軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百三十話

◇◇◇ヨークン◇◇◇

幼少の頃から、なんでも起こりうる戦場に身を置いていた。

そこで一通りのことは経験してきたつもりのヨークンだが、世の中はまだまだ広いらしいと実感した。

勝利の合図となる遠吠えを聞いて、光魔法を弱めると、大波に洗われた後の海岸みたいに、獲物が点々と地面に横たわっているのが明らかになった。

「想像してたより、凶悪だな」

ヨークンは右腕を、ランプの傘のようなものから引き抜いた。

メッキがしてあってぴかぴかのそれは、効率よく光を反射できるようになっている。

『ナニモノなのだ、あれは』

傍で控えていた長年の相棒であるゼゼクが、言った。

もう何度目かわからないその問いは、ある種の感嘆の台詞となっている。

「さてね。少なくともわかるのは、味方らしいってことだ」

ヨークンとゼゼクが盗み見ていたのは、ジレーヌ領の大宰相とやらである、頼信だ。

今、ヨークンが手にしている合成魔石を開発し、死神の口戦術を思いつき、なんなら古代帝国の秘密とやらも解き明かした挙句、大規模魔法陣の真偽まで明らかにした。

さらにその功績の中に、もうひとつ付け加える必要がある。

自ら開発した死神の口戦術への対抗策を、生み出しているのだから。

今日のこれはその初の実戦投入であり、見事に機能した。

死神の口は鉄壁の魔法防御であると同時に、戦場ではまずお目にかからない珍しい魔法でもある。

万が一不安に駆られた馬鹿が、自分の身を守ろうとして勝手な頃合いで死神の口を使ってしまったら、攻撃魔法を攻撃魔法で返そうとした味方のそれを、飲み込んでしまうかもしれないから。

だから死神の口は、仲間とつるむことのない、敵地に単独潜入するような魔法使いの使うものと相場が決まっている。

けれど。

ヨークンの視線の先には、バダダムと共に敵魔法使いの身を検めている少女、クルルがいる。

魔法陣の刻まれた魔石に反応する魔法を使いながら、倒れているのが魔法使いかどうかを見極めている。

その少女は、ついさっきまで、死神の口を全開にして敵陣に乗り込んでいた。

すべての魔法を無効化し、その間にバダダムが敵を屠っていく。

冒険者たちの魔法だけでなく、敵の獣人の視界まで奪うこの戦術。

知らないと、対処のしようがない。

いや、事実上、これは知っていても対策できないことだ。

「死神の口は、万能じゃない」

今までヨークンたちが耳にしてきたその評価は、諸刃の剣であるという意味だった。

だが、あの頼信は、文字どおりに、万能ではないことを示したのだった。

しかもそれは、悩み抜いたり、大量の試行錯誤を経てのことではない。

ヨークンたちが死神の口戦術に磨きをかけるため、魔法陣の大きさと死神の口の効果範囲や、敵の魔法を防ぐにはどれだけの魔石の大きさが必要かを調べている時のことだった。

ふらりと実験の場にやってきた頼信は、ファルオーネらと軽く言葉を交わした後、奇妙な実験をやらせたのだ。

それは、魔法の火で木材に火をつけ、その火を死神の口で消せるかどうかの確認だった。

結果は、やるまでもなくわかっていた。

消えない、だ。

それは長年の経験から明らかなことだったし、頼信自身も、ロランで領主様が誘拐された時に敵魔法使いとの戦いに巻き込まれて、経験していたらしい。

クルルが死神の口で敵の炎魔法を防いでも、防ぎきれなかった熱気に身を焦がされたと。

ならばいいではないかと、ヨークンだけでなく、クルルもまた呆れたようにため息をついていた時のこと。

頼信は、あっさりと言った。

――だとすると、死神の口戦術は万能じゃない可能性がありますね。

全員が、半笑いになった。

そんなはずはない。

ヨークンも酒場で賭けを持ちかけられたら、有り金全部賭けたっていい。

死神の口戦術は、万能で最強だ。

死神の口が戦いに用いられず忌避されているのは、あまりに使いどころが難しいからで、しかし死神の口戦術はその欠点を見事に覆い隠している。

死神の口は、使いっぱなしでいいのなら、そこに弱点などないのだ。

しかも合成魔石ででかい魔石を作り放題だから、見渡す限りの魔法を完全にふさぐことができる。

不安要素と言えば、でかい魔法による遠距離からの攻撃だが、おそらくこれも死神の口が十分に大きければ防ぐことができる。

例えば放たれた炎魔法が死神の効果範囲内に入れば、たちまちのうちに炎が消える。頼信が言うには、炎という状態を生み出す魔法の効果が消えるらしい。えんとろぴいだったか、よくわからないことを言っていた。

魔法と魔法をぶつけ合うと互いにけん制し合うのも、この理屈で説明していた。

要は絵描き合戦のようなものなのだ。

炎という絵を互いに書き合おうとして、紙面を奪い合う。

そんなことを、紙に炎やら氷という文字を上書きしながら説明された。

ヨークンはわかるようなわからないような感じだが、体感としてはなんとなくわかる。

魔法に魔法をぶつけると、牽制しあう。

そして、魔法で起こった火などは、死神の口で消すことができない。

死神の口の効果範囲に飛び込んだ炎魔法も、飛んでる最中に死んだ鳥のようになるだけで、完全に霧散するわけではない。

つまり死神の口が十分に大きければ、炎魔法からただの熱風となったものがこちらに届くまでの間に、十分冷めてくれる。そういうことだ。

これを敷衍すれば、死神の口の効果範囲が十分大きければ、どんな魔法の余波も届く前に消失するということになる。

それから最後に、大事なことだ。

術者に近づけば、そもそも魔法を撃てなくさせることができる。

だから死神の口戦術は万能なのだ。

ヨークンのそんな考えは、決して高度な思考の結果、というわけではない。

魔法を使っていれば、体感でわかることだ。

なのでまったく同じことを思ったらしいクルルが、死神の口戦術は万能なはずだと頼信に反論してくれた。

そして頼信は、こう言ったのだ。

「では、試してみましょう」

普通、領地のお偉いさんがそれは白いと言えば、黒いものでも白くなる。

でも頼信は、それが本当に白いかを必ず確かめようとする。

「クルルさん、バダダムさん、力を貸してください。あと、ゲラリオさんも。それからヨークンさん。申し訳ないのですが、防衛側で死神の口を使ってくれませんか?」

ゲラリオはへらへら笑ってヨークンを煽ってきたが、模擬試合ですらないただの実験だから、もちろんヨークンにはなにも思うところなどなかった。

ただ、死神の口戦術の話を初めて聞いた時、ヨークンは本当に感心し、戦慄し、これを破る戦術などないと確信していた。

おまけにヨークンには、魔法使いとして生き残ってきた自負からくる、直観というものがあった。

そしてその直感が、死神の口戦術を破る方法はないと告げている。

だからこの確信を、魔法使いでもない頼信が覆せるはずはないと思っていた。

頼信が死神の口戦術を思いついたのも、ある意味で、魔法を使えない者だからこその発想の転換だったのではとヨークンは思っていた。

幸運は続かないことを、ヨークンは戦場でよく知っている。

だからせいぜいこの大宰相と呼ばれている頼りない男の、その実力を見せてもらおうじゃないかと高をくくっているところがあった。

そしてヨークンは、クルルとゲラリオという師弟の二人組に前衛のバダダムという組み合わせを前に、ゼゼクと共に立ち向かった。

油断も、慢心もない。

死神の口戦術で重要なのは、手持ちの魔石が敵の魔石を上回っているかどうかと、獣人の力量だけ。

魔石は使いきれないほど用意したし、魔法使いとしての能力はゲラリオより上で、クルルを足してもどうにかなる。

前衛としてのゼゼクとバダダムなら、ゼゼクに軍配が上がる。

ならば負けるはずがない。

完璧な理屈だ。

そして。

あっさり負けたのだった。