軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百三十一話

呆気に取られるヨークンに、ゲラリオさえ、煽ることを忘れて半笑いになっていた。

こんなに簡単に、あの最強の戦術が破れるだなんて。

しかもそれは、前代未聞の大魔法とか、そういうものを使ったのではない。

普通の魔法使いなら、弱すぎて戦場ではまず使わない魔法によって破られたのだ。

魔(・) 法(・) で(・) 付(・) け(・) た(・) 火(・) は(・) 死(・) 神(・) の(・) 口(・) で(・) は(・) 消(・) せ(・) な(・) い(・) し(・) 、(・) 生(・) み(・) 出(・) さ(・) れ(・) た(・) 熱(・) ま(・) で(・) は(・) 消(・) し(・) き(・) れ(・) な(・) い(・) 。(・)

魔法は炎という状態を生み出し、死神の口はその変化だけを潰す。

頼信はその事実から、あっという間にこう導き出した。

ならば魔法で生み出された後の光もまた、死神の口で消すことはできないのでは? と。

しかも、頼信が言うには、炎や氷や風に対し、光は特別なのだという。

それで初めて気がついたが、炎や氷魔法には方向性を持たせる基礎魔法陣が組み込まれているのに、光魔法にはない。

「デンジハは一度生み出せば、勝手に、しかも永遠に飛んでいくので」とかなんとか言っていた。

ジッケンでは、ヨークンたちとクルルが相対し、死神の口を展開するクルルの十分離れた背後から、ゲラリオが光魔法を放つという格好だった。

今までの死神の口の理解なら、光魔法はヨークンに届かない。

けれど。

圧倒的な光を背に受けたクルルとバダダムが、襲い掛かってきたのだ。

ゼゼクがいかに健闘しようと、目隠しをして戦うようなもの。

勝敗は一瞬で決した。

クルルの背後から届く光は死神の口の影響を受けず、もちろん死神の口もまた、きちんと機能した。

頼信の語る理屈なんててんでわからないが、とにかくヨークンの目の前には、動かせない事実があった。

死神の口を開くクルルの後ろから、ゲラリオが放った光魔法がこちらの視界を塗りつぶしたこと。

それから、クルルの死神の口が機能したこと。

それで十分だった。

死神の口戦術は、漫然と用いていては、万能ではない。

そう納得した時には、模擬戦で負けたヨークンの目の前で、クルルが曖昧に笑っていた。

きっと頼信の策があっさり実現して、喜べばいいのかどうか、わからなかったのだろう。

クルルのそんな顔を見て、ヨークンはもちろん笑わなかった。

大丈夫。みんな気持ちは同じだと。

頼信というのは、神の御託宣を聞くことができると主張する祈祷師や、獣人社会にいる呪術師の連中みたいなものなのだろうかと思った。

理不尽な運不運で生死が分かたれる戦場には、その手の連中が少なくない。

信仰心に篤い冒険者たちを目当てに、我こそは全知全能なりと声高に主張する者がいる。

けれど、頼信はそういうのとは根底から違っていた。

言っていることが正しいかどうか、という意味ではない。

決定的に違うのは、常に思い付きが正しいかどうかを確かめようとするところだ。

頼信はそれを、カガク的な態度、と言っていた。

発言は奇妙で、物腰もふにゃふにゃだが、その常に思い付きを確かめようとする姿勢からは、なにか言いようのない、芯のようなものが感じられた。

その優男の向こうに、得体のしれない巨大なものが見えるのだ。

カガク。

それは一体、なんだ?

そしてこの男は、一体何者なのだ?

光を効率よく反射するためのメッキをした傘と、魔石を手に、ヨークンは自問する。

本当に、信用していいのだろうか? と。

「ヨークン」

そこに声をかけられ、ヨークンは我に返った。

◇◇

見れば、クルルだった。

ちょうど島での実験のことを思い出していたので、やや混乱したが、現実のクルルだ。

すぐにいつもの冷静なヨークン兄貴を取り繕って、答えた。

「おう、猫姫様よ。戦果はどうだった?」

「こちらに怪我は無し。敵魔法使いは五人。全員縛り上げて、魔石も取り上げてある。一般兵は七十二人。荷物持ちや護衛らしき獣人が、二十人。あと、馬が何頭か駄目になってしまった。逃げた駄獣もいるが、ほどなく見つかるだろうと」

てきぱきと報告するクルルだが、疲れがやや見える。

あまり魔法の才能のない者にとっては、死神の口を使い続けるだけでも結構大変だからだ。

ただ、額に汗を滲ませたやや赤い頬は、独り身には目の毒だと思った。

仲間の弟子で、雇い主たる大宰相の想い人だし、なによりまだちょっと若すぎる。

けれど見た目で言えば純粋に上玉の部類だし、口調とは裏腹に健気で、努力家で、手元に置いて育てたくなる感じである。

ゲラリオめ、うまくやりやがったな、と思わなくもない。

「ご苦労さん。訓練通りだったな」

「……そっちこそ、光魔法があの威力で揺らぎもしない。さすがだった」

クルルは褒められると口元にきゅっと力を入れて、殴り返すかのように褒め返してくる。

対等でいたい、ということだろう。

背伸びしたくてたまらない年頃だろうし、それだけの努力をしていることも、もちろんヨークンは知っている。

ただ苦笑してしまうのは、その少女こそ、全魔法使いの憧れである大規模魔法陣の深淵に初めて触れた人物だったから。

帝国が新たに魔法史を編纂するとしたら、間違いなくその名がでかでかと載るほどの偉業だ。

それに、本人はあれがいかにとてつもない経験なのか、まったく気がついていないらしい。

こういうのには不思議な縁があるから、なおさらだ。

たとえば一度訪れた場所には、どれほど縁がなさそうに思えても、また訪れる機会がふっと湧いて出たりする。

こういうことは、長く生きていると馬鹿にできない話なのだ。

では、このクルルはどうか。

何百年とどの魔法使いも訪れていなかった魔法の深淵に、十日間も居座っていた。

森の動物ならば、そこは自分の縄張りだと主張するに足る時間だろう。

つまりこの少女は、自分が思っているほど、無能でも不運でもない。

確かに大規模魔法陣を起動させようとして、加減を知らず「穴」に落ちたのは、未熟ゆえのことかもしれない。

けれどそれは逆に言うと、ヨークンやゲラリオでは、クルルほど大胆に大規模魔法陣に触れられないことを意味していた。多分、魔法に慣れた者たちのほぼ全員に共通することだろう。

それは理性でどうにかできるものではない。

絶対に死ぬと確信できる崖から飛び降りられるか、という話だからだ。

若くて不注意なクルルはうっかり足を踏み外し、そして生還した。

それは純粋に運だし、望んでやった賭けですらない。

だが、賭けに勝った事実は揺らがない。

しかもこの少女は、あの、大宰相と、最も親しい人物でもある。

だから運も実力も並程度だと自覚しているヨークンは、せいぜい大人のふりをして、この少女から敬われておこうと思うのだ。

この少女が賭けの配当を受け取った時、一杯おごってもらうために。

そんな自虐めいた考えに小さく笑ってから、言った。

「ほれ。戦果報告の予行演習は終わりだ。あとは訓練通りやればいい」

「っ」

獣人の血を引く娘は、一部界隈に愛好者が多い。

ヨークンはあまりいい趣味だと思わないが、クルルを見ているとそんな嗜好もなんとなくわかる。

表情よりも豊かに感情を示す、耳と尻尾。

耳を伏せて目を逸らしたクルルは、ごにょごにょ言い訳めいたことを言っていたが、結局、頼信のもとに走って行った。

その華奢な背中を見送り、ヨークンは肩を揺らす。

敵に向かう時よりも、よっぽどか緊張しているのだから。

未来の大魔法使い様の、貴重な乙女時代だ。

『悪い癖を出すなよ、ヨークン』

そこに、ぬっと暑苦しい気配が湧いて出た。

『オマエは外面だけは良いからな』

ゼゼクから忠告をもらうが、ヨークンはへっと鼻を鳴らす。

「俺をシュレッツの野郎と一緒にするな。けど、健気で可愛いじゃないか」

『カワイイ? ただ幼いだけだろう』

ヨークンは長年の相棒を見て、肩をすくめる。

「少しでも大人に見られたくて、靴の中に布を折りたたんで入れてるんだぜ。そういうのは、こう、一時にしか見られない貴重な輝きなんだよ」

『靴の中に……? それで体の軸が安定していないのか』

酒は強ければ強いだけ、量はあればあるだけいいという性格のゼゼクには、この良さはわかるまいとヨークンは思う。

ゲラリオの馬鹿にももったいない。

ではあの大宰相に相応しいかと言うと……。

「まあ、不器用な感じは、お似合いだ」

『?』

ゼゼクは怪訝そうな顔をし、ふんと鼻を鳴らす。

それからにやりと見せた牙に、ヨークンは嫌な予感がした。

『オマエはそれより、領主様の覚えがめでたいだろう。そっちはどうなのだ』

「うっ」

ジレーヌ領の領主イーリアから、やたらちょっかいを出されている。

「……あっちこそ、本当に手を出しちゃいかん女だ」

『わからん。言い寄ってきているのだから、構わんだろ。まあ、乳臭すぎるか?』

ゼゼクにとって、女は育ってるか否かの二択しかない。

「あれは言い寄ってきてるというより、獲物の匂いを嗅ぎまわっているほうが近い。隙を見せたら、骨までがぶりだ」

困っている様子のヨークンを見て、楽しんでいるだけ。

下手に逃げようと背中を見せたら、大喜びで飛び掛かってくるはずだ。

領主様にはふさわしい性格かもしれないが、早く別の生贄を見つけて欲しいと思う。

そんなことを思ってため息をついていたら、クルルの相棒であるバダダムが、ぐったりした人物を二人、肩に乗せて戻ってきた。

「さて、俺たちは俺たちの仕事に取り掛かるか」

一人は身なりからして宮廷魔法使いで、もう一人はこの行軍を指揮していた貴族だろう。

ヨークンは、無事によりをもどしたらしいクルルと頼信の二人と、その向こうにいるロランの連中に、声をかけたのだった。