軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四話

***クルル***

魔法は明らかに体内のなにかを消費する。

クルルは情けないところを見せまいと歯を食いしばって魔法を使い続けたが、ゲラリオはもちろん、ゲラリオの戦友だという者たちにまったくついていけなかった。

クルルの実力を知っているゲラリオは、それとなく楽な実験を回してくれていた。

それはありがたくある反面、半人前と見なされていることなので、悔しくもあった。

それに、ヨークンやシュレッツ、ハーヴォンと名乗った彼らは、ゲラリオより紳士的であるものの、そのせいでクルルのことを随分と女の子扱いしてきた。

それがクルルには不満で、悔しくて、なにくそと魔石を握って魔法を絞り出したのだが、体はほどなく言うことを聞かなくなった。

腰が抜けたようにへたり込み、眩暈と吐き気で世界が粘土細工のように歪んで見えた。

さっと助けてくれたのは、ゲラリオをこぎれいに洗濯したようなシュレッツだった。

介抱の仕方は適切で、力が全く入らないクルルの体を丁寧に持ち上げて、柔らかい草地まで運ぶとそっと横たわらせた。

それまでの訓練では、魔力の使いすぎで倒れたら、ゲラリオからげらげら笑われ荷物でも転がすみたいに適当な場所に放置されるだけだった。

ただ、丁寧に横たえられたクルルは、優し気な笑顔のシュレッツに髪の毛を整えられ、頭を撫でられ、ぞわりとした。

それは戦友の介抱ではなく、女の扱いのそれだから。

クルルがぐらぐらする視界の中で懸命にシュレッツを睨みつけると、キザったらしいウインクを返され、クルルは呻く。

力のない自分が恨めしく、情けなかった。

そこに顔に影がかかり、どうにか目を凝らすと、ゲラリオが大上段から見下ろしていた。

「シュレッツ、こいつを甘やかすな」

力尽きないように調整して魔法を使うのも、魔法使いの能力のうちとうるさく言われている。

つまりこれは、倒れるくらい頑張って偉い! ということではなく、馬鹿な失敗の例である。

過去に実際、たまたま力尽きなかったから生き延びられたということを、クルルは何回も経験している。

だからゲラリオの言うことは正しい。

クルルは痛いくらい、それがわかっている。

「でもよお、ゲラリオ。こんな可愛い子が苦しんでるのを放っておけないだろ」

町で詩人の真似事などしながら暮らしているというシュレッツに、ゲラリオはため息交じりに言った。

「まさにそこだよ。こいつは可愛い女の子じゃねえ」

ゲラリオに真上から見下ろされ、クルルはどうしても耳を伏せてしまう。

髭面で、口も見た目もなにもかもが汚い師匠。

フケかなにかが落ちてきそうだ。

「だろ? 猫姫ちゃんよ」

ついでに意地も悪いが、クルルは口を引き結ぶ。

クルルがこのゲラリオを信頼するのは、きちんとクルルのことを理解してくれているからだ。

「そ、うだ。私なら……平気、だっ」

言葉の合間に胃の中身が出てきそうになるが、なんとかそう言った。

シュレッツはしばし呆れたような顔をしつつ、ゆっくり笑って、クルルに手を伸ばす。

そして軽く叩いたのは頭ではなく、肩だった。

「悪かったな」

お遊びで参加しているお嬢さんではなく、ゲラリオの弟子の魔法使いとして、そう言ってくれたようだ。

ただ、だいぶ温情が勝っているのは事実だし、魔法使いとして底辺なのも事実。

そのことが、クルルは泣きたくなるくらい悔しかった。

ゲラリオとコール、それに自分だけならば、まだなんとなく魔法使いとしての誇りみたいなものを保つことができた。

けれどヨークンやシュレッツたちを見て、クルルは己の能力の低さを痛感せざるを得なかった。

師匠並みの凄腕が三人もいて、へらへら笑いながらあり得ないくらいの魔法を平気な顔で使っているのだから。

幼い頃、イーリアの手を引いて島の西を目指し、広大な無量の海を前に感じた無力感が、クルルの胸の奥に押し寄せてくる。

世界はあまりに圧倒的で、自分の体は小さすぎる。

気がついたら視界がぼやけていて、大きな声が聞こえてきた。

「てめえ! うちの弟子を泣かしやがったな!」

「痛ってえ! いや、なんもしてねえって!」

ゲラリオとシュレッツが子供みたいに喧嘩している横で、クルルは泣き顔を隠すように腕を顔に置く。

するとその腕を強く掴む者がいた。

師匠たる、ゲラリオだ。

「自分が弱いことを恥じるな」

ゲラリオの目に、射すくめられる。

ゲラリオは顔半分をシュレッツの長い指で掴まれ、すごい変なことになっているのに、その真剣さは見間違えようがなかった。

「弱いのは恥じゃない。負けるのが恥なんだ。そして弱い奴でも、負けないための方法ならたくさんある」

「……」

下品なくせに、ゲラリオはいつもこうだ。

クルルは胸中で悪態をつき、鼻をすすって、ゲラリオに掴まれた腕を振りほどくと、袖でごしごしと目を拭った。

「はは。新入りだった頃のゲラリオより根性あるじゃんか」

シュレッツの軽口に、ゲラリオが明らかに顔をこわばらせていた。

クルルはその様子が意味することに気がつき、吹き出してしまった。

「師匠は……そんな感じだったのか?」

今度はゲラリオと首を絞め合っているシュレッツに尋ねると、伊達男はにやりと笑う。

「いくらでも聞かせてやるよ。こいつ、敵が見えるとびびりちらかして、そのくせ意地っ張りだからよお。危なっかしいんだ。からかうとむきになって泣いて怒るし、厄介な小僧が入ってきたなってヨークンとよく話したもんだよ」

「てめえ、シュレッツ! 少し年上だったからってっ!」

「歳は関係ねえだろ。ハーヴォンはお前より三つも下だったのに、泣いてるのなんて見たことねえぞ」

「クソ、お前、このっ!」

取っ組み合いを始めた馬鹿な大人二人を前に、クルルは笑い、いくらか元気が戻ってくる。

体を起こし、もう止める気もないといった感じのハーヴォンやヴィヴィクら獣人たちの代わりに、師匠をシュレッツから引きはがす。

力はほとんど戻ってきていないので、腕力で引きはがしたというわけではない。

ゲラリオはそうしてもらうのを待っていたように思えた。

鬱陶しいけど、優しい師匠だとクルルはわかっている。

「おい、クルル、いいか、こういう男には絶対に引っかかるなよ」

「そういうことは、イーリア様に言ってくれ」

呆れ笑いながらの返事に、ゲラリオは肩を大袈裟にすくめた。

「イーリアちゃんの心配なんかいらんだろ。むしろヨークンの野郎がたじたじで、笑えるよ」

ゲラリオが視線を向けた先には、休憩と見たイーリアが早速錫製の水差しを持って、ヨークンたちに飲み物を振る舞っている。

屋敷でもあれくらい働いてくれたらとクルルはちょっと思うが、やきもちに似た気持ちだというのはもちろん自覚している。

「あれは悪い女だな」

シュレッツもそう言った。

そんな二人に、クルルは言った。

「イーリア様と呼べ。それから、イーリア様は悪い女じゃない」

クルルはゲラリオの弟子かもしれないが、同時にイーリアの第一の従者であり、イーリアはこの島で最も偉い領主である。

クルルの言葉に、悪ガキがそのまま大きくなったような男たちは、急に居住まいを糺して背筋を伸ばす。

「はっ」

「申し訳ありません」

クルルの口元が笑いつつも歪むのは、戦場帰りの男たちがあまりにも如才ないから。

たくさんのことを経験してきただろう彼らにとても太刀打ちできず、小猫みたいにいなされてしまう。

彼らを師と仰ぎ見ることを厭うわけではないが、同じ目線で話してくれる相手にはなりえない。

それに、残酷なことだが、彼らがいれば魔法使いとしての自分は取るに足りない存在なのだと、クルルは自覚するほかない。

良い人たちだと思うが、彼らを受け入れるのには、あまりに痛みが伴った。

長い忍耐の時を経て、手の中の魔法によって世界に仕返しできる時がきたと思ったのに。

そして、いくつも冒険し、竜を倒し、にっくきロランを倒し、魔導隊まで倒したのに。

そこをまた、現実が頭を塞ごうとしていた。

だからクルルは、無意識のうちにヨリノブを目で探していたのかもしれない。

自分たちをこの黒雲から救い出してくれた、あの不思議なへなちょこを。

そして目についたその様子に、つい、呟いていた。

「……今度は一体、なにをしているんだ?」

魔法研究所とかいって、男所帯でいつもわけのわからない話で盛り上がっている連中が、ヨリノブを中心にしてまたなにか騒いでいた。

「なんかでっかい絵を描いてるな」

「大規模魔法陣だろ。あいつら、実現できると思ってんだよ」

「昔のゲラリオじゃん。いや、今もか」

「うるせえ。さすがに俺も本気で思ってねえよ」

でも、クルルはわかっていた。

ヨリノブのあの顔は、なにかを確信している時の顔だと。

またなにかに気がついて、とてつもないことをやろうとしているのだろう。

クルルは気がついたら、抜けたはずの腰を取り戻し、眩暈も吐き気も収まっていた。

クウォンで死神の口が閉じかけた時も、ヨリノブに肩を抱かれたら魔力が湧いてきた。

あの異世界人には、不思議な効能がある。

「様子を見てくる」

ゲラリオとシュレッツは互いに目配せしていたが、特に止めもしなかった。

「ヨリノブが世界をぶっ壊そうとしてたら、俺たちにも一声かけてくれ。止めるのに人手が必要だろ」

クルルは肩越しに振り向き、苦笑いを返しておく。

本当にそうしそうだから、恐ろしいのだ。

クルルはヨリノブに向かって歩を進め、地面に巨大な魔法陣を描いているゼゼルやファルオーネを前に、腕を組んで立っているヨリノブの頭を、軽くひっぱたいたのだった。