軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十八話

ヴォーデン属州の鉱山にいた蛮族の神、あるいは悪魔というのは、古代帝国時代の鉱夫だということだった。

ならば可能性として、クウォンの聖女もそれに類する存在かもしれず、万が一のことを考えてドブリンから即席の古代帝国語レッスンを受けることになった。

最初は、貴重な知識を安易に渡すなどと、と渋っていたドブリンだが、自身の研究に関心を持たれていることそのものについてはまんざらでもないようで、おだてたら結局熱心に教えてくれた。

なお、ファルオーネだけでなく自分たちも講義を受けたのは、万が一聖女が古代帝国時代を生きてきた存在だった時のための保険だった。

自分たちも古代帝国語がわからないと、ファルオーネと聖女が古代帝国語でやりとりし始めても、その中身がわからない。

それはファルオーネを信用していないというわけではなく、誤訳からとんでもないすれ違いをする可能性を極力なくすためだ。

「あんなおかしな奴に金を出すのか?」

結局丸三日ほど講義を受けた後、基礎的な単語と文法についてのメモ書きを用意してもらったうえで、自分たちはクウォンに向けて旅立った。

ドブリンは自分たちのクウォン行きにはついてこず、河口の町で自分たちの帰りを待つとのことだった。宿賃を滞納している宿に赴けば、パトロンの元から持ち出した書籍や資料で溢れていたから、簡単に移動できないのだろう。

クルルがそんなドブリンへの不満を口にしたのは、河口から川を遡行する船に乗った時のことだ。

「あれの知識には金を払うだけの価値がある。そして世の真理は、罪人が見つけようと、聖人が見つけようと、変わらない価値を持つ」

ファルオーネの言葉に、クルルは顔をしかめていた。

「それに、あいつは照れ屋なのだよ。つい変人ぶってしまうのだ」

その言葉に、クルルは尻尾の先端をちょっと動かしていた。

ツンデレ気味のクルルなので、照れ屋という自覚があるのかもしれないし、その師匠はいつも悪い男ぶる良い男だ。

「実際、ドブリンさんの知識をファルオーネさんはすでにあの鉱山で活用できていたわけですからね。ここでお会いできたのは助かりました」

「んむ。クウォンから戻ったら、すぐにまたヴォーデンに向かいたいくらいだ。あの鉱夫からはたくさん聞きたいことがある」

「またあんな辛気臭いところに行くのか? 次はコールお坊ちゃんか誰かに護衛を頼め」

「なに、私ひとりでも構わん」

「それはやめてください……」

そんな会話をしていたら、クルルがふと言った。

「それより、本当に聖女に会えるのか? 三日間もあの変なゴブリンに付き合ったのに、会えないなんてことになったら間抜けすぎる」

そのクルルが見ているのは、こちらの胸元だ。

そこには河口の町の教会からもらった、推薦状があった。

癒しの奇跡を起こす聖女には、庶民が簡単に会えるものではない。

それで教会から推薦状をもらおうと赴いたが、クローデルからの手紙では足りず、たっぷりの寄付金をはずむ羽目になった。

それでも会えるかどうか定かでなく、聞くところによると、クウォンはその手の陳情者でごった返しているらしい。

「というか、本当に存在しているんだよな?」

河口の町はクウォンから流れ出る川の終着点にあったため、当然、聖女についての情報は豊富だった。けれども聖女についての具体的な話を聞き集めると、どうも要領を得ないのだ。

それどころか、癒しの奇跡を疑問視する者たちが少なくなかった。

中には、本当は聖女なんていやしないと口さがなく言う者までいた。

実際にクウォンに赴いたことのある者によれば、どうやらその聖女というのは極稀に奥の院からちょっと顔を見せ、奇跡の片鱗を振りまいてすぐに引っ込んでしまうらしい。

彼女から直接癒しの奇跡を授けられた者の話はあるが、実際にそんな人物を見たことのある人はおらず、彼女の声を聞いたことのある者すらいないという。

それから、聖女が魔石を使わずに魔法を使うという話も皆が知っていて、隠されている風ではない。

魔物と魔法の関係が世界の秘密なのだとしたら、これが放置されているのは実におかしい。

そんなわけで、聖女は今のところ偽物である可能性が高く、ゲラリオなどは明らかに意気消沈し、クウォンに向かう間、船の縁に肘をついて静かに川岸を見つめていた。

川岸では二人の獣人が、船を綱で引いて歩いている。力強く船を引く獣人たちの姿に、共に戦場を駆けたツァツァルの往時の姿を思い出すのかもしれない。

ちなみに船は五艘ほど連なっていて、自分たちはその真ん中あたりにいる。

先頭は屋根付きのお貴族様用で、真ん中が庶民向け。最後尾は荷物を運ぶ船で、ツァツァルやバダダムたち獣人は、そちらに乗っていた。

「ゲラリオさん」

声をかけると、歴戦の冒険者がこちらを見る。

「きっと本物ですよ」

「……」

ゲラリオは鼻を小指でほじってから言った。

「回復魔法なんて今更信じちゃいないさ」

これまでも散々探してきたらしいので、ある意味で本音だろう。

「それに、会えなくたって、そこにいるとわかれば十分だ。いざとなれぱ無理やり乗り込んで、ヴェールを引っぺがせばいい。帰りは川下りだしな。逃げるには好都合だろ」

これもどこまで本気かわからないが、やりかねないのでちょっと怖い。

「ただ、本当に悪魔や精霊の類だとしたら、反撃が面倒だな……」

戦いを想定しているあたり、口で言うほど諦めてはいないのがわかる。

どうか穏便な方法で出会えますようにと祈りつつ、遠く川上にうっすら見えている山岳地帯を見やったのだった。