軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85 ライオンとシロップのレシピ

「それでは、管理人に本日詰めた水を後で届けてもらうよう頼んでまいります」

副団長のギャレンが、近くの(それでもちょっと離れているが)家に向っていく。井戸の清掃や炭酸水の出荷(殆どが離宮だが)を頼んでいる家だという。

「炭酸水の井戸はバルクではこの一本だけと聞いたのだけど、近隣の国でも無いの?」

「あるかもしれませんが、この近隣では聞いたことないですね」

「そう…料理以外には何に使っているの?」

「特には…聞いたことはございませんね。井戸は他にもございますし何より湖がありますからわざわざ炭酸水を使う事はないのだと思います」

「こんなに立派な井戸なのに…」

岩場で雄ライオンが、「がおー」と水を出している彫刻は中々に迫力のある物だと思うが…。周りも丁寧に掃除され花も植えられている。

「ありがとうございます。この井戸を整備された先代様がお聞きになったらお喜びになったでしょう」

「先代様からなの?炭酸水を飲むようになったのは」

「はい…それまで小さな泉でぶくぶくとした水は子供の遊び場になっていましたが、たまたま散策に来ていた先代様がそれを見つけて面白いと…。先代様は経済に力を入れておりましたから…。離宮のお客様も珍しさに驚いて良い話題になりましたが、お好みになる方は中々…」

--そうよね。炭酸水飲み慣れている私達の世代でも苦手な人は結構いたものね

「好みは仕方ないわ。でも私は炭酸水って好きですよ」

「誠でございますか!!」

後ろから大きな声がしたのでアデライーデが振り向くと、そこには白髪の老人とギャレンがいた。

「大声を出して申し訳ございません」

老人がすぐにアデライーデに騎士の礼をとると、ラインハートが一歩進み出てアデライーデに老人を紹介した。

「アデライーデ様、井戸の管理人のハンス・ビューロー殿です。元離宮の騎士でございました」ラインハートがそう紹介したところを見るとこの老人はラインハートの元先輩らしい。

「ハンス・ビューローでございます。先代様よりこの井戸の管理を任されておりました。先代様が大切に思われていた井戸水をアデライーデ様もお好きだとは神の巡りあわせにございます…」

「ハンス、管理をありがとうございます。これからもよろしくね。炭酸水は料理や飲み物にも色々使えると思いますから、何本か離宮に持って来てほしいの」

「すぐにでも」

そう言うと、ハンスは瓶詰めの為に家に戻っていった。

ハンスは騎士を退職後も先代の側にいたいと申し出て井戸の管理人になった忠義の人だと言う。

せっかく来たのだからと、レナードに村を散歩しながら尋ねると村の産業は湖での漁業と少しばかりの畑。主な収入は離宮からの細々した仕事の依頼だけと言う。先代が亡くなってからはその依頼も減り村も寂しくなっているようだ。

鍛冶屋と雑貨店が一軒ずつ。それに食堂と酒場を兼ねた宿屋が一軒。その他は自給自足。村の家や道は見栄えの事もあって離宮が無償でしているとレナードが説明をしてくれた。

家は低い生け垣に囲まれたお揃いのオレンジの屋根と白い壁の家で、花壇を整えるのがこの村の決まりだ。

とてもきれいだが、人が少ないので少し寂しい。特に子供が少ないので余計に静かな村と言う印象だ。

「村にご興味があるのですか」

村の生活を詳しく聞いているとレナードがアデライーデに尋ねた。

「だって、私の村とお聞きしたわ。私の村なら色々知っておいた方がいいと思うのだけど…。村を持つのは初めてだけど、村の人が不便な事や困った事があった時に何も知らないではダメだと思うから…」

「左様でございましたか」

レナードは目を細めて頷いていた。ここを訪れる貴族女性は村の美しさに興味は持っても、村人の生活に興味を示さない。

不敬ながら先王妃様も村の景観を気にする事はあっても村人の事にはあまり興味を示されなかった。

「私の村って事もあるけど、この村をとても好きになれそうだわ」

「それは…良いことでございます」

レナードは、アデライーデが離宮に住むと言う話を聞いてこの静かで落ち着いた離宮がどうなる事かと思っていた。夫と別の屋敷に住む貴族女性の色々な面倒事を知っているレナードは少しばかり気が滅入っていたのだ。

流石に正妃のアデライーデがそんな事をするとは思えないが、女主人に仕えるのは少しばかりの気を使う。タクシスからアデライーデ様は問題無いようだと言われていたが、アルヘルムやタクシスに向ける表向きの顔と使用人達に向ける実際の顔は違うものだ。

まして帝国の皇女の当たり前は、この小国では応えきれない事が多いだろう。食事の内容から使用するものまで不満は沢山出てくるはず。

お諌めするのは骨だな…そう思ったアデライーデの最初の我がままは「侍女と食事をしたい」だった。

いくら帝国から連れてきた侍女とは言え、使用人。

主が使用人と共に食事をするのは…とお止めしようとしたがアデライーデのお願いに思わず認めてしまった。

その後のお願いは「井戸を見たい」だ。

--変わったお方だ。しかし村を大切に思ってくださるとはありがたい事。それに心配していたようなご要望は無さそうで良かった。我がままで振り回される事はなさそうだ。

レナードはそう思って、ホッとしていた。

が、レナードはまだ知らない。

後に1番振り回されるのは自分だということを。

ハンスに詰めてもらった炭酸水の瓶ワンケースを受け取り、アデライーデは「これで色々作れるわ!」とホクホク顔で離宮に持って帰り、早速料理人を部屋に呼んでもらった。

料理人が何か不備があったのかと緊張して部屋に入ると、アデライーデはニコニコ笑って「作って欲しいものがあるの」と1枚の紙を差し出した。

マリアから受け取った紙を見た料理人は、不思議そうな顔をして「シロップでございますか?」と呟いた。