軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十七話

***頼信⑰***

銀行設立の骨組みを組んで、イーリアに叱られた後。

自分は息つく間もなく港に走っていた。

イーリアからは、さっさと屋敷に行ってクルルと仲直りしろと厳命されているが、クルルに八つ裂きにされる前にやらなければならないことがある。

それに公証人組合の会館にイーリアを呼んでいたのも、ついでに書いてもらいたい文書があったからだ。

自分がイーリアから預かった書類を胸に港に走れば、すでにコールが待っていた。

「す、すみません、お待たせしました」

「いや、僕も来たばかりだ。そっちは銀行とやらはできたのか?」

そう言いながらもずっと書類に目を通しているコールの顔は、ずいぶんくたびれている。

バードラでは大盛り上がりのイーリアに付き合って踊っていたし、ジレーヌの司法官として細かい話をバードラの人間たちとこなしていたらしい。

今この島で一番働いている者を挙げろと言われたら、健吾かコールかで迷うだろう。

「はい、なんとか。えっと、諸々の関連法規の制定について、健吾から相談があると思いますが……」

コールは溶けてしまいそうなくらいに深いため息をついて、こちらを睨む。

「僕はロランの宮殿で死ぬつもりだった。だから文句は言わないけどな、あっさりあそこで死んでいたほうがまだましだったよ」

忙しくて死にそう、ということだろう。

「すみません……事態が落ち着いたら、ぜひみんなでクウォンにでも」

コールはその言葉に再度ため息をついて、頭を掻いていた。

「君がこれ以上おかしなことを言いださなければ、事態はいつか落ち着くだろうね」

貴族らしい厭味ったらしい言い方だったが、その働きぶりは健吾に勝るとも劣らない。

その原動力はイーリアにいいところを見せたい、という思いだろうが、自分はせいぜいその援護をして報いるしかない。

「まあ、僕は僕の仕事をこなすだけだ」

コールはそう言って、背後の船着き場を示す。

「船はロランからたまたま一隻来ていたから、無理やり借り上げておいた。その船に乗ってロランに帰るつもりだった文官たちから泣き言を言われたが、君のところで処理してくれよ」

「は、はい」

「それと、帰りに荷を積めるよう船倉は空にしてあるが、なにも見つからなかったら好きに交易していいってことでいいんだよな? 荷も君のところが買い取るということで間違いないな? そういう契約で、船賃を安くしてある」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

ジレーヌ領の船はどこも大忙し。

けれど今すぐにでも、ある程度の航海に耐えられる船が必要だった。

それは、ジレーヌがこの先どこまで前進できるかをある意味で決める、いわば試金石を掘り出すような航海だから。

「来たな」

コールが言って、書類を脇に抱え直すと、大きな荷物を背負った一団が近づいてきた。

「待たせたか」

いつも寡黙な魔法使い、バラン。その後ろには獣人たちに加えて、ロランからジレーヌに来ている者たちも数人いた。

彼らはロランに帰れなくなって恨めしげな顔をしている人たちではなく、今回の航海のために仕事を引き受けてくれた者たちだ。

各々旅装束で、結構な荷物を持っている。

「大丈夫です。バランさんたちも、今回のお仕事を引き受けてくださりありがとうございます」

うなずくバランを前に、コールが腰に提げていた大きな袋の口を開け、中から丸めた書類をいくつも取り出した。

「約束の書類だ。どこかの港で言いがかりをつけられた時のための、バックス商会の名前が入った特権証書と、それに」

コールがこちらを見るので、自分も慌てて書類を差し出した。

先ほどイーリアに書いてもらったものだ。

「イーリアさんの名前で、旅に必要になりそうな特権が記されています」

「それとこっちは、教会のものだ」

岩のようなバランは自分とコールから書類を受け取り、中身を検めることもなく、背負っていた大きな袋の中にしまい込む。

完全武装なので、鉄のゴーレムのようにも見えた。

コールは疲れたようにため息をついてから、視線をロランの者たちに向けた。

「お前たちも頼んだぞ」

「はい。お任せください」

粛々とうなずくロランの人間には、商人風の者と行政官風の者が混じっている。

そんな彼らに、コールは大股で距離を詰め、顔を覗き込むようにして言った。

「本当に、頼んだぞ。余計な小遣い稼ぎや、ロランのためだと言って、変な悪だくみをするなよ。僕の一存じゃ、お前らの命を守れないんだからな」

ロランから派遣されている者たちは、コールの真剣な顔に固唾を飲み、大きく頭を下げていた。そんな彼らがちらりと見たのは、なぜかこちらのほう。

彼らがちょっとした不正を働いても、もちろん縛り首にするつもりなどない。

ただ、せっかくコールが脅しあげてくれているので、黙っておいた。

代わりに自分が声をかけたのは、一団の最後尾に控えている獣人たちだ。

「皆さんも、危険があったら無理はせずに」

『もったいないお言葉』

牛のような獣人がそう言った。

ゲラリオがクルルたちやバダダムたちを訓練していたように、バランのほうでもめぼしい獣人たちを戦えるように訓練していたらしい。

バダダムたちの活躍を聞いて、我も我もと弟子入りが殺到しているらしいので、やはりドドルの懸念は正しかったと思う。

「では、グアノと石炭の発見、お願いします」

バランはうなずき、ロランの者たちは平身低頭し、獣人たちは初めての公的な仕事に鼻息荒く意気込んでいた。

グアノとは、海鳥や渡り鳥の糞が堆積したもののこと。

化学肥料並みに強力で、前の世界でも奪い合いだった。

海に船で出るといつも海鳥がついてきたので、もしやと思って船乗りたちに確認したら、確かにそういう岩場や島が海に点在しているとのことだった。

このグアノと、さらに石炭は、近代化に必要な二大アイテムと言って差し支えない。

これらを発見できるかどうかに、ジレーヌ領が一足飛びに帝国と戦える領地になれるかどうかがかかっている。

グアノも石炭も、まだこの世界では真の有用性に気づかれていないから、採掘権を手に入れるのはさほど難しくないはず。

しかし、誰かが欲しいと口にすれば、たちまち渡すのを惜しむのが人間というものだ。

そのためにイーリアと教会からの書簡を渡し、さらにロランの人間たちの法律の知識で武装することとなった。

一応平和的にというのが大原則だが、相手が平和主義者かはわからない。

そこで実力行使が可能なバランと獣人たちを送り込む。

この一行に、ロランから来ている商人たちも同行しているのは、石炭やグアノをジレーヌまで運ぶための、継続的な流通網を構築してもらうためだ。

教会からの書簡を持たせたのも、各地の領主と同盟を組んだ際に構築した、各地に点在する魔石鉱山と各地域の町を繋ぐ、教会ネットワークの試験を兼ねるため。

なのでおそらく今後、島の外に資源などを探しに行く際は、このパーティーがひな型になるだろう。

歴史に名前が載るかも、なんて冗談で口にしたら、獣人たちの張り切りようはすごかった。

「ツァツァルのこと、頼んだぞ」

船に乗る直前、バランがそう言った。

ゲラリオがいないので、バランも出かけるとなると、ツァツァルを傍で守る者がいなくなる。

仲間のことを思うと不安だろうと、バランに向けて可能な限り力強くうなずいたら、首を横に振られた。

「痛みで苦しむ振りをするだろうが、無視しろ。酒は一日一杯までだ」

「……」

獣人たちからは師と呼ばれ、独特の落ち着きと透徹した意志をその胸に秘めたツァツァル。

傷が痛む振りをして酒をねだる様子が想像できなかったが、バランは表情を崩さない。

「あいつは、お前らの前で見栄を張り過ぎている」

自分は少しずつ口元が笑い、聞き返す。

「ゲラリオさんのように?」

バランはにやりと笑い、大きな手でこちらの肩を叩き、船に乗り込んだ。

彼らを乗せた船はほどなく港を発ち、どんどん小さくなっていった。

「じゃあ、僕は次の仕事があるから行くぞ」

「あ、はい、お疲れさまでした」

コールが立ち去っても、ぐずぐずと船を見送っていたのは、島の命運が彼らにかかっているから……だけではない。

これでひととおり、仕事が片付いてしまったから。

イーリアの命令に従い、クルルとの和解という大仕事を、こなさなければならなかった。