軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

479 羽化と煌めき

富と権力の象徴として、貴族はより大きな宝石を好む。

なのでカットは宝石の大きさを活かし、宝石の周りの装飾は小粒な宝石かエナメルや金銀細工が主流で、宝飾品は昼の茶会でも夜会でも区別なくつけられていた。

バルクからクリスタルガラスのシャンデリアが皇宮に入り、格段に夜会は明るくなった。蝋燭の灯りに照らされて煌めくシャンデリア。シャンデリアのガラスは多方向から入る光を弾くようにカットが工夫されている。

カトリーヌは誰より皇宮の夜会に出て、あのクリスタルガラスのような煌めきが自分の宝飾品にも欲しいと思っていた。

ヤコブが差し出した耳飾りは今までの宝飾品とは違い、小粒ながら蝋燭の光を弾いて煌めいている。

「カトリーヌ様の仰られた『夜専用の宝飾品』の意味を知りたく、 伝(つて) を頼り皇宮の舞踏会へと参りました。恥ずかしながら私は、自分が作った宝飾品がどのような場所でご婦人方を飾っているのか知りませんでした」

ヤコブは耳飾りを見つめ、言葉を続ける。

「初めて見るバルクのクリスタルガラスのシャンデリアの眩いこと…まるで夜空の星全ての光を集めたかの如く天井で煌めき輝いておりました」

ヤコブはその目に皇宮の舞踏会を映しながら熱く語ったが、すぐに眉に皺を寄せる。

「ですが、ご婦人方を飾る宝飾品の煌めきはそれには及びませんでした。宝石なのに煌めきはガラスに劣っていたのです。私はそれでカトリーヌ様のお言葉の意味を知りました」

「それでこれを作ってきたの?」

「はい。カットの仕方を変え光を孕むように台座を工夫し、これを作りました。いかがでしょうか」

カトリーヌは耳飾りを手に取り蝋燭の光に当てた。

「煌めきが足りないわね。爪が大きすぎで邪魔だわ」

ヤコブはそれに続く辛辣ではあるが 真(まこと) を告げるカトリーヌの感想に熱心に耳を傾け、何事かぶつぶつと呟き「作り直して参ります」と言って耳飾りを鞄に仕舞い席を立とうとした。

「ねぇ、なぜ私の所に来たの? これを持って他の夫人の所に行けば、すぐさま買い上げられたはずよ」

自分にとって満足する煌めきではないが、ヤコブの持ってきた耳飾りは今までのものと違い十分に美しい。

カトリーヌも自分についての宝飾職人達からの評判を知らないわけではない。

今までの工房主達はカトリーヌのやり直しに不満げな顔をしたり、おべっかを使って何とか言いくるめ納品しようとした。

そしてやんわりとだが、理由をつけて次の注文を受けなくなった。今ではカトリーヌの依頼にすぐに参じるのはヤコブのケヒェルト工房だけである。

「それは、カトリーヌ様が今後の宝飾品の在り方そのものを変えるお方だと思うからです」

ヤコブは、さも当然という顔をして端的に言った。

「宝飾職人は、手にした宝石の最高の美しさを引き出す事が本分でございます。カトリーヌ様はどのような小さな宝飾品の一片にも一切妥協をされず、最高の美しさの為に私に最高の技術をお求めになります。きっとお求めの『夜専用の宝飾品』は、これからの宝飾品の在り方そのものを変えると思います」

ヤコブは他の工房主と違って、どのような物を求めるのかは詳しく聞くが、大げさなおべっかやカトリーヌのやり直しの 修正(リテイク) に、できない理由を並べ立てたりせず淡々と何度もやり直した宝飾品を持ってきていた。

「大げさね。私はただ、思った事好きな事を口にしただけよ」

「私は、そう思っております」

媚びるでもなく 阿(おもね) るでもないヤコブの言葉に、カトリーヌはふいと視線を反らした。

「……やり直したら、また持ってきなさい。見てあげるわ」

カトリーヌの言葉にヤコブは別れの挨拶をすると部屋を辞していった。

カトリーヌはヤコブが出ていったあと、人払いをしてライティングデスクの引き出しの中から小箱を取り出した。クリスタルガラスの一片が、蝋燭の光を浴びてきらきらと輝くのをカトリーヌは長い間じっと見つめていた。

翌日、カトリーヌはクレーヴェ公爵家の書庫から数冊の本を持ち出した。

時々は茶会や夜会に出かけるが、それ以外は侍女さえ近づけず自室にこもり、頻繁に訪れるヤコブと長く話す。そんな日々を二ヶ月程過ごしたある夜会でカトリーヌの首飾りと耳飾りは、人々の注目を集めた。

首飾りは揃いの大きさの水晶で、縁取りには繊細な細工の銀細工が施され、その水晶からルビーが零れ落ちるように配されていた。結い上げた髪から覗く耳飾りの長い銀細工のチェーンに付けられた水晶とルビーが歩くたびに揺れる。

それまでのカトリーヌ好みの大ぶりな石の宝飾品とは違い粒は小粒なのだが、その煌めきで皆の視線を釘付けにした。

入場が丁度ダンスの始まりの前で、クレーヴェ公爵夫妻は注目を浴びたままダンスを披露する。

ステップを踏むたびターンをするたびにカトリーヌの胸元と耳元はきらきらと煌めき、人々はただただ光を纏うカトリーヌを羨望の眼差しで見つめていた。

その夜からヤコブの言葉どおり、帝国の宝飾品の歴史が変わり、またカトリーヌもカトリーヌの社交界での評判も少しずつ変わり始めていた。