作品タイトル不明
第二百三十二話
◇◇◇頼信◇◇◇
ヴォーデン側の兵を拘束した後、ロランの兵や行政官たちに一人ずつ身分を確かめてもらった。
身分の高い者は拘束を解いて、それ相応の対応をするのは、前の世界と同じ。
また、敵側の冒険者たちには、ヨークンが話をしていた。
ヴォーデンの情報を集めるのと同時に、リクルートだ。
彼らは金で雇われているだけだろうから、素行が悪くなさそうならヴォーデン属州側で開発事業を立ち上げる際、護衛などの仕事を請け負ってくれるかもしれない。
そんな中、望外のと言うべきか、敵側に大物がいた。
ヴォーデン属州を治める王家の、第四王子だという。
「そいつの命と引き換えにと迫れば、大抵の話は通るんじゃないのか?」
クルルの乱暴な一言だが、諫めるのもちょっと難しかった。
なにせヴォーデン側は、魔法使いを五人も引き連れて州境を越えている。
話し合いのためと言い張るには難しい布陣であり、それだけ強気に出たのだから返り討ちにあえば同じことをされても仕方がない。
そういう発想は、別にクルルだけの過激なものではない。
おまけに敵側の雇われ冒険者たちの話では、ヴォーデン側に残っている魔法使いの数などたかがしれていて、しかも属州のあちこちに散らばっているから、王家に攻め込んでも大した反撃などないだろうということだった。
ヴォーデン側はこの行軍自体、かなり無理をしてかき集めているはずだと。
第四王子は領民に臨時の税をかけ、それでも足りずに母親の宝石を売り払ってようやく、冒険者たちを集めたらしい。
その第四王子もまた、母親が帝国中央から厄介払いされてきた没落貴族であり、宮廷内での地位が低いようだ。
おかげで王子は、この行軍を半ば押し付けられる形で引き受けざるを得なかったのでは、という話だった。
なんなら宮廷魔法使いルベールの野心に利用され、巻き込まれただけではないかと話す冒険者もいた。
第四王子の領地はヴォーデンの中でもかなり裕福なほうで、統治が安定し、領民からの評判もよいという。
定期市の護衛に呼ばれたことがある者の話では、居心地のいいところだったし、奴隷獣人の扱いもだいぶまともだったから、ルベールのような奴と喜んで手を組んだとは思えないと。
その宮廷魔法使いルベールだが、バダダムが倒した時には、輿に乗っていたらしい。
四人のやせ細った獣人たちに担がせたもので、その輿を担いでいたという獣人たちの様子は、自分も見た。
不必要なほど大きな手枷足枷をつけられ、口輪まで嵌められていた。
そして、病的なほどにやせ細っていた。
一般の兵と共に兵糧などを運んでいた他の獣人たちも似たり寄ったりで、今はバダダムたちが手枷足枷を外し、怪我をしている者は治療し、他の者には食事を食べさせていた。
冒険者たちが協力的になんでも話してくれるのは、負けて命乞いをしているとか、雇われ兵だから忠誠がないとかではなく、傷ついた獣人たちを手厚く扱っているからだろうというのは、彼らの視線の動きでわかっていた。
ゲラリオよりさらに抜け目ないタイプのヨークンは、明らかにそれを意識して、なにより先にヴォーデン側の獣人たちの手枷を外していたくらいだ。
やらない善よりやる偽善、はまたちょっと意味合いが違うだろうが、とにかく効果はある。
それに、なんとなくヴォーデン側の事情も見えてきた。
「大宰相。宮廷魔法使いのほうは、ありゃ駄目だな」
忙しく立ち回っているヨークンが、頼信とクルルのもとにやってくる。
「駄目?」
「心が折れちまってる。まともに会話にならん。バダダムの野郎が脅かし過ぎたせいかもしらんが……ずっとうわごとを言ってる」
そこに鼻を鳴らしたのは、腰に両手を当てて忌々しそうな顔のクルルだ。
「あの魔法使いは、元々は帝都の魔法使いだったのが、素行が悪すぎて中央から追い出されたという話だ。おまけに冒険者稼業の中で、前衛の獣人を見捨てて逃げたのが原因で、冒険者もやれなくなったんだと。いい気味だ」
ヴォーデン側の冒険者たちは、ルベールという名の宮廷魔法使いの背景にも詳しかった。
冒険者の世界はさほど広くないらしい。
「ああ、なるほどな。なら、今あいつを苦しめてるのは過去の亡霊か」
ヨークンの視線の先では、ただひとり、手足を拘束されて横になっているルベールがいる。
会話をするまでもなくろくでもない奴、ということで評価が一致していたが、それはヴォーデン側の者たちの間でもそうだった。
「第四王子のほうは、びっくりするほどまともだ。冒険者たちの話じゃ、ルベールに利用されてるかもってことだったろ。俺はそれに賛成するね」
第四王子はアマクという名前だそうだ。今は椅子に座り、落馬の際に額を負傷したようで、痛々しく包帯を巻いた姿で、呆けたように背中を丸めていた。
「荷運びの獣人たちも、王子殿の領地から寄こされてる奴らは状態がまともだ」
ヨークンの言い方には、もちろん含みがある。
ルベールが使役していたと思しき獣人たちは、おそらく栄養失調で爪が抜け落ち、歯のない者たちも少なくなかったのだから。
「ヨリノブ」
その名を呼ぶのは、クルルだ。
緑色の瞳に静かな怒りを湛え、尻尾を神経質にうねらせている。
捕らえた捕虜たちの話を聞くだに、ヴォーデン属州の王家はろくでもなさそうだった。
帝国中央の魔法使いというのは選民思想の塊であり、そんな彼らの中でさえ鼻つまみ者になるほど素行の悪い人物を、重用していた。
いきなり魔法使いを五人も引き連れて州境を越えてくるような傲慢さも、そういうところからきているのだろう。
とはいえロランも当初は大体こんな感じだったので、それがデフォルトなのだ。
武力がそのまま権力につながるような世界では、どうしてもそういう人たちが権力の座につきやすい。
「第四王子にお話を聞きましょう。自分たちの目的は、征服ではなく、協力ですから」
クルルはじっとこちらを見た後、そっぽを向く。
ヨークンに意見を聞こうと視線を向ければ、肩をすくめられた。
指揮官はあんただ、というところか。
自分が第四王子を見やると、捕食者の気配に気づいた小鹿みたいに、王子がこちらを見たのだった。