軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

86 クラフトコーラとライムモヒート

「ええ、そうね…シロップよ。材料は手に入るかしら?」

アデライーデはワクワク顔で料理人の返事を待った。

「粒のシナモン クローブ スターアニス バニラビーンズ 黒胡椒 粉のナツメグ レモン 砂糖 水……。どれも厨房にございます」

「本当に!?」

「は…はい」

がばっと前のめりになるアデライーデに驚く料理人は、怯えながら答えた。

「お願い、ぜひ作ってほしいの」

「仰せとあらば…」

「嬉しいわ!冷蔵庫…いえ氷室とか離宮にあるの?」

「氷室と申しますか…氷を保存できる程のものではございませんが、厨房の地下室が冷気のある保存庫になっております」

「本当に?」

--冷蔵庫がある!!やったわ!

飛び上がりそうになるのを抑えて、レシピを直接料理人に手渡した。

目の端でレナードがコホンと咳払いをしているのが入るが、見えないふりをした。

「カラメルはね、焦げる一歩手前…お砂糖は白くない方が良いわ。レモンの白い皮は極力少なく…」

「作り終わって粗熱が取れたら、煮沸消毒した広口瓶に入れて保存庫で一晩寝かせて欲しいの…。一緒に今日持って帰った炭酸水の瓶も全部保存庫で冷やしていてほしいのだけど場所はあるかしら」

「はい。ございます」

--今から冷やせば…明日にはばっちり冷えているはず…うふふ

「では、私はこれにて…」

料理人が部屋から下がると、すすすーっとレナードが寄ってきた。

「アデライーデ様…」

「はい…なんでしょう」

「料理人との距離が近うございます」

「だって、側に行かないと説明が出来ないんだもの…」

「彼は料理人ですので、レシピを見ればわかります」

「だって、初めてのものよ?最初は教えた方が良いと思うの。それより私が厨房に行って直接作ったほうが…」

「貴婦人は、厨房にはお入りにはなりません」

「うー」

「貴婦人は、うーとも言いません」

「はい…」

離宮に帰ってきてからのレナードと何度も繰り返されたやり取りをもう一度繰り返した。

離宮に帰ってきて、早速シロップを作ろうとレナードに厨房の場所を聞いたら絶対ダメだと止められたのだ。

高貴な方は使用人のスペースに入ってはいけない。

料理は料理人が作るもので、 貴人(きじん) はそれを味わうものですと。

--そう言えば、皇太后様も皇居にキッチンを作るのに何年もかかったって聞いたわね。

もちろん、前世の話だ。

多分ゴリ押しをすれば入れなくはないのかもしれないが、昨日マリアとの食事をするのを認めてもらった手前、そういう事はしたくない。

慣習を変えるのに時間がかかるのはしょうがない。

レシピを渡して料理人に作ってもらう事は良いと言うので、やっと呼んでもらったのだ。

「先程のレシピは、帝国でよく飲まれているものなのですか?」

「いいえ…多分私以外は誰も知らないものです」

「それは…」

もしかして、母君のご実家のレシピなのかと言いかけて、レナードは口をつぐんだ。

料理や薬は、考案した料理人や薬師が秘伝とし後継者のみが継承できる。

王家や各貴族の家にも、代々伝わる料理や薬を家の秘伝として持ち出させないようにして政治や交渉の駆け引きの材料に使うのだ。

高位貴族の娘は実家から許されて、レシピを暗記している料理人や薬師を連れて嫁ぐ事もある。タクシスからアデライーデの母の実家は既に無く、親族も既にいないと聞いていた。もしかするとアデライーデは母親の実家の秘伝のレシピを受け継いでいるのかもしれない。

それならば、あれほど自分で作りたがった合点がいく…。

アデライーデが連れてきたのは侍女のマリアただ一人。

そのマリアも母君の実家の 縁(ゆかり) の者ではなく、帝国でつけられた侍女だと聞いている。

もしかして、自分は母親の秘伝のレシピを大切に思うこの若い貴婦人に暴挙をしているのではないか…

「アデライーデ様」

沈痛な面持ちでレナードが声をかけた。

「はい」

「何事にも例外が、ございます…」

「はい……?」

「できうる限りですが、貴婦人の 則(のり) の 範疇(はんちゅう) を超えぬことであれば…お気持ちに沿いたく存じます」

「??? ありがとう…レナード」

厳しい顔をしたと思ったら、申し訳無いような雰囲気をさせて協力すると言い出したレナードがよくわからなかった。

--とりあえずお礼を言っておこう。

それは…盛大な勘違いではあるのだが…今ここでそれに気がつく者は誰もいない。

翌日、お昼過ぎにレナードが料理人を連れてアデライーデの許を訪れた。

冷えたシロップと炭酸水の瓶と冷水。ライムとオレンジの輪切りとくし切りにしたものとジュース。それらを載せたティーワゴンを料理人が部屋に運ぶとアデライーデの顔がキラキラと輝いた。

料理人がシロップをグラスの3分の1ほど入れ、炭酸水を注いで軽くステアしてアデライーデのテーブルの前に置いた。

濃い琥珀色の飲み物は炭酸の泡を纏っている。

「いただきます」

グラスを手に取り、一気にごくごくと飲み干した。炭酸の程よい刺激が懐かしい飲み物。

--これよこれ!コーラよ!美味しいわ〜

陽子さんの娘の薫が小学生の時に夏休みのイベントで参加したお料理教室で習ってきて一家でハマったクラフトコーラなのだ。

本物のコーラと飲み比べると従兄弟のような感じだが、かなりコーラに近い。香辛料のスパイシーな風味が豊かなスパイシーソーダ。それがこのクラフトコーラなのだ。

「みんなも飲んでみて。好き嫌いがはっきり分かれるとは思うけど」

「……よろしいでしょうか」

「もちろんよ」

レナードは、料理人に命じて同じものをマリアやミナ達の分も作らせた。

「ほぅ… これは」

「美味しいですわ」

レナードとエミリアは気に入ったようですぐにグラスを空けたがマリアとミナとエマはだめだったようでちびちびと飲んでいる。

「それじゃ、オレンジジュースを3分1で炭酸水を混ぜて好みで蜂蜜を入れるといいわ」

「美味しいです!」

こちらは気に入ったようで嬉しそうに飲み始めた。

「レナード…蒸留酒は何かあるかしら」

「蒸留酒でございますか?シュナップスならば…」

料理人が厨房からシュナップスを持ってくるとライムを絞って蜂蜜と混ぜライムの輪切りと一緒にグラスに入れてもらった。

シュナップスと炭酸水を入れミントを飾るとライムモヒートの出来上がりだ。

「なんと…」

レナードは一口飲んでその口当たりの良さに驚いた。酒はそのままを飲むのが良しとされていたのでこんな風に混ぜて飲んだ事がなかったのだ。

それにライムの爽やかさを炭酸水が引き立てている。

「みんな自分の好みで量を調整して飲んでみてね、炭酸水がダメならお水で割るといいわ」

アデライーデは、そっと1人コークハイを作って飲んでいる。

皆がティーワゴンを囲みそれぞれに自分好みのライムモヒートを作り始めた。

「私はライム多めで蜂蜜少なめがいいです」

「私は蜂蜜たっぷりが好きかも」

「炭酸水よりお水の方が飲みやすいです」

「お酒を入れないでジュースとして飲んでも美味しいわ」

「オレンジでも美味しいわね」

「晩餐会でお出ししたいです」

--先代様がいらっしゃれば、さぞお喜びだったでしょうな。誰も見向きもしなかった炭酸水を使ってこのように美味しい飲み物を作られるとは…

アデライーデを囲んで料理人やマリア達がわいわいしているのをレナードはライムモヒートを飲みながら眺めていた。