軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50 若いワイン

「良かったな」

「聞いたのか?」

フィリップの部屋を出て、執務室に戻ったアルヘルムにタクシスが声をかけた。

すでに、夕闇が迫る時刻になっている。

「ナッサウが涙ぐみながら報告してくれた。飲むか?」

「頼む」

アルヘルムがそう答えるとタクシスはグラスにワインを注ぎボトルをテーブルに置いた。

「そのワインは…」

「ナッサウからだ」

懐かしいワインラベル。テレサと二人でデザインした…いやほとんどテレサがデザインしたフィリップが生まれた年のワインラベルだ。

子供が生まれるたびに成年したら一緒に飲むつもりで作らせたものだ。

「ナッサウに赤と白一本ずつ渡したろ?白はテレサ様のところに持っていくと言っていた」

グラスを合わせ口にすると、ビンテージワインにはまだ若い口当たりだ。

「フィリップのようだな」とタクシスが言うと「あぁ、そうだな。まだこれからという味だ」と、アルヘルムも同意した。

しばらくワインを味わうと、タクシスがソファに深くもたれかかった。

「フィリップは、今回の顛末を理解したのか?」

「あぁ。少し早いが色々教えようと思う」

「それがいい、フィリップ達はお前とはまた違った状況になるからな」

「違った?」

「帝国の皇女を義母に持つんだ。婚約者もいないしな。お前の時のように国内からだけでなく周辺国からもそのうち打診は来るだろう。皇女様との間に王子が出来れば、また話はややこしくなるがな」

「そうだな…」

「2年の猶予があって良かったと思うぞ。仮に14-15才年が離れていれば後継争いは起こりにくい…」

「………」

「聞いているのか? どうした?」

アルヘルムはグラスのワインをじっと見ていた。

「なんというか…今まで会ってきたご婦人…いやご婦人では失礼か、未成年だから少女か?」

「? 何を言ってるんだ。落ち着け…ご令嬢だろ… どうした?安心して、気が抜けすぎているんじゃないか」

常に気が張っているアルヘルムは、大きな判断したあとはしばらく腑抜けになる…テレサにも見せられない無防備な姿を執務室の中でタクシスは何度見てきただろうか。

『フィリップの死』とも言える廃嫡がかかっていたからな…昨日から殆ど寝てもないだろう…アルヘルムの返事を待たず、タクシスはグラスに口をつける。

「あ? あぁ…そうだな…ご令嬢だな。アデライーデ様は本当に14才かと…フィリップと4つしか違わないのに…あの胆力はとても14才とは思えないんだ… 安心感みたいなものすら感じる。 ははっ、子供に安心感とはおかしいな」

アルヘルムは、フィリップと同じ年のワインを飲みながらそう言うと、グラスを置いた。

「何て言うかな…達観していると言うか…フィリップとそう年も変わらないのに『あのくらいの年の男の子は』なんて言うだろうか?まるで子供を何人も育てたことがあるような口ぶりだった」

「確かに、紹介の時の場の収め方は手慣れた感じはあったな。最初こそびっくりしていた顔をしていたがすぐに落ち着きを取り戻したし…」

「あと、浮ついたと言うか熱っぽい感じがまるで無い…」

「ん?どういう意味だ」

「第2夫人候補の令嬢達や未亡人と比べると、気に入られようとか気をひこうとか、そう言う雰囲気を全く感じないんだ…2度しか食事をしてないが聞かれるのは食事の事とバルク国の事だけで、私自身の事は聞かないんだ」

陽子さんは王様相手にどこまでプライベートを聞いていいかわからなかったので、仕事モード(偉い方バージョン)で接していた…

「…全ての女性は自分に興味を持つはず…という訳か」

タクシスがニヤリと笑って自分のグラスにワインを注ぐ。

「茶化すなよ…」

ムッとしながらタクシスの手からボトルを奪い自分のグラスに注いだ。

「いや、茶化してないぞ。王のお前に気に入られたい女性はたくさんいるからな」

「フン!どうだか…」

アルヘルムはソファに深くかけ直し天井を見上げた…

政務の手伝いのためにこの部屋を与えられてから10数年。変わらぬ模様だが、ろうそくの煤で少しくすんできている。

「……かと言って全くこちらに関心がないわけでも無い…。フィリップの事も『貸してやるから』という雰囲気も何もなく、本当に気にしていない…むしろ、なぜそんな事を気にするのかという感じだったよ」

「ふむ…」

しばらく二人とも無言だった。アルヘルムは天井を見つめ、タクシスはくるくるとワインを回していた。

「皇帝は、なぜうちに当初の予定の皇女と変えてまでアデライーデ様を送ってきたのだろう…遠く離れた貧しい国だぞ。何もない…」

「さぁな」

「娘を他国に嫁に出すって…」

「ブランシュはまだ2才だぞ…」

「………」

「ゾフィー様だったかな… 帝国の第1皇女で、西の大国に輿入れされた方も噂では穏やかな方らしい。他国に輿入れさせるのはそう言う方を選ぶんじゃないか?最初は厄介払いとも思っていたが、それもどうだかわからないしな」

「……アデライーデ様で良かった」

「ん?」

「そうでなかったら、フィリップはどうなっていたかわからなかった…」

「そうだな… ナッサウも慈悲深い方に来ていただいたと…」

そう言いかけてアルヘルムを見ると、緊張から開放され疲れが襲ったのだろう、ソファに体を預け寝入ってしまっている。

暖炉の薄明かりで見て取れる顔には、薄っすらとクマができていた。

タクシスは、ソファから立ち上がると暖炉に薪をそっと焚べ、寝ているアルヘルムに振り向いた。

「テレサ様にはうまく言っといてやるよ。貸しだからな」と小声で呟くと執務室の扉を閉めた。