軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

476 帰国の奏上と手紙

「ふふっ。皇后様に詳しくバルク王宮での事をお話して差し上げて。エリザベート様以外でバルクの午餐会とお茶に招かれた夫人は貴女だけだったんですもの」

ギルビットは、さり気なく他の夫人達に聞こえるようにカトリーヌに話しかけた。

帰国から二日後、カトリーヌはエリアスと一緒に訪問団の一員として皇帝に帰国の挨拶を奏上するため皇宮に向かった。

その後に行われた高位貴族を集めた夜会は、慰労会という名のフォルトゥナガルテンの土産話のお披露目会である。

招かれていた別の夫人達が中心となり、口々にフォルトゥナガルテンの素晴らしさを語り妖精の家で購入したブレスレットや首飾りを自慢気に見せていた。

カトリーヌは皇女時代からの友人達を引き連れてクレーヴェ家の 縁(ゆかり) の夫人達と言葉を交わす。カトリーヌからの声かけに、夫人らは当たり障りない会話と貴婦人の微笑みを返した。

口を固く閉ざし素知らぬ顔をしているが、クレーヴェ家の 縁(ゆかり) の夫人達は『秘められたる恋』の実情を知っている。

不運なとは思うが、貴族ゆえ政略で婚約がひっくり返る事はままある。だが『その後』が貴族には大事なのだ。

長年共に進めている事業がいくつもあり、これからも子女の縁組などで横の繋がりは出てくる。穏便な解消であればある程、縁のある者はそれが無かったかのように振る舞うのが暗黙の了解なのだ。

エリアスとユリアの縁が切れたとはいえ、クレーヴェに連なる家とクリンガー伯爵の縁戚の家との繋がりが切れたわけでは無い。

今回は皇女降嫁と 陞爵(しょうしゃく) もあって、他派閥からだけでなく同じ派閥内からも妬み 嫉(そね) みが多い。

当事者は互いに敬意を示し合い、周りから足元を掬われないように言動を慎まなければならないのだ。特に成り代わった者が…。

だが、公爵夫人としての『慣らし期間』である新婚約発表後の派閥内の茶会や夜会でのカトリーヌの振る舞いに、クレーヴェ家の 縁(ゆかり) の夫人らは眉をひそめていた。

「ご身分だけの方のようですわね。夫人としては少し…」

「仕方ありませんわ。母君であるギルビット様は遅くにできた末のご令嬢の上、デビュタント直後にご生母様を亡くされ侯爵様はとても甘やかしていたらしいですし」

「後妻のアウグステ様とは不仲と聞いておりますから、夫人として他家との付き合いを学ぶご経験は少ないのかと」

「皇宮に明るい女官を据えられ皇女母として皇宮ではそれなりなのでしょうが、世事には疎いのでございましょう」

「良い側仕えが見つかれば良いですわね」

一族としての付き合いは続けねばならないが、公爵夫人としての品格が足りないカトリーヌとは深い交流はまだできない。しばらくは敬して遠ざけるのが一番とばかりに夫人らは微笑みの貴婦人の仮面をつけカトリーヌに接していた。

元皇女で公爵夫人とはいえ年若のカトリーヌが、長年社交界に身を置いている年上の夫人達の社交術に敵うはずもない。

そんな夫人の集まりの話題は、流行のみに留まらず各領主の領地の動向や人間関係などと多岐に富む。夫人達はカトリーヌが疎外感を持たない間合いでさり気なく会話に混ぜるが、自然とカトリーヌは聞き役に回ることが多くなる。

友人達も今までのようにカトリーヌを一番に立てる話題と言葉添えの機会が少なく、また軽々にカトリーヌを不愉快にさせる口調や話題を口にする者がいない安心感からか、気がつくと少し離れた所で他の令嬢達と談笑をする事が多くなっていた。

自分が話題の中心だった皇女の頃の社交と、クレーヴェ公爵夫人としての社交はカトリーヌが思い描いていたものとは違っていた。

周りに人がいるのに一人きりで曖昧に笑っている…そんな水球に包まれたようなもどかしさを、カトリーヌは公爵夫人になってから感じていた。

それはエリアスが隣にいてもだった。最初だけ自分が話題になるが、すぐに話題は別に移り自分は添え物の花のような気分になってエリアスの隣で笑って時間を過ごす夜会が多くなっていた。

だが母が側に来てくれると、たちまち話題はカトリーヌが主役となる。やはり自分を一番に考えてくれるのは母だけ。母が間違うわけはない。カトリーヌは 一時(ひととき) 皇女だった時のように笑えた。

暫くしてカトリーヌ達夫人の輪に皇后付きの侍女がやってきて、恭しくお辞儀をした。

「ご歓談中失礼致します。クレーヴェ公爵夫人。皇后陛下のお召しでございます。皇后陛下におかれましては、公爵夫人にバルクの話をあちらでお伺いしたいとのことでございます。御母上であるギルビット妃様にもぜひご同席を、との事でございます」

その言葉にギルビットは満足げな笑みを浮かべ、カトリーヌに声をかけ侍女の後に続いたのだった。

夫人らの温度の無い微笑みで見送られて。

ギルビットとは違い、カトリーヌの心中は穏やかでなかった。

バルクでの午餐会や茶会の流れは皇太子妃エリザベートから皇后に既に報告が上がっているはずだ。わざわざ自分を呼び出して聞くまでもないはず。

もしかしたらバルクから内密に、あの出来事の話が皇后の耳に入っているのかも…そう思うと扇を持つ手が震えた。だが、母にもあの夜の事は言えない。

しかし皇后はにこやかに二人を迎え、カトリーヌの初の公爵夫人としての国際親善の労をねぎらい、バルク王宮での事、特にテレサ王妃の様子を聞きたがった。

それからもギルビットの主導でカトリーヌはバルクでの事を口にし、カトリーヌの緊張が少しとけた頃ギルビットが思い出したかのように「そうそう」と呟いた。

「カトリーヌは、アデライーデ様とお手紙のやりとりをするとお約束したのですってね」

「あら、そうなの?」

少し驚いたような顔をした皇后が、ワイングラスを手に取った。

どきりと、カトリーヌの胸が鳴った。