軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十六話

***頼信⑯***

銀行はあれこれ考慮した結果、公証人組合が管理する建物の一階に間借りして営業することとなった。

元々契約を扱う場所だし、仕事的に銀行と相性もいい。

窓口には人間を配置し、獣人たちはその背後で事務仕事を含めて対応する形式だ。

身分の証となる匂いについては、ドドルたちに相談したところ、普段から身に着けているものか髪の毛を預かればほぼ間違えまいという話だった。

特にここは、毎日風呂に入ったり、香水が普及していたりする世界ではないこともある。

またその他の細かい運用は、とにかく動かしながら調整するしかない。

公証人たちは獣人が出入りすることにいささか難色を示していたが、この島の領主様がだれかを思い出せば、彼らは結局文句を飲み込んで、長い物には巻かれろという感じだった。

「それで、仲直りはしたのかしら?」

公証人の組合長に健吾やイーリアを交え、あれこれ話し終えた後。

銀行の営業窓口をどう建設するかで、健吾と公証人の組合長たちが木工職人を交えて相談するのを眺めていたら、イーリアが話しかけてきた。

「いえ……」

自分が答えると、イーリアのクソでかためいきが聞こえて、身をすくませた。

「あなたは、ほんっとうに、駄目ね」

返す言葉もない。

あの時、頬を染めて上目遣いになったクルルがなにを予想していたのか、自分は目を覚ましてしばらくしてから、ようやく気がついた。

しかも、そう。

クルルはそのことに戸惑いながらも、受け入れようとしてくれたのだ。

思い出すと胃がものすごく痛い。

直接誰かに掴まれているような気がするが、それは多分、クルルの生霊だろう。

「クルルが広間にいないから探しに行ったら、あなたがひっくり返って、クルルが酒を呷ってるんだもの。んふっ、まったく、話を聞いて、んふふっ……馬鹿よ、馬鹿ね、あははははっ」

意地の悪いところがある領主様の大好物は、他人の色恋沙汰。

話しながらもむせるように笑いだし、尻尾をぱたぱたさせていた。

「それで、あの……クルルさんは?」

いつもイーリアの側にいるクルルが、今日はいない。

イーリアはこちらを鋭い目で見て、肩をすくめる。

「すごい怖い顔で、炊事場にある鍋を片っ端から磨いてるわ」

なんだかよくわからないが、その怒りの深さだけはわかる。

「あなたたちの話は、いつも楽しいは楽しいんだけど、あまりクルルをいじめないでよ」

「いや、いじめたわけでは……」

そもそもそんなことできるはずもない。

今も殴られた顎のかみ合わせが若干おかしいし、なんだか顔がかゆいと思ったら、思いきり引っ掻かれてもいたらしい。

「領主命令よ。このあとすぐ屋敷に出頭して、クルルと仲直りすること」

「……」

イーリアの細い指が、こちらの胸を突く。

意地悪半分、本気半分だろう。

「……今行ったら、火に油を注ぎませんか?」

こういうのは少し時間を置くべきでは。

するとイーリアは冷ややかな目をした後、もっと冷たく笑ってみせる。

「安心して。あなたが死んでるのを見かけたら、また鉱山に置いておいてあげるから」

この世界ならではのブラックジョーク。

イーリアは本当にいい性格をしている。

「それにほら、魔法の研究をするとかしないとか言ってたんでしょ?」

「え?」

「あなたが忙しいのはわかるけど、あの子はあの子で、クウォンから戻ってきてからいそいそと魔石とか準備してたのよ」

「えっ」

「良い機会でしょ。ちょっとくらい仕事放り出して、付き合ってあげなさいよ」

クルルはそんなことおくびにも出していなかった。

ヘレナのために鉱脈を探す時もそうだ。

けれど、確かにクウォンからの帰り道、鉄鋼生産やらの話と共に、死神の口を巡る実験や、魔法そのものの性質を確かめなければならないような話をした。

それを聞いたクルルが、裏では魔石を準備して、声をかけられるのを待っていたらしい。

その健気さにまた胸が痛くなる。

普段が普段だけに、そういうギャップはちょっとずるいと思う。

「あなたたち、やっぱりお似合いだと思うのよね」

そんな言葉だけ、イーリアは呆れたような顔で言う。

「ちなみに夏までにはくっつくだろうって私は賭けてるから、さっさとしてよ」

「え、えっ?」

「ケンゴは来年の春で、マークスは無理だって。まあ、マークスは願望だろうけど」

満面の笑顔でそんなことを言うイーリアに、どういう顔をすればいいのかわからない。

すっかりみんなの話のネタにされているが、確かに昨晩の様子を思い出す限り、後は自分の勇気次第という気もしなくはない。

いや、正直に言うと、受け入れてくれるはずだという確信がある。

でも、勇気。勇気なのだ。

数々の問題は現代知識チートでどうにかなっても、勇気だけは理屈ではない。

どれだけ安全だとわかっていても、バンジージャンプの直前には足が動かなくなる。

囃し立てる野次馬と、飛び出そうとする本人とでは、見えている景色が全然違うのだ。

だから自分は、いつも安全圏でからかってくるイーリアに、やり返した。

「イーリアさんこそ、ゲラリオさんはどうなんです」

するとイーリアはぽかんとして、くすぐったそうに笑いだす。

「あの人は昔の仲間を連れてくる予定なんでしょ? きっと同じような人たちよね。それを見てから決めようかなって」

一ミリも照れた様子がなく、この手の話ではイーリアのほうが何枚も上だと思い知らされる。

「あ、でも」

イーリアは急に真剣な顔になって、言った。

「もしも連れてくるのが妖艶な女魔法使いだったら、どうしようかしら」

こちらを見て、唸っている。

なにがどうしようなのかはあえて聞かなかったが、イーリアは始終ご機嫌に、尻尾を振っていたのだった。