作品タイトル不明
453 豊穣祭と二人の王太子
去年と同じように豊穣祭の朝が来た。
例年どおり、バルク王家一同が集まり王宮の中にある霊廟を訪れ祖先にこの一年の報告と無事に過ごせた事を感謝する言葉が捧げられた。
去年はアデライーデの輿入れと炭酸水の出荷で国に産業が芽生えたことを報告したが、今年は国が豊かになり始めた事、そしてフィリップの婚約内定が整い新年には立太子する事をアルヘルムは口にし、どうか伸びゆく国を守って欲しいと願っていた。
続けて全員で王宮内の教会で神に感謝の祈りを捧げ、今年取れた収穫の麦から作ったパンと去年のワインにチーズ、そして塩だけで味をつけた魚と肉を焼いた物が供される昼食の儀式に移った。
祖先と同じ物を口にして、祖先の苦労と恵みへの感謝を思い起こさせる為だという昼食の儀式に、今年からフィリップの参加が認められた。
霊廟と教会へは王家が全員参加するが、昼食の儀式は成人もしくはそれに準ずる者しか参加できない。フィリップは、この儀式から公式に次期王太子としての一歩を踏み出す。
この昼食の儀式では、古い慣習に則り王が家族の為に手ずからパンを切り肉や魚を取り分ける。フィリップはアルヘルムの隣に立ち、父の手元を見ながらそれらを同じ大きさに切るコツを学んでいた。
そして、午後には国民と今年の実りを共に祝うバルコニーでの顔見せだ。
ーふぅ。一度経験してるけど、人前に出るのは緊張するのよね。失敗しないようにしなきゃ。
今年アルヘルムから贈られたドレスは、去年のオレンジ色に赤を混ぜたような濃い色で、胸元には金糸の織り込まれた豪華なシルクブロケードに花柄の刺繍が大人っぽさを、ふんわりとしたシルクタフタのスカートでアデライーデの若々しさを感じさせるドレスである。
寸分の乱れもなくマリア達によって完璧に仕上げられた姿を鏡の中で確かめて、陽子さんはマリア達に気が付かれないように、こっそりと「人」の文字を掌に書いて飲み込み気合いをいれて、控えの間から足を踏みだす。
「すごいですわ。こんなにフィリップ様達は…バルク王家は国民から愛されているのですね」
王室が揃った顔見せに人々が熱狂するさまを、リネアは馬車の中から目を輝かせて呟いた。
警備の関係上、国外からの貴賓客達の王宮への入城は民衆への顔見せの間に行われる。
バルクの青とアデライーデの髪の色を表す黄色のハンカチで埋め尽くされている広場の横を、貴賓客を乗せた馬車が滑るように王宮へと向かっていた。
「うむ。民衆に慕われているな」
「ええ。そうですわね」
無論ノアーデン王家も民に愛されている。
ノアーデン王家の祝賀でもバルクに負けぬ程の民衆からの祝福を投げかけられノアーデンの国を象徴する緑の布を振る者も多いが、あのように青と黄の色に埋め尽くされることは無い。
現代では自国の国旗の入手は容易いが、この世界では庶民の手には遠いものだ。だから庶民は手に入れやすい自国を表す色の布を振る。
自国の大使から、誰からともなく自発的に布を持ち寄りあのように振るのだと報告を受けているノアーデン王太子ラグナルとリクサ妃は、リネアの言葉に穏やかに微笑んだ。
馬車からではバルコニーの王族の顔はわからない。
ただ時折、バルコニーからチカッチカッと光が跳ねる。正妃と王妃のティアラなのだろうと、リクサ妃はその煌めきを見ていた。
「豊穣祭にお越しくださり、ありがとうございます」
「お招きありがとうございます。とても楽しみにしておりました」
今は夜会が始まる前、ノアーデン王太子一行を出迎える場であり、フィリップとリネアは短く定型どおりの挨拶を交わす。
二人は数カ月ぶりに会うのだが、あれから何度も手紙のやりとりをして久しぶりな気がしない。でも手紙にかけなかった話したい出来事はたくさんある。
だが、今はまだ二人の婚約は公表されていない。その為、公式の場での定型以上の挨拶は憚られる。今はただ 一時(いっとき) 見つめあい笑い合うだけだ。
子供達の表情から、ラグナル王太子とリクサ妃はいつもよりほんの少しゆっくりと言葉を口にし、アルヘルムは予定より二言三言多くの言葉を口にした。
練習したタイミングより、少しだけ時間が余る。フィリップはちらりと周りの大人達を見て、リネアに小声でひと言告げた。
「離宮で、またお会いしましょう」
フィリップがそれだけ言うと、リネアはこくりと頷いて両親の後に続いた。
豊穣祭の夜会は、王宮の大広間で行われる。今年はこの豊穣祭に間に合うように据えられた三基のクリスタルガラスで出来た巨大なシャンデリアが、蝋燭の灯りを受けて煌めきながら招待客達を出迎えた。
これにはズューデンの商人達、各国からの大使達のみならず、タクシス家の夜会でクリスタルガラスのシャンデリアを知っている国内の貴族達も広間に入ると、足を止め息を呑んだ。
タクシスの家のシャンデリアの 優(ゆう) に倍はあろうかという大きさだったからだ。
そのシャンデリアから放たれる光のもと、アルヘルムから夜会の始まりと続いて来年にはフィリップが王太子となる事を告げられると大広間は割れんばかりの拍手に包まれた。