軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

478 カードとヤコブ

アデライーデからの手紙をカトリーヌはすぐに開ける気にはなれなかった。

半日かけて、やっとカトリーヌは手紙の封を切る。

手紙は丁寧な文字で形式に則った書き出しで始まり、港街メーアブルグにお忍びで出かけた時の話と最近読み始めた本の感想が書かれていた。

あの夜の事には何も触れてない、拍子抜けするくらいあっさりとした中身のない手紙だった。

飾り言葉に隠された非難の言葉も恩着せがましい言葉も無いことに、安堵となぜか寂しさを覚える。

便箋を仕舞おうとして封筒の中にカードが1枚入っているのに気がついた。

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元気にしてますか? ちゃんと食べていますか?

いろいろあって大変だろうけど、考え事はおやつやご飯の後にね。

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そう薔薇の木の挿絵の入ったカードに少し崩れた気軽な文字で書かれていた。カトリーヌの名前もアデライーデの名前もない。封筒から取り出せば、誰が誰宛に書いたかわからないように書かれていた。

「考え事はご飯のあと」

これは陽子さんの母からの言葉である。「お腹が空いてる時に考える事にろくな事はない」と教わってから、陽子さんがずっと守っている言葉だ。もちろん子供達にも伝えてある。

雅人さんとちょっと気まずくなった時も親子喧嘩も、 他人(ひと) 様とのちょっとしたトラブルも、大抵これで乗り切ってきた、

その時に美味しいものを食べると、それまで悪い方に考えていた悩みがちっぽけに思え、前を向ける気がする。悩みは無くならないが、ちょっとだけ頑張ろうとか良い方に転がるんじゃないかと思えるのだから不思議だ。

これから深くかかわる事はないだろうが、陽子さんには気になることはいくつかあった。カトリーヌの不健康そうな顔色や旦那さんとの間の事なのだが、こちらから言葉に出して聞く事じゃない。

それに、手紙はダランベール侯爵に見せるかもしれない。

だから、陽子さんはカードに短くお節介を書いた。

カトリーヌの肩の荷を下ろせるきっかけになれば良いなと願って。

型通りの挨拶やご機嫌伺い、謝罪のカードや手紙は捨てるほどたくさん貰った。こんな走り書きのような失礼なカードを貰ったのは初めてかもしれない。

そして馬鹿馬鹿しい助言。でも、カードには皇女でも公爵夫人宛でもない自分の為だけに書かれている気遣いがある。

「…バカじゃないの。変わらず無礼ね」

カトリーヌはそう言いながら、歪んだ泣き笑いの表情を浮かべ指先で文字をなぞる。

長い間カードを見つめながらカトリーヌは、色々なことを思い返していた。あの夜のアデライーデの言葉、馬鹿にしていた王宮のマナー教師の言葉を今度は母の言葉に遮られる事なく。

こんこん

「失礼致します。奥様、ご夕食はいかが致しましょう。こちらにご用意致しますか?」

侍女がカトリーヌに夕食の指示を尋ねにやってきた。

気がつけばもう日は傾きかけている。

食事は要らないと、朝手紙を持ってきた侍女に伝えていたから、カトリーヌは朝お茶を一杯飲んだきりであった。

「エリアスは?」

「本日はご親族様との会合の為、不要とのことでございます」

「そう。 夕食室(ディナールーム) に用意して。着替えるからメイドを呼んでちょうだい」

「…承知致しました」

バルクからの帰国後、食欲がないからと夕食は自室で軽食で済ませ続けていたカトリーヌの返事に侍女は少し驚いたが、それには触れず下がって行った。

侍女が扉を閉めると「考え事は食事の後ね」と呟いて、カトリーヌはクリスタルガラスの一片と一緒にカードを小箱に仕舞い、久しぶりに 夕食室(ディナールーム) へと向かった。

翌週からカトリーヌは、少しずつ茶会に顔を出すようになった。慣れた令嬢達の茶会だけでなくクレーヴェ家の 縁(ゆかり) の茶会にも顔を出すようになったが、以前とは少し様子が違う。

以前のような高飛車な発言は鳴りを潜め、周りの言葉に耳を傾ける事が多くなった。

令嬢達は「やっと落ち着いてきた」と安堵し、夫人達はまだ冷ややかな目でカトリーヌを見守っている。

バルクからの帰国後ひと月程して、夕方一人の宝飾職人がカトリーヌの元を訪れた。

「ケヒェルト工房のヤコブでございます。皇女様お久しぶりでございます」

そう言ってついと頭を下げたずんぐりとした男はケヒェルト工房の工房主である。

「貴方の工房に頼んでいる宝飾品はないはずだけど」

「いえ、ございました」

「私、なにを頼んだのかしら?」

「正確には、正式なご注文はございませんでした。ですが、ご降嫁前のブローチの納品の折りカトリーヌ様から『これから夜専用の宝飾品が必要になる』とお言葉をいただきました」

「確かに、言ったわね」

それは去年、帝国でバルクの発展に注目が集まりバルクの功績の陰にはアデライーデがいると囁かれ、クリスタルガラスのシャンデリアが帝国の大広間の天井で煌めくようになった頃、カトリーヌは「自分だったらこれはこうするああする」とアデライーデに対抗心を燃やしていろいろ言っていた頃の話だ。

思い出したくない黒歴史の1つを言われカトリーヌは不機嫌になった。

「だから、なに?」

「カトリーヌ様のお言葉を受け、ダランベール様にお願いをして皇宮の舞踏会を見学させて頂きました。そしてカトリーヌ様の先見の明に感銘を受け、こちらをお持ちしました」

カトリーヌの機嫌など気にも留めずヤコブは鞄から小箱を取り出すと、カトリーヌの前に差し出した。

その小箱には小粒のルビーを散りばめた煌めく花の形をした耳飾りがあった。