作品タイトル不明
第二百三十三話
第四王子は固唾を呑むと、青白い顔のまま、ぐっと胸を張って背筋を伸ばした。
せめて家名に恥じぬ振る舞いを、というところだろうか。
けれど自分たちが歩を向けた途端、明らかに泣きそうに口元をわなわなさせ始めていたので、悪人になった気分だ。
なるべく威圧感を減らそうと、途中で自分も椅子を借り、アマクの前に腰を下ろす。
目線の高さを合わせるのは、子供とかに対応する時の基本だと聞いた。
「アマク第四王子、で間違いありませんか?」
自分の問いかけに、相手は深呼吸をするかのように、うなずいた。
「頼信、タカハシ・ヨリノブと言います」
名乗り、手を差し出すと、その手とこちらの顔とで視線を三往復させた王子は、こちらの両脇に助けを乞うような視線を向けていた。
両脇に控えるのは、クルルとヨークンという二人の魔法使い。
見たこともない魔法戦術で圧倒されたばかりのアマクは、ふたりの魔法使いにうなずかれると、慌てて手を握り返してきた。
「ア、マク、アマク・ハーティック・ルザード……だ、が」
アマクはコールより年上な気がするが、髪の毛が緩やかなウェーブのかかった栗色で、なにより肌が綺麗なために若く見えた。
母親が帝国中央の没落貴族というから、雅な遺伝子を受け継いでいるのだろう。
運命に翻弄され、属州にまでやってきた深窓の貴族の娘の姿が、アマクの向こうにちらついてしまう。
この行軍を実現させるため、アマクは母親の宝石まで売り払う羽目になったとか。
自分はそれらの情報が合わさって、すっかり気持ちとしてはアマクの味方だった。
「まず、皆さんの命は必ず保障します」
この手のやり取りは、ロランを討ち取った時に経験している。
とりあえず相手が気にしているであろうことを、話していく。
「それから身代金を取るつもりもありません。もちろん皆さんの馬匹も返還いたします。ただ、一般の兵と獣人の皆さんは、しばらくロランで待機してもらうことになりそうですが」
ヴォーデンに向かうにしても、ぞろぞろ敗残兵を連れていれば目立つ。
それに少なくない獣人たちが、歩かせるより休ませるべき状態だった。
連れていくのは冒険者たちと、このアマクだけで十分だ。
「そ、れは……」
「それと」
質問を遮るように述べると、アマクの口にきゅっと力がこもる。
「こちらにはヴォーデン属州に対して要求したいことがあります。そのためにアマク王子の知恵と、お力添えをいただきたいのです」
「……」
アマクは一瞬視線を落とすと、引きつる喉の奥から懸命に声を絞り出した。
「わ、わた、私がその役に立てれば……他の者を見逃してくれる……と?」
いえそうではなく、と言いかけた時のこと。
「そうだ」
クルルが短く言った。
放っておいたらまた甘いことを言う、とでも思われたのだろう。
あまり怖がらせるのはよくないと思ったが、自分からあえて訂正はしなかった。
「我々としては、ヴォーデン属州の奴隷交易を停止したいと考えています」
「は?」
間抜けな声を上げたのは、完全に無意識だったらしい。
アマク自身、それに気が付いて慌てていた。
「あ、いや……だ、だが、奴隷交易は……その」
「なんだ、はっきり言え」
じれったそうなクルルのそれは、演技ではなく本当にじれったいのだろう。
おかげでアマクはより一層身の危険を感じたようで、追い立てられる哀れな小鹿みたいに話し出す。
「た、たくさんの者たちが、交易にた、携わっている。それは我が属州だけでは、ないだろう? そ、そなたらアズリア属州だって、奴隷交易は大事な……」
とまで言った時だった。
「そ、そうか、そなたらが、そなたらが……噂になっていた、ジレーヌ領の――」
ヴォーデン属州の奴隷獣人たちは、ジレーヌ領という獣人たちに優しい土地があるという噂を聞いて、逃亡を決意したらしい。
けれどヴォーデン属州の人からすれば、どこにあるかも知らないような謎の土地だろう。
「い、一体、そなたらはなんのために、そんなことを……」
心底困惑しきっている様子から、獣人たちのためにという発想は、根底から存在しないのだとうかがえる。
この世界の人々は、神から授けられた魔法を使い、獣人たちからこの世界の支配権を取り戻したということになっている。
古来より、人が獣人を支配するのは決まりきったことなのだ。
「そ、そなたらは帝国の法に逆らおうというのか? 獣人たちを集めて、人の世に、は、反乱を起こすとでも――」
「アマク王子」
自分がその名を呼ぶと、目がぐるぐるしはじめていたアマク王子は、ぴたりと口をつぐんだ。
「我々の領主様は獣人の血を引かれていますが、完全なる獣人ではありません」
クルルが斜め後ろでなにか言いたそうな気配を立ち昇らせていたが、気がつかない振りをする。
「それに我々としても、獣人の皆さんに引き続き働いてもらいたいのは同じなのです」
「……」
アマクは口を何度かパクパクさせてから、黙り込む。
「アマク様。我々は、我々の領主様の意向によって、苦しんでいる奴隷獣人の皆さんをどうにかしたいのです。しかしすべてをいきなりなくすのは難しいだろうことも、承知しています。特に、ヴォーデン属州の皆様は、奴隷交易の収入にかなり頼っているはずですから」
「……」
アマクの眉毛が、筆で描いたみたいに八の字になった。
話の向かう先がまったくわからない、という顔だ。
「簡単に言うと、我々はヴォーデン属州と交易をしたいのです。その交易が奴隷獣人交易よりも儲かるのであれば、奴隷取引は順次停止しても問題ない。違いますか?」
「へ? それ、は……」
アマクはぼんやり呟き、それからびっくりしたように頭を振った。
「い、いや、いやいや! ヨ、ヨリノウ殿!」
「頼信です」
「し、失敬、ヨリノブ殿。それは、無理な話だ」
「無理?」
アマクは泣きそうな顔になって、こちらだけでなく、自分の両脇に控えているクルルとヨークンのことも縋るように見る。
「む、無理だとも! 我が属州に交易できるような品などないのだ。あればすでにやっているのだから!」
貴重な資源を奪われたくないのでしらを切っている、という感じではない。
見た目にも真面目そうな王子だから、領地の運営のために日々頭をひねっているのかもしれない。
「ですが、ヴォーデン属州の北辺は長い海岸線で、脂の乗った魚がたくさん獲れると聞きました」
「え? さ、魚は、まあ……ですが……」
「あと、沖合に小島がありませんか? 海鳥が営巣していて、糞だらけの」
「海鳥……?」
アマクはそれがなにかの隠語だと思ったようで、助けを求めるような目をクルルとヨークンに向けていた。
あくびをしていたヨークンが、見かねたように答える。
「そのままの意味だよ、王子様。うちの大宰相様は、変なものを集めるのが好きなんだ。海に浮かぶ小島に降り積もった海鳥の糞と、それから地面から出てくる燃える石をお探しだ」
「燃える石……石炭のこと、か?」
「はい。軽く調べた感じだと、ヴォーデン属州にはどちらも存在すると」
「……」
アマクは相変わらず困惑しっぱなしだったが、おずおずとうなずいた。
「ある、には、あるが……」
第四王子は、信じられないといった顔で、聞きなおす。
「そんな、ものをなぜ? 海鳥の糞……? いや、石炭だって、薪を買えぬ者たちが仕方なく煮炊きに使うものでは? このヴォーデンで、それらを喜んで買う者などいないが……」
石炭には硫黄などの不純物が含まれるから、そのまま焼くとひどい煙がでる。
生活に用いようとすれば、確かに木材よりも劣る燃料だ。
けれど自分たちは、それを工業に用いたい。
「ぜひ、買いたいのです」
満面の笑みで答えると、アマクはようやく、これが冗談ではないと理解できたらしかった。