軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百二十五話

◇◇◇ヴォーデン属州ルザード王家 宮廷魔法使いルベール◇◇◇

ヴォーデン属州の兵を率いる魔法使いルベールは、「落穂拾い」と呼ばれていた。

帝国の魔法省出身であり、上級貴族に属する宮廷魔法使いとして、帝国中央のとある領主に仕えていた。

彼は領主の求めがあれば、どんな哀れな領民の蜂起でも鎮圧した。

領主が別の貴族と揉めれば、相手にどれだけ理があろうとも、魔石を手にして威圧して、雇い主の言い分を相手に飲み込ませた。

おかげで領主の覚えめでたく、贅沢三昧。

なにをしても誰も逆らわず、痩せた騾馬しかいないような寒村出身の身としては、最高の上がり目を引かせてくれた幸運を神に感謝する毎日だった。

けれど。

少しばかりやり過ぎて、領地を丁重に追い出されてしまった。

いや、それは難癖であり、あの強欲領主は、領地の醜聞を知る魔法使いが邪魔になったのだろうと、ルベールは理解していた。

いいさ、こちらには魔法の才能があり、それを求める愚か者たちがたくさんいる、とすぐに気持ちを切り替えた。

こうして行く先々で魔法を見境いなく使っていたら、もはや誰も領地に呼んでくれなくなり、頼みの綱の魔法省では、宮廷魔法使いの身分をはく奪するかどうかが議論されていた。

気がつけばルベールは、冒険者にまで堕ちていた。

よくある流れと言えばそうだし、その後の顛末もよくある流れだった。

ルベールは卑しくも、魔法省から正式な帝国の魔法使いとして認められた元上級貴族であった。そのせいで、冒険者という立場には忸怩たるものがあったし、前衛たる獣人との関係にも苦労した。

もちろんルベールは魔法省で魔法を修めたくらいだから、無能でも愚かでもない。

それに過去の行状だって、いくらかは反省した。

冒険者として心を入れ替え、生活を改め、稼ぎのために獣臭い獣人と協力して任務に当たることだっていとわなかった。

その、ある日のこと。

ルベールは魔物を撃ち損じ、我が身を守るために獣人を置き去りにした。

そして魔物は無事別の冒険者たちに討伐され、ルベールが見捨てた獣人もまた、無事だった。

雇い主から報酬を受け取るルベールの後ろからぬっと現れたそいつは、無言でルベールの手から報酬をもぎ取り、大きな手で器用に貨幣の枚数を数えると、半分をルベールに返してきた。

その獣人は、ルベールに恨み言ひとつ、言うことはなかった。

代わりに向けたのは、視線だけ。

なんの感情もない目だった。

その時のルベールは、それを獣人の弱腰だと理解した。

てっきり怒りを向けられ、争いとなり、魔法を使うことになると思っていたので、懐に忍ばせてある魔石に手を伸ばしていたくらいなのに。

だから魔石を使わずに済み、儲けものだくらいに思っていた。

しかしその翌日から、ルベールはあらゆる魔物討伐の現場に出入りできなくなった。

どの獣人も、どれだけ報酬を釣り上げても、前衛になってくれなくなったから。

獣人社会は横のつながりが強く、仲間意識はもっと強い。

その強さの本当の意味を知ったのは、仕事を求めて帝国中央から離れ、呆れるほど遠くの魔石鉱山までやってきた時のことだった。

そこでも自分の悪評が広まり、誰も相手にしてくれなかった。

冒険者をやれなければ、もはや残るのは真っ黒な汚れ仕事しかない。

出所不明の魔石を渡され、魔法を撃ったらその足で町を離れるような仕事だ。

ルベールの腕があればなんのことはない仕事だったし、ルベールにはもともと大した良心があったわけではない。

けれど、一人で暗い裏路地を歩くルベールは、時折見かけるのだ。

互いに肩をぶつけ合い、酒場で馬鹿話に花を咲かせる獣人と魔法使いという組み合わせの、冒険者たちを。

あるいは、豪華に飾り立てられた馬車にふんぞり返る、宮廷魔術師の姿を。

自分の人生を立て直せる瞬間があったとしたら、あの鉱山での魔物討伐だったと、ルベールにはわかっていた。

宮廷魔術師の資格を失っても、面白おかしく暮らしている魔法使いたちはたくさんいる。

自分の第二の人生は、そこで花開くはずだった。

それを台無しにしたのは――。

「あなたが、ルベール師?」

そんなおり、酒場で飲んだくれるルベールに声をかけてきた者がいた。

師、などと呼ぶからには、過去の経歴を知る者だろうとルベールはわかったが、話をしたいなら酒代を寄こせと言った。

そして相手は支払った。

それどころか帝国金貨を数枚置いて、こう言った。

躾のなっていない獣人たちを、鎖につなぐ仕事をしませんかと。

ルベールは驚いて、相手を見上げた。

ずいぶん薄汚れた顔で、どこか体が悪いのか、いつも泣きそうな顔をしている男だった。

それが帝国辺境の中でも特にしけた土地の、ヴォーデン属州とやらを治める王家の使いだと知るのは、ほどなくのこと。

そのクソ田舎では、帝国中央ではすっかり下火になっている獣人の奴隷売買が現役だった。

ルベールは魔石と、領内を自由に動き回れる王家の紋章を渡された。

紋章を首から提げながら、ルベールは若き日のことを思い出していた。

あの時は、強欲領主の命に従い、格下の人間たちに魔法を撃つ日々だった。

そして今日からは、身分を弁えず自由を求めた愚かな獣人たちを見つけ、捕まえるのだ。

逆らう者はなぎ倒し、獣人に協力する者もなぎ倒す。

今度は飼い主たる領主に多くを求めず、贅沢もほどほどにしようと思う。

けれど、獣人には容赦しない。

ルベールの脳裏には、あの鉱山の魔物退治の時、見捨てた獣人がルベールを振り向いた時の目と、報酬を受け取る際に現れた時のあの目がこびりついている。

あいつは、弱腰のせいで無感情だったのではない。

あの目は、ルベールを価値なき者と見なしていたのだ。

自分の人生を壊したのはあいつだ、とルベールは信じていた。

だから今度は、自分があいつらを壊すのだ。

「ルベール師」

再びその名が呼ばれた。

ルベールは転寝から目覚め、天幕から外に出る。

ヴォーデン属州から、獣人たちが列をなして逃げ出している。

実った麦は収穫せねばならず、穂から落ちたなら拾わねばならない。

だからルベールは、落穂拾いと呼ばれている。

「先行している冒険者たちより、アズリア側に動きがあるとのこと。州都ロランに支援を要請したのではと」

「は、愚か者め。我らに命乞いをするならばともかく、落ち目のロランに助けを求めるなど」

アズリア属州の州都ロランは、少し前に弱小領地に反旗を翻され、面目丸つぶれになったと聞いた。

かつてはこの半島の中で最も勇敢に帝国の支配に抗った古都だとも聞いたが、商いにうつつを抜かすうち、腑抜けになってしまったのだろう。

だが、ヴォーデン属州は違う。

土地が痩せ、売るものはなく、なにかを得たければ奪ってくるしかない。

その乾ききった強者の掟は、ルベールの性格にとてもよくあっていた。

ヴォーデン属州の乾いた風になじんだルベールにとって、腑抜けのロランが治めるアズリア属州は、強者の軍門に降るべき負け犬だった。

それにアズリア側はいくらか土地も肥えていて、州都ロランでは商いが盛んで金貨も溜め込んでいると聞く。

帝国中央からの無理難題を聞かされ続け、疲弊し続けるヴォーデン属州とは違うらしい。

かつてはその帝国の権力の中心部近くにいたルベールだが、今のルベールはすっかりヴォーデンの民となっている。

だから今のこの事態は間違っている、すべてが間違っている、とルベールは思っていた。

逃亡奴隷が逃げることも、アズリア属州のほうが豊かなことも、自分のような崇高な人物が帝都の宮廷魔法使いではないことも、冒険者としてすら花開くことがなかったことも。

それから、前衛を務めた獣人から、価値なき者と見なされたことも。

世の秩序を糺さなければならない。

等しく世の者どもは魔法使いにひれ伏し、戦いに勝つ者が賞賛されるべき。

特に獣人はせいぜい敷物程度の値打ちしかないことを、思い出させるべきなのだ。

「兵を進めよ。アズリアの愚か者たちに、世の秩序を知らしめるのだ」

逃亡奴隷を水際で食い止められず、ただ扶持を食らうだけの辺境領主どもの尻を蹴り上げて、アズリア属州側の連中は軒並み吊るさねばなるまい。

獣人の味方をすればどうなるか、その身をもって知るべきなのだ。

「さっさと天幕を片付けろ!」

ルベールは、近くでしゃがみこんで作業をしていた獣人の顔を蹴り上げる。

やせ細った獣人は、若くないルベールの蹴りにも体をよろめかせ、へたりこむ。

蹴られても視線すら上げず、のそのそと作業を再開する様子に、ルベールはいささか溜飲が下がる。

世の中には、愚か者が多すぎる。

ルベールは懐の魔石を撫でながら、その言葉を繰り返していた。