軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

467 ある料理人の美味しい受難と、かにクリームコロッケ

ーわ…私はいったいどこにいるんだ??

ノアーデンの料理人頭であるステンは、ぷるぷると震えながら背筋を伸ばしアデライーデのキッチンの椅子に腰掛けていた。

「ちょっと座って待っててもらえるかしら? 説明は後でするから、まずは先に味見ね」

そういうかの方は、確かにこの国の正妃様だ。

帝国の皇女様でこの国の正妃様であらせられる尊きお方は、簡素な 庶民服(ワンピース) にエプロンをして聞き慣れぬ鼻歌を歌いながら料理をしておられる。

そして…、何故か私と同じテーブルで、この国の国王がカニスプーンを使ってタラバガニの身を真剣にほじっておられるのだ。

「アルヘルム様、仕事が荒いですな。まだ身が残っております」

あろう事か、その国王様にこの離宮の執事であるレナード卿が蟹の殻を手に持ちダメ出しをしている。

「うん? ちゃんと全部出したぞ」

「いえ、ほらここに」

「むう…」

レナード卿に指摘された王は、素直に残った蟹の身をほじり始めた。

ーいやいやいや、蟹の身の取り出しなんぞ見習い料理人のする事ですよ?!

心の中で叫ぶが、口には出せない。

がちゃり

「アデライーデ様」

離宮の料理人長のアルト殿が、厨房に続く扉をあけて入ってきた。

ーアルト殿、アルト殿! 助けてください!

涙目で縋るようにアルトを見るが、アルトはそんなステンの視線に気が付かないようだった。

「カリーヴルスト、出来ました」

そう言って酒場の親父のように、嗅ぎ慣れない香りの料理が載った皿を正妃様に見せる。

「ありがとう。そっちでも他の料理人さん達にお出ししてね」

「承知しました」

ー待ってください! 私を…皆の所に…厨房(元の世界)に連れて行って!

ステンの願いも虚しく、アルトはすたすたと厨房(元の世界)へと戻って行く。

ーああぁ…

ステンは午餐のあと、離宮のレシピを教えるからとアルトに言われ、ここへと招かれたのだ。

こじんまりしているが、清潔な流しに最新の小型フライヤーに磨かれた床と調味料棚。以前訪問した際に気になっていた扉の向こうは小さなキッチンだった。

ー何故、わざわざ別に作っているのだろう。

不思議に思っていると、着替えた正妃様と国王様が連れ立って入ってきたのだ。不意打ちのような二人の登場にステンは肝を冷やし最敬礼をした。

ー確かにレシピを教わるとは聞いた。確かに聞いた。

だが、教えるのは正妃様だとは聞いてない! 詐欺だ!

「ステン様はお昼まだですよね。先にこちらを食べていてくださいな。アルヘルム様。私、かにクリームコロッケを揚げてますので、ステン様とご一緒どうぞ」

ー私なんぞが、国王様と食事のテーブルを共にですか?! そんな…、不敬な!!

心の中で叫ぶが、そんな事はお構いなしにアルト殿から皿を渡された正妃様付きの侍女マリア殿は、ためらいもなく自分の目の前にカリーヴルストの皿を置いた。

「かにクリームコロッケとは?」

ダメ出しを食らった蟹の殻を再度レナード卿に手渡しながら国王様は正妃様に問いかけた。

レナード卿は厳しく殻をチェックして、ぼそりと「合格」と呟くと、手早く殻と身の入った皿を正妃様の手元の方へ下げるのだが…。

ー合格ってなに?!

「以前お作りした海老クリームコロッケの蟹版ですよ。今からアルヘルム様が取り出した蟹の身を足しますから、今日はほぐし身3倍の豪華版です!」

「それは楽しみだな」

「おまかせください! マリア、アルヘルム様とステン様に好みのお飲み物をお出しして」

「はい。ステン様、エールとレモンチューハイとどちらがよろしいですか?」

ー正妃様! 私への様呼び、やめてください! 私は一介の料理人です! それに、ここは酒場ですか? 親戚んちの台所ですか?!

心の中で叫ぶと喉が渇くのか、既にステンの喉はカッラカラである。

「…れ…レモンチューハイを」

危機的状況(?)でも珍しい飲み物名を聞くと頼んでしまうのは料理人としての悲しい 性(さが) である。

「これはカリーヴルストと言って、アデライーデが最近作り出したカレー粉を使った料理なんだ。近々国外でも大々的に売り出そう思っていてね、ぜひ他国の料理人である君の正直な感想が聞きたいんだよ。食べてみてくれ。あ、私は冷たいエールを頼む」

一介の料理人の私に、国王様は気安くカリーヴルストなるものの感想を求め、ご自分は汗をかいたクリスタルガラスのジョッキを傾けられた。

国王様に求められたら答えぬわけにはいかない。ステンは震える手でフォークをとった。

カリーヴルストは美味しかった。

食べ慣れたソーセージにほくほくのフライドポテト。甘いケチャップなるトマトソースにかかったカレー粉は異国の香りがして食欲を刺激する。

国王様の視線を感じながら侍女殿の説明を聞くが、耳に 入(はい) れどさっぱり頭に入ってこない。ただ舌は「美味なるものぞ」と言い、手が勝手にカリーヴルストを口に運んでいた。

「美味しいです。ノアーデン人も好むと思います…。ソーセージの代わりにノアーデンで親しまれているミートボールでも良いかと思います」

「そうかそうか」

アルヘルム達に囲まれて美味しい以外には言えるはずもない。だが、アルヘルムはエールを口にしながらもステンの食べっぷりをじっと見ていた。

ー怖いぃぃ。

ステンはレモンチューハイを口に流し込むが、いっこうに酔えない。

でも、レモンチューハイは美味しい。

ーもっと 焚木(たきぎ) を…もっとアクアビットを足してください!

と思いながら、ステンはレモンチューハイをおかわりする。

「はい! おまちどうさま。かにクリームコロッケですよ。熱いから気をつけてくださいね」

「ほう。美味しそうだ。君も冷めないうちに食べなさい」

ーおかしい…。おかしい。絶対ここ、おかしい。

お手ずからの料理をされる正妃様に、蟹の身をほじる国王様。そしてそれにダメ出しを出す執事に、料理人に飲み物のオーダーを取る正妃様付きの侍女。

常識人のステンにとって、ここは異世界。リアル異世界転移であった。

出された皿の上には茶色い小型の筒のような物が、ころりと二つキャベツの千切りを背に転がっている。ステンが恐る恐るナイフを入れると、ぎっしりと詰まった蟹の身がベシャメルソース(ホワイトソース)を纏わせて溢れ出してきた。

慌ててフォークをスプーンに持ち替えて、衣と共に口にする。口の中に広がる甘い蟹の身にたっぷりの玉ねぎとバターをきかせた濃厚なベシャメルソース。

それに柔らかい蟹の身とカリッとしっかりした衣も食感の違いがあって噛むたびに衣のカリッとした食感と蟹の身の柔らかさとベシャメルソースのとろみのハーモニーが口の中で奏でられた。

「美味しい…」

我が国にも蟹の身を詰めたパイ等はあるが、どうしてもソースをつけて食べるスタイルが主流だ。この食感のハーモニーはステンには初めてだった。

ーふっふっふ…。そりゃ美味しいわよ。中身ほぼ蟹ですからね! 1個に一缶くらいの蟹が入っているんだもの。我が家のほぼホワイトソースのかにクリームコロッケとは訳が違うわ。

蟹缶がお高くて滅多に作れなかった(最後に作った時は、ほぼカニのカニカマをかさ増しに入れていた)陽子さんは、前世で作りたかった理想のかにクリームコロッケを口に放り込んで、ちょっと火傷した。

ー熱っ!