界の人々はしたたかだから、きっとやるだろう。
しかし、だ。
自分自身は間抜けのお人好しだろうが、生きていたのは強欲を善とする資本主義の極みに達したような世界なのだ。
「儲け」という概念について、この世界の人たちとは違う考えがある。
「小さなパンの、大きな欠片を巡る話です」
「なに?」
転職を考えた時、ありがちな例として起業の本も読んだりした。
そこで時折出くわす、創業した会社が成長してきた時に外部の資本を入れるかどうかの話に、童話のような良い話があった。
「小さなパンを無理に独占するより、巨大なパンをみんなと共有して、その欠片を得るほうが圧倒的に楽だし得だという話です」
ある会社の百パーセントの株を持っていれば、会社の儲けはすべて自分のもの。
でも、それだと規模を拡大するための資金が限られるから、会社を大きくするのに時間がかかる。まごついているうちにライバルが現れ、チャンスを逃がしてしまうかもしれない。
でも、株をある程度売って外部から資金を調達し、その資金を利用して一気に市場を支配したとしたら?
そういう時、会社は本当に大きくなる。
百倍、千倍になるのなら、持ち分が半分や、なんなら十分の一になったってお釣りがくる。
ついでに、儲けを誰にも渡さない強欲とみられずに済むおまけつき。
みんなで金持ちになって、楽しいパーティーの始まりだ。
ただ、それをこの世界の人たちにどうやってうまく説明しようかと言葉を考えていたら、それまで暇そうに話を聞いていたクルルが口を開いた。
「言っとくが、私とそいつは、ジレーヌ領を支配していた悪徳商人を島から蹴りだすことで、領主の支配権を取り戻した。つまり」
腕を組んだクルルが、不敵に笑う。
「金貨を溜めこもうとするやつの相手は初めてじゃない。あと、コイツのお人好し加減は本当だが、私はそうじゃないってことを忘れるなよ」
だいぶ盛っているが、そもそも銀行制度もろくにないこの世界で、資産を隠すのは難しいというのも事実だ。
抜き打ちで金蔵を暴けばいいのだし、こちらには罰を与えられるだけの魔法がある。
「あんたらもその辺は経験済みってわけだ」
フローネの言葉に、クルルはちょっと牙を見せる。
「も?」
「うちは業の深い家系でね。祖父は戦の最中に敵側に魔石を売っているのがばれて縛り首。父は残された家名だけを頼りに商いで成り上がって、最後は帝国宮廷の政商になろうと賄賂合戦をして、度を越した廉で牢屋行きさ」
自分とクルルは、つい顔を見合わせてしまう。
「私は当時まだ若かったし、女の身だからね。まさか父の商いの右腕だったとは思われなかった。おかげで父の隠し財産を守り通せたけど、帝国では目を付けられていた。恭順の意を示す意味もあって、この辺境の地に輿入れした。父や祖父のようにやりすぎまいと、心に誓いながらね」
クルルだけでなく、自分もだいぶ驚いたが、この屋敷が帝国様式だったり、帝国の旗が飾られていたりすることが、なんとなく腑に落ちた。
それに、貴族というより商人なのだ、という息子の評。
とんでもない。
フローネはそもそも、貴族というより商人だったのだ。
それも、だいぶノドン寄りの。
「けどまあ、まさかこの土地が商いととことん相性が悪いだなんてね。そこまでは世間知らずの娘っ子には見抜けなかったってわけだ」
そう言ってからから笑うフローネを見て、どうしてフローネがヴォーデンの宮廷で冷遇されているのか、わかるような気がした。
ヴォーデンの王族であるルザード家からしたら、帝国中央から没落してきた貴族の娘は、ちょっとしたトロフィーかなにかに見えたことだろう。
どれどれ物珍しいじゃないかと娶ってみたら、とんだ暴れ馬だと判明した。
アマクを見るに、このフローネもきちんと着飾ったらかなり見栄えがするはずだ。
ましてや若い頃なら、それこそ不幸な運命に翻弄される、哀れな深窓の令嬢に見えただろう。
というかこのフローネなら、わざとそう見えるようにしていたって驚かない。
商人が商品を見栄えよくラッピングするのは、当然のことなのだから。
「でもまあ私なりに帝都の商いで学んだ方法で、このゾノフスの町を大きくしてきた。アマクはちょっと頼りないが、真面目だから私がいなくなっても領地は大きく崩れないだろう。そう考えると、今のこの町の大きさが私の器の大きさか、なんて思ってたもんだけど」
フローネはしみじみと言った。
「そこにまさか、こんな話がやってくるなんてね」
資源に乏しく、誰かの儲けは誰かの損と思い込む領主たちばかりでは、投資をして生産を増やそうなんて考えが芽生えるはずもない。部族長の会議の場で、焚火に近い席順を巡って青筋立てて揉めるというのだから相当だ。
フローネはそんな土地の中で、あちこちの特産品を調べ、どうにか商いを繋げられないかと、食堂に地図を貼っていた。
そんなフローネと真面目なアマクの食事風景がどんなものか、想像するとちょっと苦い笑みになってしまう。
でも、フローネの顔は、まるで燃えるような笑顔だった。
「巨大なパンだっけ?」
こちらに向けられたのは、一筋縄ではいかない女商人の顔。
「せいぜい、でっかくしようじゃないか」
自分は背筋を伸ばして答える。
「ぜひ」
するとフローネはまた笑い、ふうと息を吐いて、壁に貼られた紙の一点を指差した。
「けど、これはどうするんだい。でかいパンを焼きたいなら、それなりの火力が必要だよ」
そこには、労働力確保の文字と、奴隷の解放とあった。