作品タイトル不明
454 舞踏会と女主人
「ようこそ、お越しくださいました」
「お招きありがとうございます」
「本日を楽しみにしておりました」
「お招き、感謝致します」
主賓であるノアーデン王太子ラグナルとリクサ妃、リネア王女はお迎えの馬車から降りると、離宮のエントランスで一行を待っていたアルヘルム、アデライーデ、フィリップに迎えられ順番に挨拶を交わした。
王太子ラグナルは濃い紺色のシックな上衣に銀の宝飾品を、リクサ妃も同じ紺色だが、艷やかなシルクのドレスには銀糸で星を散りばめたような華やかな刺繍が施されていた。
リネアは、ふんわりとした若葉色の濃淡のシフォンを重ねたドレスに手には肘上まである真白のオペラグローブをつけ、髪は編み込みのハーフアップで花と葉をモチーフに水晶やアクアマリンをあしらった銀細工の髪飾りがきらきらと輝いていた。
「さぁ、こちらへどうぞ」
アデライーデは、ラグナル達を玄関ホールに招き入れる。今日の舞踏会はこのホールで行われるのだ。
この日の為に王宮のものほどの大きさではないが、クリスタルのシャンデリアが付け替えられ、ホールの中央で明るく輝いていた。
そしてお掃除は離宮の隅々まで。使用人達も調度品を磨き込み、レナードからお出迎えの立ち位置のリハーサルから所作の確認を何度もくり返しおさらいさせられた。もちろんアデライーデもだ。
そのかいあって、完璧なお出迎えができた。
「まあ、こちらにもクリスタルのシャンデリアが…」
「ほう。こちらも見事なものですな」
一行がホールに入ってきてから、一角で楽団が静かな音楽を奏で始めると、ホールに待機していたタクシス夫妻がラグナル一行に挨拶をし、給仕が始まりの乾杯の為にグラスを配り始めた。
全員にグラスが渡ったとレナードからの合図があり、アデライーデが乾杯の音頭をとる。
「本日、皆様をお迎えしてのひと時を過ごせる事を誠に嬉しく思います。どうぞ気楽にダンスをお楽しみください」
本来、乾杯はシャンパンなのだが、フィリップ達がいるので、白ワインを炭酸水で割ったスプリッツァーが配られている。
ーはぁ。噛まずに言えたわ。うう。とりあえず、ラグナル様との最初の一曲を無事にやり過ごせば、後はなんとかなる!…はず…。
顔は笑顔を作っているが、そのひと言を言う緊張に喉がカラカラになっていた陽子さんは、少し多めにスプリッツァーを口に含んで、ゆっくりと喉を潤した。
何しろ初めての主催が国賓…フィリップの将来の義父母になるラグナル夫妻を招くのだ。しかも初めての舞踏会である。
無論ノアーデン国の事を勉強し、ダンスの練習もレナード相手にしているが、緊張するなという方が、無理な話だ。
女主人として不慣れなアデライーデの為にタクシス夫妻がフォロー役で招かれていて、メラニアがさりげなくアデライーデをアシストしてくれる役目を仰せつかっていた。
そのメラニアがちらりとアデライーデに目配せをする。
ーごくり。
「それでは、まずは皆様ご一緒に一曲踊りましょうか」
「では、リクサ妃殿下。一曲踊っていただけますでしょうか」
アデライーデの誘いの言葉に、アルヘルムはスマートにリクサをダンスに誘う。その言葉に続くようにラグナルはアデライーデを。フィリップはリネアを誘うためにグラスを給仕に渡して進み出た。
本日の主役の一人、フィリップは髪を撫でつけ濃い黒の衣装を纏っていて、いつもより大人びて見える。
「リネア殿下、一曲私と踊っていただけますか?」
そう言って、ふわりと手を差し出しリネアの目を見つめた。以前会った時は少し高低差のあった二人の目線は近づいてきていた。
「はい。ぜひ」
初々しく頬を染めたリネアがフィリップの差し出す手に手を重ねると、フィリップはホールの中央へとリネアを導く。
4組の男女がうちを向き、女性がカーテシィを男性が軽く会釈をして挨拶をする。そして男女が互いに向き合い、互いにカーテシィと会釈をしてから男性側が女性に腕を回すと、楽団によるダンスの曲が始まった。
曲が始まってすぐ、親達は顔に出さずとも自分のダンスはそっちのけでフィリップとリネアのダンスに注意を払う。
「ヴェガルドは元気ですか?」
「ええ! 牧場を元気に駆け回ってますわ。シグリットは?」
「シグリットもですよ! 調教師がシグリットは元気が良すぎるって!」
「まぁ!」
フィリップのリードで踊るリネアのドレスの裾が回る度にふわりふわりと膨らむ。まるで花の蕾が今にも弾けて咲くかのように。
ーフィリップ様、ダンスがお上手なのね。ちゃんとリードしながらおしゃべりまでしているわ。いいわねぇ。大人のダンスも見ていて素敵だけど、あのくらいの年のカップルのダンスって初々しくって微笑ましいわ。
ーフィリップは、相当ロイス夫人に鍛えられたらしいな。
フィリップ達にあわせ、今日演奏される曲はワルツの曲ばかりの踊りやすい選曲になっていて一曲は2分半程、ちょっと固めのカップ麺を作るくらい時間だ。
大人達はちらりちらりと子供達を横目で見つつ、とりあえず親心が安心するまで微笑みを浮かべ黙ってステップを踏んでいた。
陽子さんの主婦タイマーが、そろそろ麺がふやけてきたわよと告げた時、ラグナルがアデライーデに話しかけてきた。