軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

480 瞳を閉じる時

「貴女は! お父様がお亡くなりになってしまったこの時に、手紙のやりとりを辞退するとアデライーデ様に伝えたですって?」

祖父の葬儀の翌週、母の離宮に悲鳴に近い声が響き渡った。

「伯父様にも伝えて、それで良いと言われているわ」

「良いはずないでしょう?! ダランベール家とバルク国の繋がりを手放すなんて…ヘルマン兄様も何を考えているんだか! まったく…」

親が亡くなった貴族女性の服喪期間は一年。その間は社交界や皇宮での公式行事への参加は慎むべきとされているが、皇帝に召し上げられた妃の場合は特殊で、妃の年齢や家格により七日から一月程となる。そして、その妃の子女である皇子皇女は葬儀当日だけ喪に服すのが慣例となっていた。

カトリーヌも降嫁しているとはいえ元皇女として慣例に習ったが、娘であるギルビットは3ヶ月服喪とすると周りに告知した。定められた期間より長く服喪するのは故人への深い敬意を表し、貴婦人として称賛される行為だからだ。

それを実家に告げると、ダランベールの家督を継いだ兄ヘルマンは相続の手続きと皇帝への挨拶を兼ねて皇宮を訪れ、ギルビットに「今後は派閥内の足場固めに力を割く。過度な社交は慎むように」と短く告げ、ダランベール家からギルビットの離宮への支援縮小を申し渡していた。

驚いたギルビットは、縮小された分の支援の要請と自分の服喪の間社交界でのダランベールの地位が落ちぬよう言い含める為にカトリーヌを呼び出した。だが、そこでカトリーヌから聞いたのは、バルク国との関係を断つような告白だった。

「でも、もう送ってしまったわ」

「はぁ」

貴族社会で絶大な 権力(ちから) を持っていた父が亡くなり、政敵が鵜の目鷹の目でダランベールの足元を狙う今こそ、それを跳ね除け勢力を伸ばさなければというのに、兄も娘もわかっていないとギルビットは深いため息をついた。

「支援の話はエリアスにしておくわ。断らないと思うけど、お母様が満足する支援になるかはわからないわ」

「何を言っているの? いずれ貴女の血を引く皇后がクレーヴェから立つのよ。その為に必要な支援を公爵がしないわけないでしょう?」

「……」

ギルビットは侍女にお茶を用意させると人払いをした。気に入りのお茶を飲み苛立つ気持ちを落ち着け、娘を正しく導かねばと別の話題を口にした。

「貴女がケヒェルト工房に作らせた『夜の宝飾品』は家門にとって素晴らしい功績ね。社交界では皆貴女の宝飾品の真似をしているわ。喪中の私は暫く着けられないのが惜しいけど。それに引き換え、お兄様の奥方も子達も凡庸で社交界で目立つ功績もなく役立たずよ。これからは貴女が派閥の顔となって社交界を引っ張るのよ」

ほとんど交流の無かった伯母や従兄弟達。

皇女時代は母の言う事そのままに彼らを下に見てきたが、最近カトリーヌの彼らを見る目は変わった。

ダランベールの家門の多くは小麦を主軸とした農業や林業に携わる。

バルクから帰国後、カトリーヌは思い立ってエリアスに頼み公爵夫人としてのマナーを身につけるべく初老のマナー教師を邸宅に招いていた。

マナー教師は静かな口調ではあるが毅然とカトリーヌの偏った考えを諭し、カトリーヌに口に出せない不安があると察した時には黙ってお茶を共にする穏やかな老婦人だった。

その老婦人のおかげか、ギルビットというベールを通さなくなったカトリーヌの目に伯母や従兄弟達の社交は、領地の産業を下支えするようなコツコツとした社交に見えた。

麦や木の改良や育ちは一朝一夕に出来るものではない。彼らの社交はそれに似ていると思えるまでカトリーヌは夫人として成長していた。

「役立たず…」

「そう。親の…家門の役に立たない子は子じゃないわ。ただの役立たずよ」

だったら、母は子を産むことはない自分を役立たずと断ずるだろうとカトリーヌは遠い目をして微笑んだ。

「もちろん貴女は違うわよ。この前贈ってくれたあの『揺れる髪飾り』あれも帝国中の話題をさらうわよ。あぁこんな時でなければ、私が一番に着けて皆に披露したかったわ」

ギルビットはカトリーヌの遠い目をした微笑みの下の苦い気持ちに気づかず、微笑みを返す。

揺れる髪飾りは花を模した宝飾品の花びら部品を極小のバネで繋ぎ、動くたびに小刻みに揺れる。カトリーヌがアイディアを出しヤコブが苦心して作ったケヒェルト工房の新作である。

「貴女も家門を盛り立てる為に良くやっているわ。アデライーデ様への手紙も時期をみてお書きなさいな。そうね。子ができた時にお知らせするとお返事を貰えるはずよ」

「ええ。…ええ。そうするわ」

ギルビットはカトリーヌの返事に満足そうに美しい顔を綻ばせティーカップを手に取った。

母はダランベールの…自分の血を引く子が皇后となりいずれその血を持つ皇帝が立つ事を夢見ている。貴族としてはそれはきっと正しい夢なのだろう。が、それを叶える事は自分にはできない。

「寝室を共に」と願えば、エリアスは義務としてそれを行うだろう。

最初は怒りだった。次に惨めさと悲しみが通り過ぎ、それでも言い出そうとするたび何の感情も映さないエリアスの瞳にそれまでの自分の行いを思い出し、カトリーヌはどうしてもそれを口に出す事はできなかった。

ーごめんなさい。お母様。私はお母様の夢を叶える事はできないわ。そして、あの子の手を借りることもしたくないの。だから…私は私にできることでお母様の期待に応えるわ。できない事ばかりでごめんなさい。

愛する母の望みを叶えられないと心の中で詫び、カトリーヌは持てる 矜持(プライド) の全てを使った微笑みを母に向けた。

「こほん」

始まりは小さな咳だった。

公爵夫人となり両の手の指で足りる程の年月が過ぎるかどうかという厳しい寒さの冬。カトリーヌは煌めく宝飾品を見つめ続けたその瞳を永遠に閉じる事となる。