軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十七話

「我が名はドブリン。口の悪い連中は、ゴブリンの仲間だと言う」

そう言ってドブリンがひゃっひゃっと笑うと、歯のない口と、禿げあがった頭、それに曲がった背中がいかにもゴブリンなのだった。

このドブリンといるのは河口の町の酒場で、クルルの不平と尻尾による顔への攻撃を受けながらもずっと寝倒した、その翌日のこと。

ようやく頭がしゃっきりしてきたため、ファルオーネの紹介によって顔合わせしたのだが、待っていたのは実に趣深い人物だった。

「異端審問官に捕まった回数で唯一私を越えるのがこのドブリンだが、知識は信用できる」

ファルオーネの言葉に、ドブリンは眉を大きく上げた。

「我輩は連中に捕まったのではない。連中の手の内を探りにいったのだ」

私の頭の生え際が後退したのではない、私自身が前進したのだ、みたいなネットミームを思い出した。

そんなドブリンが、やたらぎょろぎょろした目をこちらに向けてくる。

「時に、そなたが我輩の研究に資金を出してくれるとか?」

「ええ、ドブリンさんの研究に感銘を受けまして。一助になれましたらと」

古代帝国時代の文章は残っていても、その音は失われているらしく、それを復活させようと孤軍奮闘している変人というのが、このドブリンだ。

「なんでも構わんよ。金を出してくれて、口を出さないのであればね」

にやりと笑ったドブリンはこちらの手を握る。

老人特有の少し湿ったような皮膚だが、その奥にある骨はやたら固く感じた。

「ヨリノブ殿は魔石加工の指揮も執っていてな。魔石に刻まれた文字など、色々と興味を持っているのだ。そのために私のような者が他に三人、ヨリノブ殿の支援の下、知的探究に明け暮れている」

ファルオーネの紹介に、ドブリンはどこまでこちらのことを信用しているのか、ふんふんとうなずいている。

「鉱山帰りはなにを見ても物珍しいだろうからね。我輩も別の世界とやらに行ってみたいものだよ」

「その点については、ヨリノブ殿から色々話を聞けるだろう。この世のすべての書物を収められるのに、小指の先に乗る程度の大きさという不思議な板の話が、私はお気に入りだ」

「ほほう?」

ファルオーネがもっと年を取って、風雪に削られて縮んだらこんな感じの老人になるのだろうか。

ドブリンはそう思わせる人物だった。

「別の世界の話には実に興味が引かれるが、私の専門は古代帝国語だ。そして望むのは誰も訪れない静かな小屋、豊富なペンと紙。面倒な教会と帝国の官憲からの庇護。それにきつい酒と干し魚だ」

ファルオーネはこちらを見る。

事前に聞かされていた要求どおりだったが、幸い、ジレーヌの島の西側には、その望みにぴったりな漁師小屋がいくつかある。

「ご用意できます」

「ほう、ほう。若いのに立派な決断力。いい領主になれるだろう」

ドブリンはにんまり笑って、また握手を求めてくる。

「では、世話になる。世界の誰も知らない知識へと向かう旅路を、間近で見られるなどそうそうできる経験ではない。いい金の使い方をしたな、ヨリノブ殿!」

パトロンとして礼を言われるのではなく、いい金の使い方をしたと褒められる。

人によって好き嫌いの別れそうなドブリンだが、自分は一気に好きになっていた。

「して、早速で悪いのだがなあ」

そんなドブリンが、まさに悪いゴブリンみたいな笑みを見せる。

いや、特徴的な目つきと顔のしわのせいでそう見えるだけで、苦笑しているらしい。

「宿代と、商会への支払いをどうにかしてもらえんか。前の主人から路銀をもらったんだが、ここにたどり着くのが精いっぱいだったのだ」

この町でドブリンと待ち合わせたのは、偶然だった。

ドブリンは手紙でやりとりしていたファルオーネに、この町で路銀が尽きてしまったと泣きついたらしい。

どうやらすでにだいぶ前から拠点を追い出されそうになっていて、ファルオーネからの手紙を受け取るとこれ幸い、一か八かでジレーヌ領を目指したようだ。

「ドブリンよ。今回は随分長く養ってもらっていたようなのに、どうして追い出されたのだ? 領主との関係はうまくいっていたはずだろう」

銀杏みたいな焼いた木の実の殻を割りながら、ファルオーネが尋ねる。

「歳月は無情なものだ。代替わりだよ。新しい当主も坊の頃から手なずけておいたのだが、その嫁が吝嗇でなあ。わけのわからん食客に金はだせんと。最後の日々はあからさまに我輩を穀潰し扱いしおって! まったく、知の探究をなんだと思っているんだ」

どこにでも物好きはいるものなので、パトロンを見つけて食いつないでいるらしい。

「して、どうかね、ヨリノブ殿。支払いのほうは」

「もちろん構いません。ただ、その代わり、古代帝国語の研究成果を見せてもらえませんか?」

普段は門外不出だとか言って人に見せようとしないが、困窮している今なら見るチャンスだと、ファルオーネのアドバイスだった。

その話を宿で一緒に聞いていたクルルは、そんな奴を信用していいのかと言わんばかりだったが、実際に目の当たりにして、余計に警戒の度を高めていた。

確かにこのドブリン、うさん臭さが爆発していて、その度合いはファルオーネよりすごい。

でもこの世知辛い世界で、なんの役にも立たない学問を追いかけるというのは、このくらいじゃないとできないのだろう。

「うーむ……本来ならば誰にも見せんのだがな。ほかならぬヨリノブ殿の頼みだ。仕方あるまい」

「ありがとうございます」

「んむ。ところで、いささか話しすぎて喉が痛いのだがね。追加の酒を頼んでも?」

「どうぞどうぞ」

クルルは顔をしかめていたし、少し離れたところでドブリンを観察しているゲラリオは、苦笑いを飲み下すように酒に口をつけていたのだった。