作品タイトル不明
第二百二十九話
◇◇◇ルベール◇◇◇
輝かしい世界が、現実となって現れた。
まさに文字どおりに。
「ひ、光魔法だと⁉」
輿の上でルベールが叫んだのは、驚きと……怒りのせいだった。
光魔法は非殺傷性だし、魔法を使えない愚民どもを怯ませるこけおどしに過ぎない。
というのも、光が相手の目に届くには、魔石から射線が通っていないとならないから。
しかも夜中ならばまだしも、昼間ではその効果もたかがしれている。
つまりよほど間抜けな魔法使いでなければ、自分に向けられた光魔法の魔石に気がついて、即座に対策をとって然るべき。
戦いにちょっと慣れている魔法使いなら、反撃魔法を放ってそれで終わりとなる。
光魔法による目くらましは、子供騙しの戦術なのだ。
なのに、前線の冒険者どもは魔法を撃とうとしない。
なんなら閃光が強くなり続けるのを放置していて、距離の離れた場所にいるルベールでさえ、直視できなくなりつつあった。
「ル、ルベール! な、なんだこの光は! ルベール! ルベールっ!」
第四王子の悲痛な声が聞こえ、ほどなく馬のいななきと、落馬の音がする。
あちこちで魔法に慣れていない兵たちの混乱の声が聞こえるし、荷を運んでいる馬たちも暴れ出している。
それに、この頃にはルベールも、事態の異常さに気がつき始めていた。
光魔法が、こんなにも長く、強く光り輝くのを、見たことがないのだ。
「くそっ! 冒険者はなにをしているのだ! 前方はどうなっている!」
光はますます強くなり、もはや腕を顔の前に掲げて光を遮らないと、目を閉じていてさえ、前を向けなくなりつつある。
なにか異様な高音域の音まで聞こえてきて、ルベールはそれが光の音なのだと知った。
もはやその光は本能的な恐怖を覚えるほどの圧力を持ち、露出した肌には熱を感じている。
前方の部隊はどうなっている? 目くらましに引っかかったのか?
いや。
光に……塗りつぶされているのではないか?
そう思わせるほど、前方は極限の白で溢れていた。
光には、重さが、熱が、圧力があるのだと初めて知った。
怒涛のような光の柱の中で、一時の安息のように、黒い線が走っているのが見える。
それはあまりに強い光の中で、うずくまることさえできずに立ち尽くす兵たちの濃い陰であり、裁きの光に焼き尽くされる罪人を思わせた。
混乱と悲鳴の中、ルベールは、それでも辛酸をなめてきた魔法使いの矜持を見せた。
秘蔵の三級魔石を手に取り、前方に向ける。
負けるわけにはいかない。
どんな犠牲を払っても、勝てばお釣りがくるのだから。
「貴様ら! 死にたくなければ伏せろ!」
そう叫んだのは、ルベールなりの良心だった。
三級魔石を握り込み、全力で魔力を体内に循環させる。
刻まれているのは、単純にして最強の火炎魔法。
見渡す限りを焼け野原にできる――はずの魔法が、紫色の煙となって消えた。
「なっ⁉」
手の中で崩壊していく三級魔石。
ルベールの脳裏を、かつて学んだ魔法の知識が駆け巡る。
「こ、これは、まさか――死神の――⁉」
驚いたのは、知識でしか知らない死神の口に初めて遭遇したから。
それから、滝のような白い光の中で、懸命にその姿を探したから。
死神の口は、近くに術者がいないと効果がない。
魔法使いが近くにいるはずなのだ。
だが、光の柱の中で目を凝らしても、輿の上からはそんな人物がいるようには見えなかった。
この猛烈な光の中、まだ立ち上がっている者たちは濃い影を作っている。
ものすごい光の奔流が一方向から殴りつけているので、そこになにかがいれば、隠しようのない陰ができる。
ルベールは正式な魔法の訓練を受けた元宮廷魔法使いとして、あらゆる魔法の知識を総動員していた。
過去に身に着け、血肉となっている魔法の知識で、事態を理解しようとしていた。
その結果、明らかなことがひとつあった。
こんなことは、絶対にあり得ないという確信だ。
「なぜ……」
ルベールは、手の中で半壊しつつある魔石に、力を込めた。
「なぜだ」
その秘蔵の三級魔石は、最後に紫色の煙をげっぷのように吐き、儚く崩れ去った。
それはまるで、ルベールの未来を暗示しているかのように。
「なぜ……光魔法は使えているのだ?」
光はますます強くなり、ルベールの視界を奪いつつある。
そしてその頃には、ルベールの耳にも届いていた。
遠くから聞こえる、ざし、ざし、という、爪が地面を蹴る音を。
それから、どす、という鈍い音を。
どん、というのは金属製のなにかに強烈な衝撃の加わった音だろう。
わずかに利く視界の先で、黒い人型の影が次々に倒れ、白く塗りつぶされていく。
誰かがこの白い奔流の中を泳いでいる。
ルベールは、輿の上で立ち尽くしていた。
やがてそれが、猛烈な速度で近づいてきた。
背中から光を受けたそいつは、こちらに向かいながら、兵たちをなぎ倒している。
真っ黒い陰になったその輪郭に、ルベールは見覚えがあった。
その輪郭と、輪郭の中に浮かぶ金色の目と白い牙に、見覚えがあった。
「お前は、お前は――」
ルベールに迫りつつあるのは、ルベールの人生を狂わせた、あの獣人――。
そんなはずがない、というルベールの理性は、現実を把握する前に途切れていた。
ただ、強い光をまともに見てしまったルベールは、目の奥に焼き付いた陰に、一生悩まされることになる。
光の奔流の中、自らに向かい飛び掛かろうとする獣人の姿は、目を閉じようとも浮かび続ける、恐ろしい陰法師となった。
目をこすってもこすっても消えず、目を閉じればなおの事鮮明に浮かび上がる。
ルベールの魔法使いとしての復活は、この瞬間、永遠に失われたのだった。