作品タイトル不明
第二百二十六話
ルベールの指揮の下、部隊がのっそりと前進した。
やせ細った獣人たちに担がせた輿の上で、ルベールはため息をつく。
ルベールとしては、ある意味で奴隷獣人たちにも同情しているのだ。
連中はジレーヌ領などというものの噂を信じ込み、安易に希望のない道を選択してしまった。
獣人が治め、獣人が平穏に暮らせる町など、ありはしないのだから。
魔法を使えるという神に選ばれし者たちでさえ、常に平穏に暮らせるわけではないのに、どうして獣人たちがそうなれるというのだろうか?
ルベールはもう一度ため息をついて、愚かだから仕方ないのかも知れないと思った。
なにせ獣人たちは人間より獣に近く、習性も獣に近いのだから。
ルベール自身その認識が甘く、かつて苦い目にあわされた。
彼らは群れで暮らし、横のつながりが強く、仲間意識はもっと強い。
それこそがかつてのルベールを、冒険者稼業から締め出した彼らの習性であった。
しかしルベールは賢く、何事も使い方次第で大きく変わることを知っていた。
仲間意識が強いというのは、確かに連中の結束を高めるかもしれない。
だが、それが常に群れを助けるとは限らないのだ。
なぜなら、彼らは仲間が危機に陥れば、そいつを見捨てることができないから。
つまり逃げた獣人を一匹捕まえれば、その仲間のために助命嘆願する間抜けたちを、十匹は捕まえられる。
山の中の集落に隠れ住んでいる逃亡奴隷の獣人を捕まえられれば、その集落ごと支配の頸木を受け入れるようなことさえある。
奴らは愚かだから、その危険を冒してでも、逃げてきた同胞を匿うのだ。
ルベールは、それを拾うだけ。
畑に落ちた麦粒のように、それを拾えば五倍、十倍の麦穂になって戻ってくる。
だからルベールの別名は、落穂拾いなのだ。
愚か者め、とルベールは思う。
だが、なにも愚かなのは獣人だけに限らない。
ルベールが率いる部隊の先頭には、薄汚れた服に身を包んだ男たちがいた。
連中は時折、隣を歩く獣人たちと親し気に言葉を交わしている。
男たちは魔法使いであり、おそらくは魔法省か教会の正邪省を逃げ出した半端者だ。
地位も身分もなく、命を懸けることでしか生きる代価を得ることのできない者たち。
ルベールは獣人たちに運ばせる輿の上から、連中を睥睨している。
あいつらの給金は帝国金貨で何枚だったか。
その枚数は、健康な奴隷獣人の価格とどれくらい違うのか。
冒険者、特にこの手の戦に駆り出される冒険者など、彼ら自身でさえ、自分の命はパンの欠片ほどの価値しかないと理解しているだろう。
でも、それしかできないからここにいる。
政の仕組みを理解できず、うまく立ち回ることができないから、使い捨ての駒にされる。
そしてそんな目に遭ってもなお、魔法を撃てるという天賦の才を捨てられないから、ここにいる。
ならばもっと悲壮な顔をして、打ちひしがれた顔で歩けとルベールは思う。
それからどこかで無駄死にしてくれ、とも。
そうすれば支払いをしなくても済み、ルベールの有能さが示され、ますます地位は安泰になるのだから。
「しかし、ルベール師よ。これはいささか大袈裟ではないか?」
どの冒険者から死地に送り出してやろうかと品定めをしていたルベールに、声をかける者がいた。
ルベールを雇うヴォーデン属州王家の、第四王子だ。
まだ若く、世間知らずなせいか人柄がよいと評判で、誰も行きたがらないこの戦に手を挙げた。
輿に乗るのをよしとせず、自分自身で馬を駆っているのも、ルベールの癇に障る。
「父上の話では、アズリア側が協定を守り、逃亡奴隷を我が領土に遅滞なく送り返すよう求めればそれでよいと」
ヴォーデンの乾いた風には似つかわしくない、やけに瑞々しい肌をした王子に対し、ルベールは煤け切った顔をしかめた。
「王子よ。それは外のことを知らなさ過ぎるというものだ。そなたの御父上を筆頭にした、正当なる王家がその威光で治める土地ならばいざ知らず、外に住む者たちのなんと愚かなことか。話し合いなどというのはおためごかしだ。連中は叩き伏せ、立場を思い知らせなければ、どんな道理を説いても無意味なのだ」
「……」
元帝都の宮廷魔法使いであり、 数(・) 々(・) の(・) 苦(・) 労(・) を(・) 経(・) て(・) き(・) た(・) ルベールの言葉に、王子は黙っている。
「私の言うとおりにしなさい。さすれば、勝利は自ずと転がり込んでくる。王子の立場も上がり、宴席ではそなたの話に兄上たちが耳を傾けるようになるであろう」
王子はやや目を見開き、頬を染めた。
それが恥辱のものか、怒りのものかは測りかねたが、お上品なことだとルベールは呆れる。
この第四王子の母親は、確か帝国中央から没落してきた貴族の娘だと聞いたが、娶った現王から疎まれているらしく、宮廷に顔を出しているのをルベールは見たことがない。
第四王子の領地の統治に知恵を出しているのはその母親という話もあるようだが、どうせ領地の屋敷でめそめそ陰気な暮らしをしているのだろう。
その惰弱さを受けついだのであろう王子が、再びおずおずと口を開く。
「そうは言っても、そなたを含む魔法使いが五人もいるのだ。五人だぞ。彼らをかき集めるのに、我が領民にどれほど税を課さなければならなかったか知っているのか。母上の宝石まで商人に質入れしたのだ。それにもし、あの冒険者の一人でも欠けたりすれば、奴隷管理に支障が出る。昨今の不穏な噂のせいで、獣人たちの不満が高まっているのはそなたも知っているだろう。反乱が起きた時に、魔法使いがいないでは済まされないのだ」
賢そうな王子はよく喋る。
ルベールはため息をついた。
「一人、二人欠けても問題ありますまい。その時には、新たな冒険者を百人雇えるだけの領土を手に入れているのだから」
属州同士が接する土地の支配権というのは、実に曖昧だ。
その土地に大した価値がないからそうなるのだが、ルベールはある商人から話を聞いたことがあった。
アズリア属州とヴォーデン属州の一帯には、まだ誰も気がついていない魔石鉱山があると。
道に迷って清水の流れる沢にでくわしたところ、間違いなくその川底に、上流から流れてきた魔石の欠片があったと。
だからルベールはこの機に乗じ、その一帯を正式にヴォーデン属州の領土とし、さらに子飼いの連中を辺境領主に置くつもりだった。
目的は、魔石鉱山の支配だ。
魔石産出という富の源泉があれば、ルベールは再び貴族に返り咲けるはず。
なんなら大量の魔石を添えて魔法省に訴え出れば、帝都において宮廷魔法使いの地位だって取り戻せるだろう。
そうすれば、ここまでの人生はただの寄り道だったと言うことができる。
もう二度と、夢の中で魔法省の同期たちに笑われずに済む。
「私に任せるのだ。さすれば勝利は自ずと転がり込んでくる」
ルベールはその言葉を繰り返した。
そしてそれは、決して驕りからくる言葉ではなかった。
用意した冒険者たちは、こんな属州をうろついていることから腕は一流ではないにせよ、実戦を数多経験している古強者である。
なにより、自分がいる、とルベールは思う。
元宮廷魔法使いなのだ。
それに今回は、逃亡した奴隷をアズリア属州側が見過ごしているという落ち度があり、大義名分はこちらにある。
小競り合いの後、有利な締結条件となるのは火を見るより明らかなのだ。
「ふふふ、王子よ。楽しみにしているがいい。そなたが次の王に選ばれる、その瞬間をな」
「……」
王子は怪訝そうにルベールを見やる。
ルベールにだけは見えている。
輝かしい、返り咲く己の未来が――。
「て、敵だ! アズリアの兵だ!」
前方から声が聞こえる。
おお、ラッパを鳴らせ。
我が凱旋のために!
ルベールは魔石を手にして、輿の上で立ち上がる。
そして目の当たりにしたのだ。
自分の前に広がる、光り輝く世界というものを――――。